8、ほのぼの美術部
カキイィーンッ ダダダダダ パシュッ パァン ザシューッ
「まわれまわれーっ! ショート! ゲッツーッ! ホームに返せーっ!」
校庭に響く金属音。白球を受けるグラブの音。照りつける太陽の下で、野球部が必死に汗と砂ぼこりまみれになって練習をしている。
しゃっ しゃしゃしゃしゃっ・・・・・・
しゃかしゃかしゃか・・・・・・
野球の音を聞きながら、スケッチブックに鉛筆をひたすら走らせる、りん。まっさらな紙の上に、薄墨色の線が次々と引かれてゆく。それは次第に、形となってゆく。
「できたぁ! うーん。・・・・・・傑作だ、うん! ・・・・・・ねぇ、はーちゃん! 見てー」
りんは、満面の笑顔で、くるっと返して葉月にそれを見せる。
「わぁ! りんにしては、すっごく上手じゃない? えー、すごい!」
「なになに? りん、できたの?」
亜弓も隣の机から身を乗り出し、りんの描いたものを葉月と見つめる。
「おおお! ほんとだ。りんの絵とは思えない! よーく描けてっぺな!」
「でしょ! どぉだ! 今日は私、絶好調かもねーっ! いえーい!」
大荒井中学校の一階には、一番奥に美術室がある。そこで葉月たちは、部活動に勤しんでいる。今日の活動は、近くにあるものを自由に選んで描き写す「静物画」のようだ。
窓を全開にした室内には海から潮風が吹き、そよりそよりと、何とも言えぬ心地よさ。
一年生から三年生まで合わせて、美術部員は七名ほどしかいない。みんな、和気藹々とアットホームな雰囲気の中で活動している。
「あら、島村さん。もう描けたの? どぉれー、先生に見してみーっ!」
「見て、ハナチャン! これなら、美術を『5』につけ直してもいーんじゃない?」
顧問の花畑先生は、りんのスケッチブックを手に取り、じっくりと見つめる。
「うーん・・・・・・。・・・・・・んん? ・・・・・・ううーむ・・・・・・」
悩んだような、困ったような、複雑な表情の花畑先生。
「どうしたんですか、咲子先生? ・・・・・・島村の絵、ですか」
花畑先生の横からひょっこり顔を出したのは、美術部部長の風間耕也。りんと同じ三年二組で、部では唯一の男子生徒だ。
「・・・・・・こ、これは! ・・・・・・ふーん・・・・・・」
「・・・・・・ね? 風間君も、これは、うなるよね? ・・・・・・どう見ようかねー?」
「えへん! 私の自信作です! どうでしょうかー?」
りんは、黒髪をさあっと靡かせ、得意気な顔。
「・・・・・・島村さんさぁ。・・・・・・これは・・・・・・島村さん的に見たヘチマ、かな?」
「僕もそう見える。・・・・・・一応、ヘチマを描いたんだよね?」
「「 え! ええ!? 」」
葉月と亜弓は、目を大きく見開いて驚く。「なんでよ?」とりんは逆に驚いている。
二人は「藁づと納豆だと思った!」と、大爆笑。花畑先生と風間は苦笑い。
「はーちゃんもあゆも、私の芸術的なヘチマがわかんないなんてー」
「わっかるわけないよ! どう見たって、藁に包まれた納豆だっぺよ!」
「わたしも、この形と、この縦線・・・・・・。納豆だと思って誉めてたんだけど・・・・・・」
「だめだねー、二人とも! 今日は、ハナチャンがきちんとわかってくれたー」
りんは、クルクル回って喜んでいる。
「ま、まぁ、先生も頭の中をかなーり回転させまくった結果なんけどさーっ・・・・・・」
花畑先生は、半ば呆れたような顔で、りんにスケッチブックを返した。
「はづき、よく考えたら、この室内や窓の外には、納豆はなかったね・・・・・・」
亜弓は、呆れ笑いをしながら、美術室の中を見回している。
「しまっち、まーた面白い絵を描いたのぉー? あははっ! なーにこれぇ!」
「うるさいよ! ワカだって、いつも面白いデッサンばっかりしてんじゃんー」
りんのことを「しまっち」と呼ぶ少女は、一組の斎藤和花子。大荒井商店街にある生花店「さいとう」の看板娘で、風紀委員長も務めている。
「わかこは、なに描いたの? ・・・・・・ん? なんだっぺ、こりゃ?」
亜弓は、和花子の絵を見て、首を傾げる。葉月も一緒に見て、同じく首を傾げた。
「・・・・・・お地蔵さん?」
「なんでそー見えんの、すずっちは! あゆっち共々、想像力が、足りないねー」
「いや、想像も何も、何だかわかんねーっぺよ、これじゃ」
「ふふー。すずっち、あゆっち、しまっちの三人を、見ながら描いたのよー」
「「 え! ええええ? 」」
「いやいやいや! おかしいっぺよ! なんでうち、こんな大仏みたいなのよ!」
亜弓が、和花子の描いた「亜弓らしきもの」を何度も指差し、わめいている。
「だって、こう見えたんだもの! ちょっと、太く描きすぎたかもだけどー」
「だーめ! 描き直し! うちはこんなに丸々としてねぇっぺよ! だーめ!」
がしがしがし がしがしがし
亜弓は、和花子の描いた「もの」を一部、消しゴムで一気に消してしまった。
「おいおい、お前ら、まじめにやれよー。後輩の手本になんないじゃないかー」
風間は頭を掻きながら、困り果てている。
「はーい! 描けた人、先生に見せてねーっ! どんどん自信持って描いてーっ」
花畑先生がパンと手を叩き、元気よく声を出す。一年生も二年生も、「はーい」と返事をし、一生懸命ひたすら絵を描く。そんな中でとりわけ賑やかなのは、三年生だった。