遅かった!~ルディ~
馬を全力で走らせ、途中で休憩をして、そしてようやく。
ようやく、アンジーの、ミットフォード伯爵家の屋敷に到着した。
ミットフォード伯爵家は、王都に屋敷があり、その領地は広いが、宮殿からはかなり遠い。そして僕とアンジーは幼馴染みだが、レンガの壁を隔ててすぐお隣というわけではない。川と牧草地を一つ挟んで隣、だから結構離れている。
僕が屋敷を訪ねると、ミットフォード伯爵は留守で、ミットフォード伯爵夫人が代わりに出迎えてくれた。夫人はアンジーと同じ、プラチナブロンドにアメシスト色の瞳をしていた。若々しく、アンジーの歳の離れた姉にも見える。その夫人は、誕生日パーティーを主催しているはずの僕が突然訪ねたので、目を丸くしていた。驚きを隠すことなく、僕を迎えることになった。
応接室に通された後、ミットフォード伯爵夫人に事情を話すことになる。話を聞いた夫人は、卒倒するのではないかと思うぐらい驚愕し、そして慌ててアンジーの部屋へと向かう。僕も一緒に彼女の部屋に行きたくなっていたが、そこはぐっと我慢する。
程なくして僕がいる応接室に戻って来たのは、ミットフォード伯爵夫人のみ。アンジーの姿はない。でもよく見ると、夫人の手には、封筒が握られていた。
「娘は……アンジェリーナは、ルディ様、あなたと婚約破棄することを決めた。今日は独りになりたい、探さないでくださいと、手紙に書いています」
遅かった!
アンジーは……時々、独りになりたいといい、彼女曰く“ソロキャン”というものをすることがあった。“ソロキャン”とは、ソロつまりは独りのキャンプのことらしい。
つまり、独りになりたい=“ソロキャン”をしている。間違いない。
そこで改めてアンジーのことを思い浮かべる。
アンジーは伯爵令嬢であるが、宮殿の近くに住まう令嬢達とは違う。僕と一緒に剣や弓の扱いを覚え、一人でキャンプもできる、革新的な令嬢でもあった。
彼女の両親は“ソロキャン”をするアンジーを心配していたが、僕はそんなことはない。むしろ、身分や種族を気にしないアンジーだから、彼女らしい趣味だと思っていた。
普段の僕であれば。
「ああ、アンジーはまた独りになりたかったのだな」と思い、彼女が“ソロキャン”から戻るのを静観した。何しろ“ソロキャン”をしている時のアンジーは、なんだかゾーン(自分独りの世界)に入り込んでおり、誰も寄せ付けないから。
でも今はそれでは困る。
アンジーと話をしたかった。どうして突然婚約破棄なのか、その理由を知りたかったし、できれば撤回して欲しいと思っていたのだから。
「あの、ルディ様。娘は……アンジェリーナは婚約破棄を決めたと手紙に書いていますが、一体何があったのでしょうか?」
ミットフォード伯爵夫人に尋ねられた僕は、頭を抱え、とほほな表情で答えるしかない。
「それが……僕にも理由が分からないのです。突然、誕生日パーティーの最中に『婚約を破棄しましょう』と言われまして……。僕としては今日『結婚式を挙げる日を、そろそろ決めましょう』と、アンジェリーナに話すつもりでした。ですからまさに青天の霹靂で……」
僕の言葉にミットフォード伯爵夫人も「そうだったのですね……」と困惑してしまう。本当にアンジー、どうして突然……。
そこであの婚約破棄を宣告された場面を思い出す。
アンジーはなぜかハウエル男爵令嬢のことを可愛いと言い、僕とお似合いと言っていた。
まさか……。
いや、でもなぜ?
ハウエル男爵令嬢とは、数える程しか会話をしたことがない。僕が所属する騎士団に、彼女の兄がいて、騎士団の訓練所に彼女は何度か顔を出すことがあった。その際、僕は彼女と話すことがあったけれど……。
可愛いなどと思ったことは、一度もない。……言われてみると、確かに可愛い。でも僕が可愛いと思うのは、アンジーだけだ。それにお似合いって……。僕はそんな風に思わない。僕の隣に立ち、似合う女性は、この世界でただ一人。アンジーしかいないと思っているのに。
どうしてハウエル男爵令嬢と僕の幸せを、アンジーが願う必要がある?
間違いない。
アンジーは何かを誤解している。
この誤解を……解かなければならない。
アンジーは今、ミットフォード伯爵家の領地内の森にいる。そこで“ソロキャン”をしているはずだ。既にゾーンに入り、誰も寄せ付けない状態かもしれないが……。
そうであっても。婚約破棄だなんて間違っている、何か誤解していると、どうしても伝えたい。
「ミットフォード伯爵夫人、アンジェリーナは領地内の森で、いつもの“ソロキャン”をしていると思います。……僕は彼女と話をしたい。会いたいです。領地内の森に足を踏み入れること、お許しいただけますか?」
「ええ。それは構いません。主人が戻って来ましたら、私が許可したと伝えておきますから」
僕はミットフォード伯爵夫人に御礼を伝え、アンジーがいる森へ向かうことにした。
お読みいただき、ありがとうございます!
ちなみに本作品は
断罪の場で自ら婚約破棄宣告シリーズ第二弾です。
第一弾はページ下部にイラストバナーがあるので
良かったら夜の更新再開まで↓こちら↓もお楽しみください!
断罪の場で自ら婚約破棄宣告シリーズ第一弾
『完結●断罪の場で悪役令嬢は自ら婚約破棄を宣告してみた』
6/24-6/26日間恋愛異世界転ランキング3位
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