69、女子団体形、はじまる!
「・・・・・・であるわけでして、頑張ってもらいたい。選手諸君の健闘を祈る! 以上!」
パチパチパチパチ パチパチパチパチ パチパチパチパチ
全国から集った中学生の空手家たちが、水都市立武道館へ一堂に会した開会式。
選手たちは各県ごとに紹介を受けながらの入場行進を終え、最後の来賓挨拶も終わった。
大会審判長である大阪府の猪渕銀司師範からは、二日間の競技ルールの説明と試合上の注意があり、いよいよ、開会式最後の次第に。
《―――・・・・・・続きまして、選手宣誓!》
「(き、きたーっ! いよいよだ! 試合より緊張するなぁ・・・・・・)」
「(がんばって、はーちゃん! 道場で練習したとおりにね?)」
「(噛んだりしたらかっこ悪いから、落ち着いてね? はづき、ファイトだっぺ!)」
道着の裾を直し、帯をきゅっと締め直す葉月。りんと亜弓は、葉月の腰元を軽く叩く。
ごくりと生唾を飲み込み、頬を軽く両手でぱんと叩いて、葉月は唇をぐっと一文字に閉じた。
《宣誓者、茨城県代表 大荒井中学校 鈴鹿葉月選手!》
「・・・・・・はいッ!」
司会者がマイクを使い、葉月の名前を読み上げた。館内の観衆はみな、一斉に葉月へ視線を集める。
葉月は、四方に轟く音量で、挙手をして返事をした。
堂々と、大会役員や来賓の前へ歩き出て、ゆっくりと一礼。
「宣誓っ! 我々、選手一同は、空手道精神にのっとり、日頃の鍛錬の成果を・・・・・・」
胸を張って葉月が宣誓を始めると、茨城県陣営からは、大量のフラッシュが光った。
大荒井商店街からの応援団や大荒井中学校の関係者が、みんなで大漁旗を振っている。
「・・・・・・正々堂々と、競技することを誓います!」
睦子と文弥は、観覧席でビデオカメラやインスタントカメラを葉月に向けている。
「・・・・・・平成九年! 八月二日! 選手代表! 大荒井中学校! 鈴鹿葉月ッ!」
わあああああああああっ! わあああああああああっ!
パチパチパチパチ! パチパチパチパチパチパチパチパチ!
会場全体から、歓声と拍手が夕立のように降り注ぎ、葉月はその中でぺこりと一礼し、満足そうな顔で列に戻っていった。
「(ふぅー・・・・・・っ! よかったぁ! ミスらずに終えられたよー)」
「(かっこよかったよ、はーちゃん! 見てよこれ! この盛り上がり!)」
「(まさに今、全国大会がはづきの宣誓で開幕した感じ! やったね、はづき!)」
りんと亜弓に迎えられ、葉月は両目をぐるりと周囲に向け、一周させた。
会場の熱気が上がり、まだ試合が開始されていないにも関わらず、盛り上がり始めた。
その中で、気持ちを盛り上げているのは、観衆だけではなかった。整列した選手たちの中で、闘志を燃やした目がいくつも、葉月へ向けられていた。
「(クスっ! オイシイ役だったとね、鈴鹿葉月! だけん、勝つのはウチたい!)」
あかねが遠くから、含み笑いをして目を光らせる。
「(ええ感じに気合い入れさせてもろうたわぁ! ありがとぉなぁ、鈴鹿葉月さん)」
絢子も髪をさらりと指で整えながら、笑顔で目を光らせる。
「(いい感じに仕上げてきているな、本当に。どれほどか、楽しみだな!)」
みかんは茨城県選手団の隣で、栃木県選手団の中から目を光らせる。
「(すごいなぁ。やっぱり、三年生は大人な感じ。わたしも学ばなくっちゃ)」
澪は、みかんの後ろで、葉月の宣誓を聞いて眼鏡をくいっと直す。
「(ひえー。すっごい気合い入ってる! 強いんだろうなぁ。堂々としてるしぃー)」
水穂は澪の後ろで、こそこそと動きながら、葉月の方をちらりと見つめている。
その他、様々な選手たちが、宣誓を終えた葉月の方へ目を向け、それぞれの心の中で感情を揺り動かしていた。
それは、あの、小紅も同様に。
「(やるじゃん葉月。いいね! ・・・・・・さぁ、始まるよ。早くあたしと戦おうよ!)」
小紅のぱっちりとした黒い瞳に、葉月の後ろ髪がかすかに映り込んでいる。
ふっと微笑んだ小紅は、腕組みをして静かにその後、目を瞑った。
ざわざわざわざわ がやがやがやがや
「かーっこよかったよぉーっ! すずっち、すっごいね! すてきーっ!」
観覧席で、戻ってきた葉月に思いっきり抱きつく和花子。
「あ、ありがとう和花子! く、苦しいよーっ!」
「立派だったよ、葉月! 文弥もしっかり、ビデオに収めたからね!」
「姉ちゃん、かっこよかったよ! このあと、どーすんの?」
「おかーさんも文弥も、ありがと! まだ団体組手まで時間あるし、ここにいるよ」
葉月は文弥の頭を撫で、席に腰かけた。
「・・・・・・葉月!」
座った葉月の後ろから、誰かが呼び掛け、こつんと頭をつついた。
「え? ・・・・・・あっ! 翔平!」
「悪いなぁ。俺が来た時、葉月たちはもう、開会式の準備に行っててさー」
「そうだったんだ! わたし、翔平の姿がないから、ちょっと残念だったよー」
「ははは。もう大丈夫だぜ。ここで俺も、カツオや豊らと応援するかんな!」
翔平は松葉杖を足元に置き、手すりに寄りかかりながら葉月と話している。
「ショウ君が来たら、はーちゃんの顔が変わったね」
「しょーへーのパワーだっぺ。りんも、顔が変わったけど?」
「私だって、ショウ君からパワーもらってるんだもーん」
「はいはい。ほどほどにね。・・・・・・でも、ほんとに、地元の応援団は心強かっぺ!」
亜弓は「栗めろんクリームソーダ」を飲みながら、観覧席にセットされたのぼり旗や大漁旗を眺めている。
がやがや ざわざわ
わあああああああああっ!
