79、高速の激戦 絢子vs小紅
ざわざわざわざわ ざわざわざわざわ
「つっ、つええーっ! でも、マジで可愛い子だな! 友達からなら・・・・・・」
「だから、お前には無理だって。ぶっとばされっぞ?」
「でも、でも、あのルックスだぜ? 超美人じゃんか!」
「諦めなさいよ、勝チャン! 試合見るだけにしなよー」
「そうだよ。あの子へアタックしたら、どうせまた負男になるぜー?」
「でもなー。惚れちまったもんは、どうしようも・・・・・・」
「あ! ほらぁ、見て? 栃木県勢のほうへ、あの子、笑って手を振ってる」
「見ろよ、カツオ! あの観覧席にいるやつが、小紅さんの彼氏じゃねーのか?」
「ええええ! マジかよぉ! なんだよぉ、それ!」
「はい、諦めなさい。あの子、あんなに嬉しそうに笑ってる。勝チャンじゃ無理ね」
観覧席では、勝男がじたばたしている。小紅に相当惚れ込んでいるようだが、翔平、香夏子、豊には、半ば呆れられたように諭されている。
球磨原中を下した小紅たちは、家族が手を振る栃木県陣営の方へ手を振っている。観覧席の最前列からは、優太が身を乗り出して、小紅と何か話しているようだ。
「あの栃木の子たち、すごいね。破竹の勢いで勝ち進みそうだね」
「亜弓のスピードじゃ、今の子には歯が立ちそうもないなぁ。まずかっぺー」
団五郎が、渋い声で徹と話している。
「なーに、大丈夫だっぺよ! 大荒井町商店街がついてるんだ! 大丈夫だっぺ!」
北原は、どかっと座ったまま、笑顔で二人の会話に混ざった。そこへ、松岡も一緒に加わり、北原へぐいっと顔を寄せた。
「組合長ー。なんか、持ってきてねぇのかぁー?」
「なんかっちゃ、なんだっぺか?」
「だからよぉ、トンカツとか、ステーキとか、パワーのつきそうな肉モノとかさ」
「持ってきてるわけなかっぺ! メシ食うための試合じゃなかっぺよー」
「大荒井中の三人に、縁起担ぎでトンカツやステーキを食わせりゃなぁー」
「テキにカツ、ってか? おめー、だいぶ古めかしいこと言うなやー」
「よかっぺよー。でも、そんなの食ったら、胃がもたれて動けねぇかぁー」
「そういうことだっぺ。全員で応援すりゃ、それが肉の代わりになっぺ!」
「そっかぁ。組合長がそう言うなら。・・・・・・おーい、次も頑張れよーっ!」
松岡が立ち上がり、葉月たちに向かって大きく手を振る。
団五郎と徹も立ち上がり、大漁旗を二人で大きく振り回し始めた。
「何やってんだっぺか、父ちゃんらはー・・・・・・」
「嬉しいことじゃん、亜弓! みんな、わたしたちを応援してくれてるんだよー」
「え! パパまで、あれ、何やってんのよーっ!」
驚いて目を丸くしたりんが見たものは、ねじりハチマキをして、観覧席の一角に和太鼓を設置している哲史だった。
「・・・・・・り、りんの父ちゃん、まさかあそこで太鼓やる気? す、すごっ!」
「・・・・・・哲史おじさんまで、なんか、すごいノリになってきたねー」
亜弓と葉月も、口をぽかんと開けて、呆気にとられている。
りんは「やめてよ恥ずかしいー」と、顔を赤らめて両手で覆ってしまった。
ワアアアアアアアアアアアアアアア
がやがやがやがや
ワアアアアアアアアアアアアアアア
パチパチパチパチ!
ワアアアアアアアアアアアアアアア
ざわざわざわざわ
ワアアアアアアアアアアアアアアア
パチパチパチパチ!
「・・・・・・たああっ! たああぁーーーーーーーぃ!」
シュバアッ! ビシイィーーーーーーッ!
・・・・・・ばばっ!
