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潮騒の、すず  作者: 糸東 甚九郎
第3章 葉月と翔平が決めたこと
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9、どたばた剣道部

「「「「「 キイイイイィィヤアァーーーーイッ! 」」」」」

「「「「「 オオオオォエリャアァーーーーーーーイッ! 」」」」」


   だあんっ! ばちいん! ぱぱぁんっ! ばちんばちいんっ!


「止め! ・・・・・・次、地稽古! 自由に仕掛け合うこと! 始め!」

「「「「「 キイイイィィヤアァァーーーーーーーーイ! 」」」」」

「「「「「 キエエエエエェーーーーーーーーーッ! 」」」」」


   ぱぁん!  ぱぁん!  ぱぁん!  ぱぁん!  ぱぁん!  ぱぁん!

   どぱああぁーーーーんっ!


 葉月たちが面白おかしく美術室で過ごしている頃、格技場では翔平たちが全国大会前の追いこみ稽古に励んでいた。

 男女合わせて全部で十名の剣道部。高速で竹刀が左右に振られ、乾いた音が響き渡る。


「須々木ぃ! 気合いが足りん! もっともっとぉ! どうしたぁ、ほらぁっ!」

「はー・・・・・・はー・・・・・・。うっす! ・・・・・・お願いします! キイイヤァーーーッ!」


 けたたましい気合いを発し、藍染めの道着を纏って濃紺の袴を履いた翔平は、特別指導に来た範士の浜崎茂兵衛に向かって、一心不乱にかかってゆく。


「甘いわぁっ! ほらあっ! 胴がガラ空きだ!」


   ・・・・・・ドパアアァンンッ!


「うあっ! ・・・・・・あ、ありがとうございます!」


 防具をつけた翔平の右脇を、浜崎範士の竹刀が一瞬で抜き斬った。

 荒い呼吸で、大量の汗を滴らせる部員たち。誰もみな、熱せられた空気が溜まる格技場内で、面の奥できらりと目を輝かせ、竹刀を振ってぶつかり合う。


「よぉし! 小休止ーっ!」

「「「「「 はぁい! ありがとうございましたーっ! 」」」」」


 若田先生の号令が響き、全員一礼して防具を外す。まるで、校庭を五周くらい全力疾走したかのような汗の量。ヒノキ製の床板に、あちこち水たまりができている。


「はぁー、はぁー・・・・・・。あー、きっつ! でも、全国行くなら、こんくらいは・・・・・・」

「そうだな、ショウ! ・・・・・・それにしても今日、あっちぃなーっ・・・・・・」

「暑さに強ぇカツオがそう言うんじゃ、よっぽどだな! はぁー、きちぃーっ!」

「あぁ、冷たい水が、うめーっ! 剣道やっててよかったぜ!」

「カツオー・・・・・・。お前それ、剣道関係ないじゃんか。・・・・・・あー、生き返るなぁ」


 タオルで汗をぬぐい、スポーツドリンクを一気飲みする翔平。その隣で氷水を飲んでいるのは、同じ三年部員の大木(おおき)勝男(かつお)。その横隣には、白い袴姿の女子部員が座っている。


「スタミナ、さすがだね翔チャン! ワタシはもう、既にへろっへろだよぉー」


 ハート柄のタオルで顔を拭いているのは、三年二組で女子主将の宮田(みやた)香夏子(かなこ)。彼女の家は、母の和美(かずみ)が営む小料理屋「しらなみ」。

 それは大荒井駅前にあり、毎日のように常連客で賑わっている。夜は、香夏子も店を手伝っており、お会計の計算スピードはソロバン要らずとまで言われるほど有名。趣味は時代劇鑑賞という、ちょっと変わった渋い一面も。


「宮田も、三人しかいない女子の中で、一番気合い入ってるよな! すごいよ」


 翔平が、汗を滴らせながら、香夏子に爽やかな笑顔で話しかける。


「そぉ? 嬉しいー。じゃあ、もーっと頑張っちゃおうかなーっ!」

「すげーよ、香夏子! 女子は全国行けなかったのに、男子より気合い入ってんな!」


 なぜか勝男も、翔平のすぐ後に話に割り込み、香夏子を誉めちぎっている。


「勝チャン・・・・・・。『全国行けなかったのに』は余計だよぉ! 気にしてるのにぃー」


 香夏子は、ぷくっと頬を膨らませ、ぷいっと明後日の方向を向いた。


「え? ええ? わ、わりぃっ、香夏子! 悪気はねーんだ。許してくれぇー」

「知らないー。ワタシ、あっちで後輩とストレッチやるー」

「ま、待てよぉー、香夏子ー」

「ははっ! 口が滑りやがったな、カツオ! 宮田を怒らせてやがんの」


 壁に寄りかかりながら笑う翔平。勝男はドタバタと香夏子を追い回す。


「こないでー、勝チャン! ・・・・・・このあとの稽古、覚悟しなさいよぉー」

「謝っから! なぁー、許してくれぇー」

「「「「「 ははははははは! 」」」」」


 後輩たちの笑い声が格技場内に響き、和やかな雰囲気が漂う休憩時間。

 勝男は、木刀を装備した香夏子に、逆に今度は追い回されている。


「翔平、見ろよあれ。勝男じゃなく、あれじゃ、負男だよなー。ははっ!」


 ボトルの麦茶を飲みながら、三年部員の平崎(ひらさき)(ゆたか)が、翔平の横で笑っている。


「ははは! そうだな、豊。・・・・・・おーいカツオ! 宮田を怒らせると、怖いぜー?」

「み、見てねーで助けてくれよー。わー、香夏子! 止め! 勝負あり! 止めーっ」

「知らない! 勝チャンのバカーっ! 成敗いたす。そこになおれーっ!」


 香夏子は、時代劇のような台詞回しで、白い袴を膨らませ、勝男を追いかけている。


   ひゅわぁ・・・・・・  さらさらさらー・・・・・・

   ささささささぁー・・・・・・  ふわさああぁー・・・・・・


 風が、格技場を吹き抜けてゆく。潮の香りと、蝉時雨を乗せて。


「元気ですね、大荒井中の生徒は。笑顔が本当に輝いてますね!」


 浜崎範士と同じく、稽古をつけに来ている磯村巡査は、ふっと笑う。


「子供っぽいような大人っぽいような。それがこの子たちの持ち味だと思いますね」


 若田先生も笑顔を見せる。その横で浜崎師範も、厳しい目をしながらも口元が緩む。


「・・・・・・よぉし! 休憩終わり! 始めるぞぉ!」


 きりっとした目に変わる若田先生。その声に、一斉に返事をする剣道部員。

 晴天に輝く太陽は真南に近い。翔平たちの声はその後、いっそう大きく轟いていた。

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