あの時~ルディ~
「はぁ~、うまく仕留められることが出来て良かった。何せ銃の訓練なんて、まだ数える程しかしてなかった。でも、どうしてもアンジーを守りたいと思ったから。神様が助けてくれたのかな」
思わず独り言を呟きたくなるような事態だった。
まさか猪が現れるなんて。
しかもあのサイズ。
アンジーが突然、立ち上がった時。
僕に気づいたのかと思って焦った。
でも彼女は僕とは逆の方向を見つめ、すぐに剣や弓を装備し始めた。
そこで僕も理解する。
熊避けパウダーと熊避けの鈴が反応したのだろうと。
熊だとしたら、ここまで来ないはずだ。
唐辛子に驚き、逃げまどう。
もしくはその場で悶絶し、動けなくなる。
だがアンジーのあの様子だと、こちらへと向かってきているのではないか。
耳を澄まし、確信する。
向かってきていた。こちらへ。
とはいえ、距離がある。
ソロで熊に立ち向かうのは止めた方がいい。
その必要がなければ。
このままこの場から逃げる――そう思ったが……。
アンジーは木に登ろうとしていた。
なぜ?
熊は木に登っても回避できない。
そんなことアンジーなら知っているはず。
目を凝らし、そして理解する。
なるほど。
熊ではない。
猪か。
しかも……かなりデカい。
足音では熊かと思うぐらい、この猪は大きい。
加えて速度が速い。あれでは木に登り切る前に、猪と遭遇することになる。
アンジーに声をかけようとしたが、彼女も気づいたようだ。
木に登るのをやめ、迎え撃とうとしている。
いけるのか、あのサイズを?
だがもう剣を抜いて、体勢を整えている。
ならば。
万一に備えるまでだ。
すぐに銃に弾を装填し、安全装置をはずした。
アンジーの腕力だったら。
腹部を狙えばかなりのダメージを与えられるはず。
ただ、あの大きさ。
一撃では仕留められない可能性がある。
ならば僕がやるしかない。
まずは銃で。
それでダメなら剣だ。
アンジーにあわせ、僕も体勢を整えた。
本当はアンジーに声をかけたかった。
だが僕に注意を向け、アンジーが動揺すれば、猪を仕留めることはできないだろう。
だからもう、ここは流れに任せ、対応するしかない。
そして――。
アンジーの動きは。
さすがだ。
父親と兄弟と狩りを重ねていただけある。
しかも熊だって仕留めたと聞いていた。
見事に直前で回避し、剣を突き刺したが……。
甘い!
しかも腹部ではない。
アンジーが一瞬焦り、それでも体勢を整えようとしている。
それにはもう感服だ。
いつだってアンジーはそう。
自力でなんとかしようとする。
誰かに頼ったり甘えたりしない。
そんなアンジーに僕は言いたかった。
一人で背負う必要はない。僕はアンジーの力になりたいと。
ただ今みたいに、アンジーが失敗をすることは少ないから。
そのチャンスはなかった。
それに僕はそんなアンジーに比べたら……。
大丈夫。
もう泣き虫だった頃の僕ではないのだから。
「アンジー、任せろ!」
その後はもう、いわゆるゾーン(自分独りの世界)に入っていた。
これは騎士の訓練をした時に、何度か経験したことだが、集中力が極まった時。見えるのだ。成功した瞬間が。そしてその瞬間に向け、全てがスローに動き出す。
呼吸、手と指の動き、タイミング。
全てが成功に向け、一寸の狂いもなく動いている。
世界から音が消え、目の前には猪の姿しか見えない。
そして再び音が戻ると、そこには成功した直後の世界だ。
2発の弾は、猪に命中している。だが念のため、とどめを刺した――。
この一連の流れを振り返ると、思わず震えてしまう。
ただ、これでアンジーを守ることができた。
無事仕留めたと分かった瞬間のアンジーの顔。
喜び、感動し、僕のことを尊敬の眼差しで見てくれていた。
本当は心臓がバクバクしていたが、軽い調子でアンジーに声をかけることもできている。
このままアンジーに、なぜ突然婚約破棄なんて言い出したのか、聞いてみよう――。
そう思っていたのに。
まさか邪魔が入るとは思わなかった。
仕方ない。
彼女の兄弟……もしくは父親。
ひとまず聞こえてきた蹄の音から、十人以上の人が、こちらへ向かってきていると予想できた。
獣耳はこういう時、聴力の良さが役に立つ。
アンジーに彼らを迎えに行くと告げ、森の入口へと向かったわけだ。
熊避けパウダーのトラップのエリアに到達した。慎重にトラップを避け、馬たちが待つ場所に辿り着くと、こちらへ来る人達が見えてきた。
「ルディか。アンジーは森の中か? いつもの場所か?」
ブロンドにグレーがかった青い瞳。アンジーの兄トマスだ。きちんとスーツを着ていることから、社交クラブに顔を出していたのだろう。
「はい。今、巨大な猪を仕留めたところです」
僕が答えると、トマスではない人物が反応する。
「!? あの子は一体何をしているのだ!? 婚約破棄をして、いつもの“ソロキャン”を始めたところまでは理解できる。だがなぜ猪なんて狩っている!?」
トマス同様、きっちりスーツを着たこの逞しい肉体の持ち主は、アンジーの父親だ。昔は騎士をしており、騎士団長を務めたこともある。だが部下を庇い、怪我をおって引退。その後は議員をしていたが、その体付きは騎士そのものだ。未だに体を鍛えるのを止めていないと分かる。
トマスそっくりのブロンドと瞳の色のミットフォード伯爵に、僕は何が起きたかを説明した。そして僕からの希望を伝えると……。
「なるほど。状況は分かった。正直、猪はどうでもいいと言いたいところだが、それはこちらで確認する。ではルディ、君はアンジーと話をしてもらっていいか? もし埒が明かないようなら、私からも話す」
「ありがとうございます。ミットフォード伯爵」
こうして僕達は、アンジーのところへ戻ることにした。





















