「止め! 赤、上段突き、技有り! 赤の、勝ち!」
「さあぁーーーーーーーっ!」
ビュンッ! パパァンッ!
・・・・・・ばばっ!
「止め! 赤、中段蹴り、技有り! 赤の、勝ち!」
「うっしゃーーーーっ! うりゃーぁ!」
ドドドドドドッ! ドバシィンッ!
・・・・・・ばばっ!
「止め! 赤、上段突き、一本ーっ! 赤の、勝ち!」
「「「 ありがとうございましたぁーーーーっ! 」」」
葉月たちはその後、右肩上がりの昇り調子のまま四回戦も完勝。
準決勝戦では先鋒が葉月、中堅にりん、大将を亜弓に変えたオーダーで、大阪府代表の難波大阪中を下し、ついに決勝戦へ躍り出た。
「すごいすごい! すずっちたち、決勝だよ! すごぉーいっ!」
「鈴鹿さんも、草笛さんも、島村さんも、すごいのね! 強いね!」
和花子と花畑先生も、のめり込むようにして葉月たちの試合を観戦している。決勝進出が決まったことで、大荒井中の応援団もさらに熱が入っている。
「すごい子たちだなー。剣道部に続き、これは、第二の全国制覇が見えましたね!」
野島が、若田先生や睦子たちに、微笑みながら話しかけた。若田先生は「気を抜かずに最後まで勝負ですね!」と、笑顔で頷き、睦子は「優勝したら全員でお祝いだね」と、野島に軽くピースサインを見せた。
葉月は、タオルでメンホーを拭きながら、島村師範へ問いかけた。
「決勝戦、どういうオーダーがいいですかね?」
「うーむ。まずは、あっちの準決勝を見て、決めるとするかの」
島村師範は、もう一方の準決勝戦が行われているGコートへ目を向けた。
亜弓とりんも、同じ方へ目を向ける。
「京都の平安橘中と、栃木の柏沼北中の激突だぁ! はーちゃん、あれ見て!」
「あ! 未だ、勝ち星つかずだね! 珍しい! ほぼ互角の戦力なのかな?」
「やっぱり注目は、これから始まる大将戦の藤川絢子 対 早乙女小紅だっぺね!」
Gコートに貼り出されたオーダー表は、既に中堅戦までが終わったことを示す印がついているが、引き分けを表す「△」ばかりだ。
赤 平安橘中学校(京都) 対 白 柏沼北中学校(栃木)
先鋒 △ 小平 夕子 - △ 稲葉 水穂
中堅 △ 向月院 玲子 - △ 篠原 澪
大将 藤川 絢子 - 早乙女 小紅
「(小紅、負けないでよね! わたし、先に決勝で待ってるから!)」
葉月は、右手に持ったタオルをぎゅうっと握り、真剣な眼差しで隣のコートを見つめている。
「(ふふっ! 待ってたわぁ、早乙女小紅さん。朝香道場の組手、見せてあげますー)」
「(葉月は先に決勝進出。それじゃあたしも、準決勝なんかでコケらんないね)」
京都府陣営の観覧席からは、「あやこ姉がんばれー」と、子供たちの声が響いてくる。
一方で、栃木県陣営の観覧席からは大量の「小紅、頑張れ!」の声が響いてくる。
―――「勝負三本! 始めッ!」―――
勝った方が決勝進出。火花を散らす強豪女子二人の大将戦が、いま、始まった。
キィーンッ! ババババシィッ! ビシビシィッ!
中学生女子とは思えない、ハヤブサのような速度。カミソリのような切れ味。
絢子の突きや蹴りが、次々と小紅へ襲いかかっている。
ギュンッ! ヒュンッ!
バチバチンッ! ササッ! ヒュヒュン!
足捌きや体捌き、受け技を駆使して、その猛攻を何とか小紅は防ぎきった。
「「 あやこ姉ーっ! いいこうげきやでー 」」
京都府陣営の観覧席から、朋子と舞子が高い声を出して絢子を応援している。その声を受けて、絢子はさらに攻撃を仕掛けてゆく。
キィーンッ! ビュババッ! パパァーンッ!
