最終話 星空の下で
「「………………」」
晩ご飯を食べ終わり、後片付けを終え、なんとなく二人並んで座りながら焚き火を見つめている。
すでに日は落ち、周囲は真っ暗だ。
今日は風がないため、周りの草や木々の音はほとんど聞こえない。唯一パチパチと音を立てて揺らぐ焚き火が目の前にあるだけだ。
「すごい星空だ」
何を喋ろうか迷いながら空を見上げると、そこには一面の星空があった。
漆黒のキャンパスに輝く無数の星がそこら中に散りばめられ、手を伸ばせば届きそうにさえ思える。
「今日は雲ひとつないから、本当にとても綺麗な空だな」
「うん。それに俺の世界とは違って、空気が澄んでいるし、周囲の明かりがこの焚き火だけだから、本当に綺麗に見えるよ」
元の世界でもこれほどまでに綺麗な星空を見たことはない。当然星座は元の世界とまったく異なるが、星の輝きはこの世界でも同じようだ。
「テツヤの世界か……」
美しい星空を見上げて楽しそうにしていたリリアの表情がなぜか曇る。
「以前テツヤは帰ることができないくらい遠い場所からやってきたと言っていたが、まさか世界が違うとは思ってもいなかった。初めはあまり理解ができていなかったけれど、もう二度と会えないくらい遠い場所ということが最近になってようやく理解できた」
「……そうだね。きっとそれくらい遠い場所なんだと思う」
異なる世界、異世界。それは本来交わることがないものだ。
「テツヤは元の世界へ帰れるのなら帰りたいと思うのか?」
「………………」
リリアは空を見上げたまま、ゆっくりと俺に問いかける。
それは以前にも聞かれた問いだ。
俺はソロキャンプをしていたら、なぜかいきなりこの世界へやってきた。どうしてそうなったのかさっぱり分からない。朝目が覚めたら元の世界に戻っていることがないかと思いながら夜を過ごしたことは数えきれないほどある。
魔法が存在する世界だし、いきなり神様という存在が現れ、元の世界へ戻してくれると言ってくる可能性もゼロではない。ないとは思いつつ、もしそうなったら俺はどうしたいのか考えたことも山ほどあった。
前にリリアに故郷に帰りたいか聞かれた時には、どうしたいかをはっきりと答えることができなかったが、今は迷わず答えることができる。
「俺はこの世界にいたいよ」
言葉が自然と口から溢れてくる。
「確かに元の世界には両親や友人がいて、もちろん今も会いたいと思っている。だけど、離れ離れになっただけで、死んだりしたわけじゃない。もしも俺の意思で元の世界に帰れるかを選べるのなら、俺はこの世界で出会ったみんなと一緒にいることを選ぶ」
元の世界に帰って会いたい人はいっぱいいる。だけどそれ以上にこの世界に来てから出会った人達との絆の方が大切になってしまった。
「この世界に来てからロイヤ達に命を助けられて、フィアちゃんと一緒にお店を開いた。ライザックさんとパトリスさんに出会って協力するようになって、ランジェさん、ドルファ、アンジュが一緒に働いてくれることになった。ベルナさん、フェリーさん、グレゴさん、ルハイルさん。数えきれないほどの大切な縁ができたんだ。今の俺にとってはこっちの方が大事になったんだよ」
まだ短い時間だけれど、本当にかけがえのない出会いがあった。それこそ、元の世界よりもこちらの世界を選びたいと思えるほどに。
「なにより、この世界に来たからこそ、リリアに出会えた」
「……っ!?」
「優しくて真面目で、いつも一生懸命なリリアが好きだ。困っている人にすぐ手を差し伸べようとするお人好しなのにちょっとだけ抜けているところもあって、俺の作った料理を美味しそうに食べてくれて、普段はとっても格好よくて凛々しいのにたまに可愛らしくなる、そんなリリアが大好きだよ」
「ほ、本当に私なんかでいいのか……? 私なんてガサツだし、テツヤみたいに頭も良くないし、なにより左腕はないのだぞ……」
「そんなのリリアの魅力とはなんにも関係ないよ。それを言ったら、俺なんて別に格好いいわけじゃないし影は薄いし、戦闘能力は皆無……リリアと釣り合うような男じゃないって自分でも分かって――」
「そんなことは絶対にないぞ!」
リリアが俺の言葉を遮る。その瞳は俺を真っすぐに見つめていた。
「テツヤはとっても格好いいじゃないか! 誠実で物知りで思いやりがあって、いざという時にとても頼りになる。それにいつもみんなのことをたくさん考えてくれているし、本当に尊敬しているぞ! わ、私だってテツヤのことが好きだぞ!」
リリアにそこまで褒められると、嬉しいのと同時に少しだけ恥ずかしい。
「前にテツヤからデートに誘われた時は本当に嬉しかった。だけど、それと同時に私なんてテツヤに相応しくないと思っていたし、もしも私の気持ちを伝えて断られたらと思うと、どうしても言えなかったんだ」
「俺と同じだ。俺もまったく同じことを考えて気持ちを伝えられなかったけれど、ドルファとランジェさんに背中を押されたんだよ」
「テツヤもか!? 実は私も王都でベルナやアンジュ達にどうすればいいのか相談したんだ」
「「………………」」
「ふふっ」
「ははっ」
思わず二人で吹き出してしまった。
今更だけれど、俺とリリアは似た者同士なのかもな。
「本当に私達は仲間に恵まれたな」
「そうだね。みんなには感謝しないと」
ドルファとランジェさんには俺の気持ちはバレバレだったみたいだし、もしかすると俺達の周りの人はみんな俺達の気持ちを知っていたのかもしれない。
「テ、テツヤ。不束者だが、これからもよろしく頼む!」
「う、うん! こちらこそ、これからもよろしくね!」
本当に夢じゃないんよな?