・・・・・・だぁんっ! ばばばっ!
しゅばばっ! ばしっ!
「「「 ええぇーいっ! 」」」
「判定っ!」
ピーッ! ピッ!
「主審、7.3! 一審、7.2! 二審、7.2! 三審、7.2・・・・・・」
・・・・・・ピッ!
「・・・・・・石川中学校の、ただいまの得点! 21.6!」
アリーナの各コートでは、団体形試合が行われている。
各学校三人の選手が、ぴたりと呼吸を合わせて行う団体形は、見た目も美しく迫力があり、シンクロ率が高いほど高得点にもなる種目。
「なぁ? 聞いてもいいか?」
翔平が、葉月たちに声をかけた。
「ん? なぁに?」
「この団体形・・・・・・だっけ? 点数って、どーなってんだ? 計算が合わなくない?」
「あー、そっか。あれね、審判が五人いても、全員の点数を足すわけじゃないんだ」
葉月は翔平に対し、コートを指差しながら説明する。
「五人いるうち、一番高い点数と一番低い点数を出した審判の点を、切るんだよ」
「ってことは仮に、7.3、 7.2、 7.2、 7.2、 7.1だと・・・・・・」
「うん。それだと、7.3と7.1を切って、残り三人の点数を足すの」
「合計、21.6・・・・・・ってわけか。なるほど! これは剣道にない種目だし、新鮮なー」
「そうだよね。剣道は、空手で言う組手試合だけだもんねー」
「俺、葉月たちの団体形ってやつも、見てみたかったな」
「あー・・・・・・団体形ねー」
りんが葉月の隣で、ぽそっと呟く。
「? なんだよ島村? 何か、あるのかー?」
「いやー・・・・・・」
りんは、ちらりと亜弓の方へ目を向ける。
「草笛がどうかしたんか?」
「あのね、ショウ君・・・・・・。実はさ、あゆがものすごく、形が苦手でねー」
「え! そ、そうなんだ・・・・・・」
葉月も苦笑いしながら、亜弓の方へ目を少しだけ向けた。
「私たちの道場、他に選手がいないからね、団体形は勝てないのよねー」
「うち、ほんと形の覚えが悪くてさ。りんやはづきには悪いなー・・・・・・と」
亜弓は照れたように頭を掻きながら、飲み物をまたすする。
「わたしとりんは、形もけっこうできるんだけど、亜弓はあまり数ができなくてさ」
「途中で間違ったり、忘れたり、けっこうあゆは、デンジャラスでー」
「団体形って、誰か一人でもミスると、まず勝てないからさー」
「予選の県大会でも、私たち、一回も団体形は勝てたことないんだよねー」
りんと葉月は、同時に変な溜め息をついた。
「あはは! ま、まあ、しゃーなかっぺ! その分、組手に集中できたんだし!」
亜弓は、照れ隠しをするように笑い、「ほら! あの学校見て!」と話をごまかすようにコートを指差した。
女子団体形は、AからHまでの八つあるコートのうち、A・B・C・Dの四つで行われている。点数制による方式で、決勝戦へ残る学校は各コート二校ずつ。
亜弓が指差した先には、Aコートであの藤川絢子率いる京都府の平安橘中学校、Cコートには鍋島あかねを筆頭とした熊本県の球磨原中学校、Dコートには早乙女小紅、稲葉水穂、篠原澪で組んだ栃木県の柏沼北中学校がそれぞれ入場していた。
「あの子たち・・・・・・団体形にも出てるんだね! どれどれ。どれほどの形か・・・・・・」
葉月はぐっと身を乗り出し、各コートを見つめる。
「「「 セーパァーイッ! 」」」
Aコートの平安橘中学校は、「十八歩」という形を選択。
「「「 サイファーッ! 」」」
Cコートの球磨原中学校は、「砕破」という形を選択。
「「「 バッサイ・・・・・・ダァーイッ! 」」」
そしてDコートの柏沼北中学校は、「抜塞大」という形を選択した。
・・・・・・シュバッ! バシイッ! ビシイッ! ズバシイッ!
「・・・・・・判定ーっ!」
各校、他の学校とは一線を画すレベルの形を演武し、高得点をマーク。葉月は目を輝かせ「やっぱりみんな、すごいなぁ!」と拍手をして団体形試合を眺めていた。