・・・・・・ばばっ!
乾いた音が響き、小紅の顎が撥ね上がった。
「止め! 赤、上段突き、技有り!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
一気に京都府陣営が湧き上がる。絢子の名が記された横断幕が、ひらりと揺れる。
「(どないやろか、早乙女さん。私が朝香道場で叩き上げた、技のお味は?)」
メンホーの奥で、絢子はにっこりと小紅に向かって微笑んでいる。
「(震災で両親を失い、遠戚の朝香家で住むようになって、私はもっと強くなった!)」
微笑みの中でぎらりと光る絢子の目は、強い意志と闘志で燃え上がっている。
「(・・・・・・この全中大会、全種目で私がトップに立たせてもらいますー)」
絢子は闘志をさらに強め、小紅の目をじっと見据える。
「(・・・・・・ふぅん。様子見無しで、一気に全力の速さを出してるのか)」
小紅は、絢子の闘志を感知すると、目に気合いを込め直した。
「(甘く見ないでよね? 速いだけでは、あたしには到底、勝てないから!)」
絢子と小紅の闘志が、コート内の熱気をさらに高くする。
「続けて、始めッ!」
「せぇあぁーーーーーーーいっ!」
たたんっ! キィーンッ! ババババババッ!
優雅に舞うかのような足捌きで、絢子は再び小紅へ連続突きを仕掛けてゆく。
試合は、絢子が技有りひとつリード中。
「はーちゃん。あの藤川絢子の猛攻、すっごいね! やばいよ、あれ!」
「無駄のない動きだからこそ出来る、速さだね! 独特な身体の使い方だよ!」
「りんやはづきは、あの速さ、生み出せる?」
「無理だよー。あんな、桁違いの風切り音、私には無理ーっ!」
「わたしも、無理かも。ああいう連打じゃないんだよね、わたしの突きはさ」
「はづきでもできないなんて、あの子、すごかっぺ! こりゃ強敵だねー・・・・・・」
「個人戦だと、わたしのAブロックにいるね。・・・・・・でも、あの動きだと・・・・・・」
「はーちゃんとは、個人戦だとあの人、準決勝で当たるね!」
「・・・・・・やっぱり全国大会は面白いねっ! わたし、楽しみになってきた!」
「はづきは、すごいね。うちやりんは、とてもそこまでワクワクできなかっぺ」
「私もはーちゃんみたいに、絶対的な自信が欲しいなー」
葉月たちは、あれこれ話しながら、絢子と小紅の試合観戦を続ける。
キィーンッ! キィーンッ! バババババッ!
ビュバババッ! キィーンッ! ズババババッ!
絢子の猛攻は続く。まるで無限のスタミナでもあるかのように、その攻撃の手は止まることなく小紅へ向かって畳みかけられてゆく。
キィーンッ! スパァーンッ!
・・・・・・ばばっ!
「止め! 赤、上段突き、技有り!」
また、絢子の上段突きが小紅の頭部を捉えた。避けるよりも早く、絢子の突きは小紅へ届いていた。
「(どう? これが、朝香道場の組手やわ。この速度、反応できへんやろ?)」
「(面倒なスピードだけど、まだ辛抱だね。・・・・・・葉月、あたしの試合、見てるかな?)」
ちらりと横目で葉月の視線を確認した小紅。
「(何をよそ見なんかしてはるの? さぁ、まだまだいかせてもらいますー)」
「(葉月の技よりも、速いな。・・・・・・でも、あたしだって、バカじゃないからね)」
薄紅色の唇を、くいっと上げた小紅。試合はまだまだ続く。
キィーンッ! キィーンッ!
ズバババッ! バシバシイィッ!
