信念を変える~ルディ~
アンジーの父親……ミットフォード伯爵と兄のトマスは、狩りもできるが、ちゃんと料理もできた。騎士であっても、いざとなれば食料を調達し、料理だってこなす必要がある。これはもう、僕は彼らを見習わないといけないな。
僕がそんなことを思っていると、アンジーは用意された料理を見て、こんなことを言う。
「お父様は今日、ここに泊まっていいと言ってくれていると思うわ」
「そっか。それは良かったね……」
ミットフォード伯爵は、アンジーにこのまま“ソロキャン”を続けていいと言っている。これはアンジーにとって、吉報かもしれない。だが僕にとっては……。
アンジーは、キャンプを独りですることを好む。つまり、ここに僕は不要だ。
せっかくプロポーズも成功し、結婚式を挙げることにも同意してくれた。もっともっとアンジーと、結婚式のことを話したかった。……というか、一緒にいたい。
「ルディ、どうしたの? 耳と尻尾に元気がないわ」
「!? そんなことないよ! アンジーと元に戻れると分かった。いや、元に戻るのではなく、さらに進んだ関係になれると分かったのだから。今の僕は、世界で一番幸せだよ」
「そう……。世界で一番幸せな銀狼は、こんなに耳と尻尾に元気がなくなるの?」
ああ、アンジー。
君は聡明だから。
隠し切れない!
「……そうだね。僕は今、間違いなく世界で一番幸せだけど、世界で一番不幸でもある。だって大好きな婚約者をおいて、この場から立ち去らないといけないのだから」
「!? ルディ……!」
「分かっているよ、アンジー。“ソロキャン”は独りで楽しむものだろう。邪魔をするつもりはないよ。……明日、屋敷に戻ったら会おう」
うーん。情けないけど、耳と尻尾を奮い立たせることができない! それどころか泣いてしまいそうだ! ここで泣いては、これまでが台無しになってしまう。
ここはもう、回れ右して潔く立ち去るに限る。
そう思い、「じゃあね、アンジー」とくるりと背を向けたら……。
驚いて、今度は別の意味で涙が出そうになる。
「ルディ。私“ソロキャン”を卒業するわ。これからは、キャンプに行くなら、一緒がいい。ルディと一緒がいい!」
僕の背に抱きついたアンジーが、そう言ってくれたのだ!
これにはもう、胸がシーンとして、涙が出そうになる。
「それによく見て、この料理。一人分の量ではないわ。お父様もお兄様も。ルディと二人で食べろと言ってくれているわ」
この言葉にもう、堪らなくなり、僕はしばし目頭を押さえる。
ミットフォード伯爵と兄のトマス。僕の未来の義父と義理の兄は、なんてイイ人なのだろう。
なんとか涙を堪え、アンジーに念のためで確認する。
「じゃあ、アンジー。今日は僕もここにいていいの?」
「勿論よ。ルディに一緒にいて欲しいわ」
……!
アンジー、君は、君は……!
素直に気持ちを伝えてくれるアンジーは、なんて可愛いのだろう。
堪らず、再びアンジーを抱きしめてしまった。
本当に、本当に。
アンジーが大好きでたまらない!
◇
夜の帳が降りてから。
アンジーが持参していたパンを焼き、猪肉のスープとソテーを温めなおし、夕食を二人で楽しんだ。驚いたことがある。それは……独りキャンプなのに、デザートでマシュマロを、アンジーが持参していたこと。
マシュマロを独りで焼いて食べるなんて……。勿体ない! だってこれは上手に焼いたものを、恋人同士で食べさせ合うのが醍醐味なのに……。
「あー、美味しかったわ。もう満腹ね」
「うん。お腹いっぱいになったし、アンジーとこうやって火を囲んで食べる夕食は最高だったよ」
パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら、虫の声に耳を澄まし、そして満点の星空の下で食べる食事は、実に素晴らしいものだった。何より大好きなアンジーが、横にいてくれるのだから。
これは癖になる。僕は絶対今後も頻繁に、アンジーをキャンプに誘うだろう。
「ねえ、ルディ」
アンジーが改まった様子で僕を見た。
その瞳には、焚火の炎が揺らめいて見える。
「どうしたの、アンジー」
「その、今日はルディの誕生日よね。20歳の誕生日は特別。お酒が解禁されるから。でも……ここにはお酒もない。それどころか……誕生日プレゼントもないわ」
申し訳なさそうにするアンジーを見ていると、もうたまらなくなってしまう。こんなに甘えていいのかな?と思うが、その細い肩を抱き寄せてしまう。
「気にしないでいいよ、アンジー。今日はいろいろあった一日だった。でも今、こうしてアンジーと過ごすことができている。これで僕は十分だよ。アンジーが今、ここに僕と一緒にいてくれる。これが僕にとってのギフト。バースディプレゼントだよ」
そう言ってアンジーをぎゅっと抱きしめる。
これは僕の嘘偽りない本心。
だってキャンプは独りに限る!って、アンジーは10年以上言い続けていたのだ。その信念を変え、今、僕とここにいてくれているのだから。
もうこれで十分。
そう思っていたけど……。