心臓が一瞬止まったのでは!?~アンジー~
本当に、本当に、本当に!
心臓が一瞬止まったのでは!?
そう思った。
私とルディの気持ち。
それが一つになったと思った瞬間、ルディは……。
木から落ちたのだから。
子供の頃、ルディは木から落ち、腕の骨を折ったことがある。以来、木登りは苦手。そして木から落ちることになったきっかけ。それは私を追いかけ、かなりの高さまで登ってしまい、その高さに驚き、力が抜けた。そして――木から落ちた。
ルディがもし猫族だったら。うまく着地できたのかもしれない。でも彼は銀狼で、そしてまだ子供だったから……。木から落ち、腕の骨を折ってしまった。
あの時も私は、一瞬心臓が止まったのではないかと思う。
号泣しながら私は木から下りた。
ルディは腕を骨折していたのに。
とんでもない高さから落下したのに。
あの時のルディは歯を食いしばり、泣くことはなく……代わりに気絶してしまった。
私のことをしっかりしている、聡明だってルディは言ってくれるけど。本当はそんなことはない。ルディは気づいていないし、覚えていないだけ。彼の身に何かあった時、私はいつも大泣きしていたのだから。
それはさておき。
そんなルディが今日、かなりの高さまで登って来たので、本当に驚いてしまった。それでもそれは私のためだと分かったから、彼の求める答えを伝えた。
それは……ルディをとても安心させ、そして彼からの全身からは力が抜け――。
またもや目の前からルディが落ちていくものだから。
私まで飛び降りそうになった。
だけど。
ルディは騎士団の副団長になれるぐらい、いろいろな意味で成長していた。もう、あの頃のような子供ではない。あれはまさに見事の一言。綺麗に回転した上で、まるで予定していた通りです、って感じで地面に着地していたのだ。
これはもう、猫族もビックリだと思う。
「ルディ、大丈夫!? 足首は折れたりしていない!?」
見事に着地したものの、どこかに怪我はないか心配し、尋ねると。
「大丈夫だよ、アンジー。僕は人間よりうんと体力もあるから。それに体のバネも抜群みたいだった。……受け止められるよ、アンジーのことも。降りてみる?」
そんなことを言い出して、驚いてしまった。
これは……私を安心させるための冗談。
そこはもう「心配させておいて、何を言っているの、ルディ!」と突っ込むところ。
それなのに私は――。
私もまたお転婆だから。
「降りてみるわ、ルディ。受け止めてね!」
「えーっ」
剣と弓を扱えて、“ソロキャン”が好きで、狩りもできる私は。前世でも「人生で一度ぐらい、バンジージャンプはしてみてもいいかもしれない」と思っていた。だから……こんなこともできてしまったのね。
ふわりと舞い降りるイメージだったけど、実際はものすごいスピードと風で、目もろくに開いていられないし、あっという間に。
ルディに抱きとめられていた。
「もう、アンジー! あそこは冗談で流すところだろう!」
「そうよね。ごめんなさい」
「……でも、アンジー。もう君のことは捕まえた。絶対に離さないから」
そう言うとルディは、ゆっくり私を地面におろした。そしてそのままぎゅっと強く抱きしめる。
「アンジーの甘い香り。クッキーみたいな香り。思わずこうやって抱きしめたくなる」
「!? 私、コーヒーは飲んだけど、クッキーは食べてないわ」
「これは銀狼の僕だから、感じられる香りなんだよ」
ルディはさらにぎゅっと私を抱きしめると「婚約破棄は撤回してくれる?」と尋ねる。「撤回するわ。ちゃんとみんなに謝るわ」と即答した。「そんな。悪いことをしたわけじゃないから。ご両親に撤回するって言ってくれれば大丈夫だよ。僕の両親の方は僕が対応するから」とルディは言ってくれるけれど。
あんな大勢の前で、大それたことをしてしまったのだ。彼に……恥をかかせたのも同然。謝罪行脚はちゃんとする覚悟だ。
「じゃあ、戻ろうか」「うん」
なんだか子供の頃に戻ったみたい。
こんな風に手をつないでルディと歩くなんて。
手をつないで歩くのは……子供の頃みたいだったが、歩きながら話したことは、子供では話さないこと。
何を話したのかというと……。
まず、私がルディのプロポーズを受け入れ、そして結婚式を挙げるという提案を快諾した。するとルディは大いに喜び、いつ頃式を挙げようか、教会での挙式がいいか、ガーデンウェディングがいいか――そんな結構具体的な話をした。
その時のルディはもう、嬉しくて嬉しくて、いろいろ楽しみでたまらない!という感じだった。
そんな話をしながらも。
熊避けパウダーのトラップには、二人してちゃんと注意する。そこはもう、ルディと私は完璧に息があっている気がする。
そのまま歩き続け、テントを張った辺りに戻ると。
とんでもなく美味しそうな香りが漂っている。
「すごいな。アンジーのお父さんとお兄さん。さすが狩りの達人だね」
「え、どういうことかしら? お、お父様も来ていたの!?」
まさか議会に顔を出していた父が、駆け付けるとは思わなかった。人騒がせをしてしまったと、猛省する。でも……父親は怒っていない。その証拠がこれだと思う。
仕留めた巨大猪を、父親と兄とその騎士は、ちゃんと解体した。そして勿論、命の恵みとして持ち帰っている。でもそれは全てではない。今晩の食事として。猪肉を使ったスープと、ソテーを作っておいてくれたのだ。
つまり。
無理矢理連れ帰るつもりはない。いろいろ思うことがあってここに来たのなら。まあ、一晩頭を冷やし、冷静になるといい――そんなメッセージを父親がこの料理に託している気がした。