第265話 4人の食卓
「……よし、今日はこんなところかな」
新規店舗での接客の練習が無事に終わる。
新しい商品が数多く増えたことと、商品の棚の位置やレジの位置が変わったことにより、今日はほとんど一日中みんなで接客の練習をしていた。
「みんなの接客は問題ないね。あとは商品の場所を覚えて、実際に接客を経験していけば問題なさそうだ」
前の店での経験もあって、みんなの接客はまったく問題ない。
「スヴィーお姉ちゃんはすぐに商品の棚を覚えられてすごかったです!」
『記憶力には自信があるぞ。フィア殿もまだ幼いのにとても賢くて感心したものだ。手の届かない商品があればすぐに我を呼んでくれ』
「はいです!」
当然ながら賢者であるスヴィーさんがお店で接客をするのは初めてなのだが、レジの計算はとんでもなく早いし、商品の位置や一度教えたことは忘れることがないからたったの1日で人並み以上の接客ができるようになっていた。
しかもそれがルーンゴーレムを操作しつつ、この店の隣にある自分の家で研究をしながらできるのだから本当にすごいよなあ。
さすがに今日はゴーレムの操作やトランシーバーの扱いに集中していたみたいだけれど、それでも複数のゴーレムを扱えるだけでどういう頭の構造をしているのかすごく気になる。
新規店舗は横だけでなく縦も広くなったから、大きな棚の一番上だとフィアちゃんでは届かない。一応梯子はあるけれど、スヴィーさんのゴーレムに頼んだ方が早そうだ。
「本当にお店で働くのが初めてとは思えなかったです」
「ああ。元々言葉遣いが丁寧だったし、もう教えることがないくらいだ」
『アンジュ殿とドルファ殿の接客はとても参考になった。いろいろと教えてくれて礼を言う』
「いえ、とんでもないです」
「一応はこの店の先輩だし、何でも聞いてくれ」
アンジュとドルファも大丈夫そうだな。
……ドルファについてはアンジュに関わろうとする男性以外はまったく問題ない。今回はスヴィーさんが女性で良かった。男性店員だったらアンジュが教えてくれるごとにひと悶着ありそうだったからな。
一応明日も空けておいたけれど、練習はこれくらいで大丈夫だろう。店がオープンしたらまたしばらくは忙しくなるだろうし、明日はのんびりと過ごすとしよう。
「うむ、やはりテツヤ殿の料理は美味であるな。しかし、本当に我の分まで作ってもらってもよいのか?」
「ええ、1人分量が増えてもそれほど手間は変わりませんからね。それに料理をするのは好きですから」
今日の新規店舗の接客の練習が終わって他のみんなは帰り、店の2階の居間で晩ご飯を食べている。
せっかくなのでお隣にいるスヴィーさんを誘ってみたところ、一緒に来てくれた。ちなみにお隣さんということもあって、例のトランシーバーを渡してあるから、スヴィーさんへすぐに連絡することができる。
「テツヤの料理は他の街では見たことがないものばかりだからな。私は今でも毎日の食事が楽しみだぞ」
「うん、テツヤの料理は本当においしいからね! 僕も本当は宿に泊まりたいんだけれど、テツヤの料理が食べたくてついつい泊まっちゃうんだよ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。せっかくお店の2階も広くなったことだし、しばらくはお店のことで手一杯になるだろうから、ランジェさんも遠慮はいらないからね」
そしてランジェさんも一緒に食卓を囲んでいる。新規店舗になって居間もだいぶ広くなったから、多少人数が増えたところで部屋を広々と使うことができるようになった。
最近ランジェさんは俺とリリアをできるだけ2人きりにしようとしてくれて、店に泊まらず街の宿を利用してくれていたけれど、どちらにせよしばらくは新規店舗のことで忙しくなりそうだからな。
まだ完全回復薬を購入するための資金は貯まっていないし、新規店舗の開店のタイミングでリリアに告白をして、もしも振られてしまったら気まず過ぎるから当分の間はお店のことに集中するつもりだ。
ランジェさんも新規店舗が開店して1~2週間が経つまでは冒険者の依頼を受けずにお店を手伝ってくれるらしいし、しばらくはこの4人でご飯を食べることになりそうである。
「すまないが世話になる。テツヤ殿の料理は我も初めて食べる料理ばかりで興味深い。それにどうも我は研究に没頭しすぎて数日間食事を取ることを忘れてしまうことが多いようだ。食事に誘ってくれるのならとてもありがたい」
「……研究もほどほどにしておいてくださいね」
元の世界でもゲームに熱中し過ぎて、食事もとらずに何日も徹夜で過ごした友人がいたなあ。逆にそこまで熱中できる何かがあるというのは少し羨ましい気もするけれど。