これまでが長い夢で、起きたら元の世界とかいう夢オチエンドは本当になしだぞ!
「わ、私から一つだけお願いがある。その……私はこれまで男の人と付き合ったことがないんだ。だから、その……この先のことは心の準備ができるまで少しだけ待ってくれると嬉しいぞ。テ、テツヤが今すぐしたいと言うのなら、覚悟はできているが……」
「なっ!? も、もちろん無理にする気はないよ!」
「そ、そうなのか! すまない、実は今日テツヤと街の外でデートすることをベルナに相談したら、そういうことをする可能性があると聞いていて……」
「ち、違うよ! 前回のお店みたいに周りに人がいるとリリアに告白できないんじゃないかなと思ったんだ。それに俺が好きなキャンプをしていれば、いつもよりもリラックスできるし、美味しい料理を食べたらいいムードにもなるんじゃないかと思っただけだよ」
「そ、そうか! すまない、今のは忘れてくれ!!」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに右手をブンブンと振るリリア。
……危ない、普段の凛々しさと今の可愛らしさのギャップに思わずリリアを抱きしめてしまいそうになった。
そうだよな、普通に考えれば、街の外で二人きりで過ごすなんて、相手にそういう考えがあると考えるのが当然だ。
「俺達らしく、ここまで来たらゆっくりと進んでいこう」
「あ、ああ。改めてよろしく頼む」
満天の星空の下で焚き火の音を目の前にしながら、リリアと手を繋ぐ。
思えばこの世界へとやって来てからいろいろなことがあった。
最初は一文無しで、ゴブリンに襲われて死にそうになっていた俺だけれど、多くの人と出会い、みんなの力を借りてこの街で大きな商店を構えることができた。
再び王都へ行くことになり、新規店舗を開くことになったし、これからは今まで以上に大きな問題が起こるかもしれない。
だけど今の俺のそばには力になってくれる人達が大勢いる。みんなと一緒にならきっと乗り越えられるはずだ。
頼りになる従業員のみんな。ライザックさんやパトリスさん、ベルナさんにフェリーさんにルハイルさん、そしてアレフレアで暮らす人達や冒険者のみんな。これからも俺達の力になってくれるだろうし、俺もみんなが困っていたら助けになってあげたい。
今までのように忙しいながらも、みんなと一緒に美味しいものを食べて、楽しく過ごせたらいいなと思う。
リリアと付き合えることになったけれど、完全回復薬のことについても今まで以上に考えていかないといけない。新規店舗のことや新しい商品の販売など、まだまだ前途多難だ。
さあ、明日からもほどほどに頑張るとしよう!
―完―
【あとがき】
約二年半こちらの作品にお付き合いいただき、読者の皆様には本当に感謝しております!
こちらの作品は異世界でなにか商売ものを書いてみたいなと思い、好きだったアウトドアに関連した店であるアウトドアショップの能力にしようと思ったのがきっかけとなり、商品の需要が一番ありそうだったのは駆け出し冒険者の街ということで、舞台はこちらになりました。
新規店舗がオープンして新しい従業員も増え、まだまだこの物語を書き続けたかったのですが、筆者の力不足にて叶わず申し訳ございません。とはいえ、このご時世の中、コンテストで受賞して3巻まで出させていただき、物語としてしっかりと完結させていただけたのはひとえに皆様の応援のおかげです。改めてありがとうございました!
書籍版の3巻は昨日より発売しております。最終話の後日談をほんの少しだけ駆け出し冒険者視点で書いておりますので、興味がありましたら手に取っていただけますと幸いです。近況ノートにて中西達哉様が描いてくれたイラストが見られますので、素晴らしいイラストだけでもぜひご覧くださいm(_ _)m
この作品はこれにて完結となりますが、引き続き他の作品は更新し続けておりますので、こちらの作品もよろしくお願いいたします(*´꒳`*)
『億り人』になって田舎に家を買ったら、異世界と現代日本を行き来できるようになった件。~お金と文明の利器を使ってのんびり生活~
住所不定キャンパーはダンジョンでのんびりと暮らしたい ~危険な深層モンスターも俺にとっては食材です~
異世界転生した元教師、【臨時教師】として崩壊した魔術学園を救う。〜クソガキ&無能教師&モンスターペアレントはすべて排除する!~




