第264話 接客の練習
「それじゃあ配置についてだけれど、まずは入り口にスヴィーさんのルーンゴーレムが常に護衛として見張ってくれているよ」
「………………」
さすがグレゴさん、たった一日で店にあるプレートアーマーとロングソードをスヴィーさんのルーンゴーレム用に仕上げてくれた。全身金属製の鎧を着込んでロングソードを腰に差したルーンゴーレムはとんでもなく威圧感がある。
「とっても強そうです!」
「ああ。少なくとも駆け出し冒険者では敵わないだろうな」
フィアちゃんとドルファが驚きの声を上げる。
「少し怖いと思うお客さんもいるかもしれないが、むしろ店の顔として強い護衛がいると安心して買い物ができると思うぞ」
リリアの言う通り、そういったことも大事だな。
「それじゃあスヴィーさん。さっき伝えたことを試してみよう」
「ああ、テツヤ殿から借りているこの道具のことであるな」
「ええ、使い方は説明した通りです」
すでに鎧を着込んだルーンゴーレムが実際に店をオープンした時と同じように入り口に立つ。そしてスヴィーさんはすでに引っ越しを終えたお隣のスヴィーさんの家の中へ入ってもらう。
「どうですかスヴィーさん、答えられますか?」
『……うむ、聞こえるか、テツヤ殿?』
「おお、成功だ!」
ルーンゴーレムが着た鎧の口の辺りから、若干スヴィーさんの声とは異なるくぐもった声が聞こえてきた。
うん、これなら十分に接客もできそうだぞ。昨日思いついたにしては我ながらいいアイディアだったな。
「す、すごいですね。スヴィーさんはここにいないのに声が聞こえます」
『ああ。我も驚いている。本当にテツヤ殿の世界の道具は不思議であるな』
鎧の中からスヴィーさんの声が聞こえてくる仕組みは実に単純で、ルーンゴーレムが着込んでいるプレートアーマーの口の部分にアウトドアショップで購入したトランシーバーを仕込んだのだ。
最近のアウトドアショップで購入できるトランシーバーはなんと数キロメートルも離れた場所でも使用することができる。スヴィーさんのルーンゴーレムは周囲の音を感じたり視界を共有することはできても声を届けることができなかったのだが、トランシーバーのおかげで、スヴィーさんが家の中にいながら声を届けることができるようになった。
ルーンゴーレム側のトランシーバーは常に受信のみにしておいて、必要がある時だけスヴィーさんの手元にあるトランシーバーのスイッチをオンにして会話をするのである。
「トランシーバーを使うと少し機械っぽい声になるんだけれど、鎧の中で声が少しこもるからちょうどいいかもね」
「うん、全然気にならないよ。スヴィーさんの綺麗な声が女性か男性の声かわからなくなるのはちょっと残念だけれどね」
『ふむ、このトランシーバーとやらを通じて声を届けると少しだけ音質が変化するようで興味深い。本当にどんな仕組みをしているのか、調べるのが今から楽しみであるな』
ランジェさんがさりげなくスヴィーさんの声を褒めていたのだけれど、残念ながらそれよりもスヴィーさんの興味はトランシーバーにあるようだった。
トランシーバーも異世界ではとんでもなく便利だよな。とはいえ、数キロメートルの距離を一瞬で情報伝達できる魔法のようなこの道具は間違いなく争いごとに使われるだろうから、他の人には秘密にして販売はしない。
戦争などでタイムラグなしに情報を伝えられるトランシーバーは大きな武器となってしまうだろう。それに他の商品と一緒で俺が仕組みを説明できないから、面倒な人たちに目をつけられたら困る。
うちの店だけで使うくらいがちょうどいい。ちなみにこのトランシーバーは充電方式なので、ソーラーパネルで発電した電力を使って毎日充電する。
「これで入り口はオッケーだね。他のルーンゴーレムは主に店内を見回ったり、商品の品出しを中心にお願いするよ」
『うむ、心得た』
他のルーンゴーレムにも同様に頭の鎧の中にそれぞれトランシーバーを入れることによって大人数での接客ができるのだが、さすがにそれではスヴィーさんの負担が大きすぎるからなしにした。
それに同時にお客さんに声を掛けられた場合は同時に答えることができない。他のルーンゴーレムには商品を倉庫から出して棚に移したり、他の従業員のサポートを中心に動いて店内は1〜2体で回ってもらう予定だ。
「それじゃあ従業員役とお客さん役の半分に分かれて接客の練習をしてみよう。スヴィーさんはそのまま鎧を身に付けた状態で接客ができるかも確認しておこうね」
ここからはいよいよ実践あるのみだ。お互いにお客さん役をしてみることによって、そこから気付くこともある。
新規店舗になって、商品の場所が変わり、新商品の値段も覚えなければならないからな。俺も頑張って練習するとしよう。