87、葉月の涙
・・・・・・ざざざぁぁんっ・・・・・・
・・・・・・ざざざぁー・・・・・・
・・・・・・ざぱぁぁぁん・・・・・・
網戸から茶の間に、青白い月光と港に打ち寄せる波の音が入ってくる。
「・・・・・・くすっ。・・・・・・くすん・・・・・・。・・・・・・ぐすん・・・・・・」
「葉月ー? もういいかげんにして、ご飯食べちゃいなよー? ねぇ?」
「・・・・・・っく。・・・・・・くすん・・・・・・」
「姉ちゃんー・・・・・・しゃーないじゃん。もう、今日の試合は終わったんだしー」
折りたたんだ座布団に顔を突っ伏している葉月。
睦子と文弥は、イワシのショウガ漬け丼を食べ終え、台所のシンクに食器を浸して片付けを始めている。
―――。
「2対0、1分け! 白、柏沼北中の、勝ち!」
「「「 ・・・・・・ありがとう・・・・・・ございました・・・・・・っ・・・・・・ 」」」
「「「 ありがとうございましたぁーーーーーーっ! 」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアッ!
パチパチパチパチパチパチ!
「・・・・・・はづきが・・・・・・あんな点差でやられるなんて、信じらんなかっぺ・・・・・・」
「・・・・・・っく。ぐすん・・・・・・。ごめんね・・・・・・わたし、勝てなかった・・・・・・」
「ぐすんぐすん・・・・・・気に・・・・・・しないでよ、はーちゃん・・・・・・。ぐすん・・・・・・」
「気にするよ・・・・・・。応援してもらったのに・・・・・・不甲斐ない試合でさ・・・・・・」
「・・・・・・っぐ。うぇ・・・・・・。はづき・・・・・・。決勝で負けるのって、悔しいね・・・・・・」
「・・・・・・うん。・・・・・・せっかく・・・・・・ここまできたのに・・・・・・」
「ふえぇ・・・・・・っく・・・・・・。ひっく・・・・・・。いいなぁ、向こうは・・・・・・」
ワアアアアアアアアアアアアア!
ワアアアアアアアアアアアアアアアッ!
「やったな! やったなぁ小紅! おめでとう! 団体優勝、おめでとう!」
「おつかれさま、小紅っ! えらいえらい! すごかったよ! 嬉しいなぁっ!」
「・・・・・・ふふっ! ありがとう、お父さん、お母さん。・・・・・・やったよ!」
「小紅は、お父さん自慢の娘だ! 明日の個人戦も、こりゃ、優勝だなぁ!」
「そうだ、小紅っ! お祝いに、何か好きなもの言って? 欲しいものある?」
「えー? なんでよー? ・・・・・・欲しいものぉ?」
「お母さんたちが、今年のクリスマスに、全国制覇のお祝いとして買ってあげる!」
「別にいいよ。あたし、特に欲しいのないからさ。でも、ありがとね、お母さん!」
「そーんなこと言わないのっ。じゃあ、何か選ぶからさ、楽しみに待っててね!」
「クリスマスなんて、まだまだ先じゃん。まったく、お母さんは気が早いんだから」
「小紅ちゃん、おめでとう! 水穂ちゃんも澪ちゃんも、おめでとう!」
「ありがと、優太! ・・・・・・まずは、団体戦、制覇したぞーっ! あはははっ!」
「いひっ! わーいわーい! やったよーっ! 私たちも、中学日本一だーっ!」
「おかげさまで、小紅サンが決めてくれました! ・・・・・・もう、嬉しすぎです!」
「みんな、強かったよーっ! ぼく、見ててドキドキしちゃったーっ!」
ワアアアアアアアアッ!
ざわざわざわざわざわざわ・・・・・・
「・・・・・・葉月・・・・・・ごめん。鈴、鳴らそうとしたんだけど・・・・・・」
「翔平・・・・・・そんな顔・・・・・・しないで? わたしが勝てなかっただけだから・・・・・・」
「・・・・・・でも、葉月のすげぇ試合を見られて、俺、嬉しかったぜ!」
「ぐすっ・・・・・・くすん。・・・・・・小紅に・・・・・・勝てなかったよぉ・・・・・・」
「は、葉月っ・・・・・・」
「いやぁー、葉月ちゃんの上を行くやつが、いるなんてなぁー」
「まったくだ。世間は広かっぺ! 今夜はしらなみで、ちょっとたくさん飲もうや」
「組合長ー。・・・・・・俺も、ちーっと、今日は飲みたい気分でさ! 飲むか!」
「明日の応援に差し支えない程度にな! 葉月ちゃんの慰労もこめて、な!」
「はいはいはいはい。それに、混ぜてよ。ぐすん。涙が止まらねーよぉー」
「やおなべも合流か。良かっぺ。みんなで、明日にまた、繋げっぺよ!」
「そーすっか! ・・・・・・今日はもう、上がろう。葉月ちゃんらも疲れてそうだし」
ざわざわ がやがや
・・・・・・ざっざっざっざっ
「(みなさん、ごめんなさい。・・・・・・せっかく、応援してくれてたのに・・・・・・)」
「はーちゃぁん・・・・・・」
「はづき・・・・・・もう、顔・・・・・・上げようよ・・・・・・」
「ごめん、りんも亜弓も・・・・・・。もう少し・・・・・・このままでいさせて・・・・・・」
―――。
「・・・・・・くすん。・・・・・・ぐすっ・・・・・・」
・・・・・・ごろん ごろり ぼふっ!
「はーづーきぃっ? いい加減にしなさい! ほらぁ、ご飯、どうすんのー?」
睦子は、葉月の身体を何度も揺する。濡れた座布団に顔を突っ伏したまま、葉月はあまり反応を見せない。
「しょうがないでしょ。あの小紅ちゃんって子が、葉月より少し強かっただけよ」
「・・・・・・くすん・・・・・・」
「そんな姿、お父さんが見たら、笑うよ? いつまでも泣いてないで、食べちゃって」
「・・・・・・あい。・・・・・・。・・・・・・」
「ちゃぶ台に置いとくよ。さて、お風呂沸かさなきゃ。文弥ーっ? お風呂を・・・・・・」
睦子は、茶の間を離れて風呂を焚きに向かった。
葉月はごろりと寝がえりをうち、赤く腫らした目をこすり、ゆっくりとちゃぶ台に置かれた箸を持つ。
「(翔平の前で、わたし・・・・・・かっこ悪かったなぁ・・・・・・。・・・・・・くすん・・・・・・)」
また、目尻からいくつも涙がこぼれた。
葉月はそれを拭って、一気に丼の中身を箸でかき込むように、たくさん頬張った。
もぐもぐもぐもぐ ごくん
もぐもぐもぐもぐ ごくんっ
「(おとーさんに、笑われちゃう・・・・・・か・・・・・・)」
ちらりと見上げた先には、父の遺影が。なぜかその姿は、葉月に対して少しだけ微笑んでいるようにも見えた。
さらりとした風が、また網戸から入ってくる。
葉月は、かき込んだご飯がのどに詰まり、むせて咳きこんでいる。




