確定で嫌われる未来~アンジー~
まずはテントを組み立てる。
次に様々な道具を吊るすことができるハンガーラックも組み立て、トングやランタンを吊るす。そして折りたたみのテーブルと椅子を広げ、焚火を用意した。
着火剤もないが、木炭はあるので、それで火をおこす。
時間はかかったが、無事、火がついた。
虫よけのために用意した精油を周囲にふりかけ、水をケトルに入れ、火にかける。
そこでようやく折りたたみ椅子を広げ、腰を下ろした。
鳥の鳴き声が聞こえ、パチパチと焚火から枝が燃えている音が聞こえてくる。
虫の鳴き声、風で揺れる草の音。
落ち着くわ……。
前世の私はアラサー女子で、仕事人間。
仕事が好きというより生活するため仕事を頑張っていた。
趣味は乙女ゲーム『恋する季節を君と共に』で遊ぶことだが、もう一つあった。
それがソロキャンプ。
一応都心に住んでいたが、それは家賃の安い郊外。
だから軽自動車を所有できたし、それで休日に一人、よくソロキャンプをしていた。
ソロキャンプを始めたきっかけは、部屋の狭さと眺望の悪さ。
家賃を抑えた結果、窓を開けると目の前は車道を挟んで墓地。
部屋は備え付けの収納がないワンルーム。
ベッドを置いたらホント、足の踏み場がほとんどない。
それでも家賃は3万6千円と破格。駐車場は大家さんの厚意で月3千円!
住まない手はないと暮らし始めたが、部屋はやはり窮屈。
そこで土日になると、ソロキャンプを始めるようになった。
動画を見て、ソロキャンプに必要なものを確認し、100円ショップで装備を揃えた。ハンガーラックは、100円ショップの商品を組み合わせて手作りしたりした。
郊外に住んでいたこともあり、キャンプ場はアクセスしやすい場所にあった。だから毎週末、ソロキャン。おかげでアウトドア料理の腕は、めきめき上がった。
何より。
外で食べる食事というのは、とても美味しく感じるのだ。
ちょっと焦げても気にならない。
肉を焼いても、その匂いが部屋にこもることもない。
特に美味しく感じるのはコーヒー。
家の中ではインスタントなのに、ソロキャンの時は豆を持参し、手動のコーヒーミルを使う。新鮮挽きたてのコーヒーだから、風味が抜群。香りもより強く感じる。
そしてこのコーヒーを飲んでいると、気持ちが落ち着いた。仕事での嫌なことも全部忘れることができる。その上で、大好きな乙女ゲームをプレイする。
最高だった。
転生した私は、どうしたってストレスを溜めながら生きることになる。だって不可抗力の定められた人生を歩むしかないのだ。しかも大好きな相手から、確定で嫌われる未来に向かって生きる。
そんなの耐えられない。
ということで私はかなり早い段階から、ソロキャンプを始めるようになった。本当に幼い頃は、手作りテントを部屋の中で組み立てていた。次は庭でテントをはるようになる。両親は驚いていたが、まだ私が子供だから、遊びだと温かく見守ってくれた。
でも年齢が二桁になり、領地内の森に、ソロキャンプをするために足を運ぶようになると……。両親は何度なく、私を止めた。森には狼やクマがいるからと。その結果、私は剣と弓の扱いをマスターすることになる。婚約者のルディは騎士を目指していた。だから彼と一緒に、武器の扱いを学んだわけだ。
伯爵家の令嬢が、剣術や弓を習うなんて、世間的には驚きかもしれない。だがミットフォード伯爵家は領地が広く、そして王都のはずれにあった。前世で言うなら、屋敷自体は郊外の「〇〇市」にあるという感覚。
よって武器を使った訓練をしているなんて、世間にバレにくい。さらに領地内に獣が現れ、撃退する必要もあった。だから父親も兄弟も狩りをよくしている。よって私が剣や弓の扱いに長けていくことも、何も言わないでいてくれた。むしろ共に狩りに行けることを、喜んでくれていたのだけど……。
剣と弓の腕があがると、私が再びソロキャンプを始めたものだから、両親はとても驚く。本当はそんなことをしていたら、嫁の貰い手がつかないと言いたかったと思う。
でもルディは自身が騎士を目指していたこともあり、私が剣と弓の腕を上げ、ソロキャンプをしていても、何も文句を言うことはなかった。
どちらかというと「僕もアンジーと一緒にキャンプに行きたいけど、アンジーは独りになりたいんだよね?」と、あの獣耳を寂しそうに倒し、ウルウルの瞳で私をよく見ていたものだ。本当は自分もついて行きたいが、我慢しているという表情で。その顔を見る度に私は……キュンキュンしていたものだ。
本当にあの頃は……幸せだった。
あの頃、なんて言うけれど、何十年も前のことではない。
ほんの5年前のことなのに。
今頃、ルディはどうしているだろうか。
私から婚約破棄されたことに相当驚いていたが、ゲームのシナリオ通りになったのだ。文句はないはずで、ララと一緒に初めてのワインでも楽しんでいるのではないか。
脳裏にさっき見た、ルディとララの姿が浮かぶ。
今日のルディは騎士団の隊服姿でとてもカッコよかった。
黒に近い濃紺の上衣とズボン。金糸で刺繍が施されたマント。銀髪に映える素敵な衣装。
ルディと乾杯、したかったな……。