「うひー。ミオ! あの小紅センパイが一気に畳みかけられてる! ひえー」
「珍しいよね。小紅サンが先制点を立て続けに許すなんてさ」
「あの人の技、速すぎだよー。私じゃ絶対反応できそうにないもんー」
「あ! 見て、水穂! 小紅サン、構えを左右入れ替えた!」
「え?」
小紅は、今までは左足が前の「右構え」だったが、いつの間にか右足が前の「左構え」に切り替えていた。
この構えに、観戦している大荒井中の剣道部メンバーたちも、ぴくりと反応。
「え! 空手って、構えを入れ替えるのもオッケーなの?」
「あい。別に、いーんだよ。左右どっちの構えでもいーんだー」
驚いた香夏子へ、文弥が答える。
「右手、右足が前だと・・・・・・さっきよりも増して、剣道っぽいな」
翔平も、小紅の構えを見て、勝男や豊たちと話し込んでいる。
コート内では、小紅の構えを警戒した絢子が、攻撃の手を止めていた。
「(ひ、左構え! 早乙女小紅さんは、どっちの構えでも戦えるってことなん?)」
「(・・・・・・さぁ、打ってきなよ)」
目で絢子を挑発する小紅。
「(打ってこいって言うような目やね。面白い。乗ってあげますわー)」
・・・・・・ぐっ
絢子は重心を前に傾けた。そして、前に突きだした左拳へ力を込め、一気に踏み出る。
キィー・・・・・・
ドパァーーーーーーーンッ!
・・・・・・ばばっ!
「止め! 白、上段突き、一本ーっ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「(え! なっ、何をされたんや、今! 確かに、私が打って出たはず・・・・・・)」
絢子の顎先へ、目の醒めるような速さの突きが入った。たまらず絢子は、首をふるふると左右に振る。
「小紅、作戦を変えたね。左構えにして、前拳で一早くカウンターを取ったね!」
「あれなら、相手が動いた瞬間、すぐに前の手が届くもんね!」
「・・・・・・でも、小紅のあの動き・・・・・・」
一本を返し、あっという間に同点に追いついた小紅。
葉月はその動きを頭の中で振り返り、何かを思ったように考え込んでいる。
「続けて、始めッ!」
「せえぇあーーーーーーーぃっ!」
キィーンッ! キィー・・・・・・
ばしぃっ! だだぁんっ!
「(うわっ!)」
試合再開と同時に速攻を仕掛けた絢子だったが、突きが小紅の直前まで伸びたところで、突然からだが宙に舞った。そのまま絢子は、床に背中から落ちた。
・・・・・・ドガァーッ!
・・・・・・ばばっ!
「止め! 白、中段突き、一本ーっ!」
ざわざわざわざわざわざわ
ざわざわざわざわざわざわ
絢子が床に落ち、起き上がろうとしたところへ、小紅は強烈な突きを叩き落とした。倒れた相手への技となり、これで一気に2対4で逆転。絢子は目をぱちぱちさせ、信じられないと言った表情。
「はーちゃん! 今の技、見事だったね! すごーい! 足払いで転がした!」
「・・・・・・。」
驚いてわたわたとしているりんだが、葉月は押し黙ったまま、じっと小紅のことを見ている。穴が空くほどに、瞬きもせず、じっと見ている。
「はづき?」
亜弓が声をかけても、葉月はじっとして動かない。
「・・・・・・小紅の組手って・・・・・・」
「「 ? 」」
亜弓とりんは、お互いに顔を見合わせる。
「・・・・・・左右どっちの構えでもできて、攻めも守りもレベルがかなり高い・・・・・・」
葉月は、呟くような声で、二人に話す。
「・・・・・・そして、相手の出合いを取るカウンターまで、できるみたい・・・・・・」
「そ、そうだね。確かに・・・・・・」
「バランスの良い体型だから、そこそこのパワーもあるみたいだっぺ」
りんは、何度も頷く。亜弓も、メンホーを脇に抱えたまま、頷く。
「・・・・・・わたし、早く小紅と勝負したい! 同じようなタイプの選手なんだね!」
やや西側に傾いた陽射しが窓から少しだけ入り、葉月の目をきらりと輝かせた。
Gコートには、栃木県陣営と京都府陣営からの声援が降り注いでいる。




