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潮騒の、すず  作者: 糸東 甚九郎
第2章 海辺の三人娘
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6、元気いっぱいの3人

   ざざあぁ・・・・・・  ざぁん・・・・・・

     ざざざざぁ・・・・・・  ざぱぁん・・・・・・


 防波堤に打ちつける白波が、テトラポッドに当たり、細かく砕けている。

 葉月たちは一学期の終業式を終え、亜弓やりんと帰りながら、漁港を歩いていた。


   ミャアウー  ミャアウー  ミャウウウー


「いよいよ夏休みかぁ。カモメやウミネコはいいよねぇー。宿題ないんだもんなー」

「はーちゃんは、ほんと、宿題嫌いだよね。私も嫌いだけどー」

「あーあ。夏休みも、宿題さえなければねー。わたしは、ゆーうつだよぉー」

「先に、どんどんやっちゃえばよかっぺよー、はづきも、りんもぉ!」

「どんどんやっちゃえーって言っても、わたし、亜弓やりんみたいに要領よくないし」


 葉月は、バッグをぶらりぶらりと振りながら、溜め息をつく。


「なーにいってんの。そう言って、いつもうちらの中で真っ先に終わるの、はづきなんだよねー。この三人で一番頭良いのも、はづきだっぺよー」

「でもさー。今年は受験生だからか、宿題も多いし、課題も多いしでさー。はぁー」

「でも、そのぶん、全国大会がんばろうよっ! ねっ! 三人でぜったいに、ベスト4以内を総なめにしちゃおうっ! 思い出に残る夏にしなきゃ!」


 りんが、くるんと回って制服のスカートを花開かせる。

 港には多くの漁船が停まっており、網を直したり、船の手入れをしたりしている漁師さんの姿も見える。


「おかえり! 三人とも、いま帰り?」

「あ! こんにちは、野島さん! 今日は終業式だったんでー」


 港にある事務所から葉月たちに声をかけたのは、漁協の事務員をしている野島(のじま)清子(さやこ)


「のじまさぁーん。聞いて下さいよぉー」

「どうしたのよ、りんちゃん。何かあった?」

「私ぃ、通信簿、美術が『3』だったんですよぉー。ぜったい『5』だと思ったのに」

「わたしは、『5』」

「うちも、『5』」

「あっはははは! どうしてぇ? りんちゃん、二人と同じ美術部なんでしょー?」

「そうですけどー。どうやらハナチャンには、私の美的センスが伝わってないんだな」


 ハナチャンとは、りんのクラスである三年二組の担任で、美術部顧問の花畑(はなはた)咲子(さきこ)先生のこと。まだ若いが、美術科とは思えないほど豪快で明るく、生徒想いで人気のある先生だ。


「だってー、りんの描いた鳥のポスターとか、謎の生物みたいになってたじゃんー」

「あれじゃ、だめだっぺよ! 美術室の前に貼ってあったの見たけど、笑ったよね」


 葉月と亜弓は、お腹を抱えて大笑い。「なんでよー」と、りんは不満そう。

 野島は窓枠に腕を置き、三人の顔を微笑みながら見つめている。


「そういえばさ、三人とも、今年は空手の全国大会に出るんだってね?」

「「「 はいっ! 」」」

「あっははは! 元気で、いいねぇー。みんなみたいな子、職場に欲しいくらいだわー」


 野島は、窓から三人にスポーツドリンクを差し出した。


「ほら、飲みなっ! 暑いでしょう? 水分取らなきゃ!」

「ありがとうございます! いただきまーす。あー、生き返るねーっ!」


 葉月は真っ先に、ごくりごくりとそれを飲む。


「がんばってね! 今年、うちの漁協でもその話題で持ちきりよ!」

「わぁ、緊張しちゃうな。はーちゃんもあゆも、プレッシャー感じない?」

「え? 別に?」

「うちはむしろ、そのほうが燃えっぺ!」

「なんでよぉー。私、期待されるとプレッシャーになっちゃうんだよぉー」

「あっははは! りんちゃんには、葉月ちゃんや亜弓ちゃんがいるから、大丈夫よ!」

「安心しなよ、りん! はづきやうちが、ついてっぺな! ははははーっ!」


 亜弓がりんの背中をばしばし叩き、豪快に笑う。


「緊張しないように、ぜったい、前日は神社にお参りしてから行こうっと!」

「そうそう。大荒井中は、剣道部も全国大会出場なんだって? 盛り上がってるね!」

「間もなく東京で開催されるみたいなんです。わたし、見に行きたいんですけどねー」


 葉月が、にこっと野島に笑顔を見せる。


「東京かー。ここからだと、ちょっと乗り継ぎが大変かなぁ・・・・・・」

「やっぱりそうですか。・・・・・・あー、でも、翔平の試合見てみたいなぁー」


 葉月は、真っ青に澄んだ空に湧き上がる入道雲を見つめ、残念そうな顔。


「行けるんであれば、行ってみたいよね! 私もショウ君の試合、見たいし!」

「うちも、見てみたいな。はづき、東京のどこだったっけ?」

「翔平が、足達区の綾畝って言ってたよ。場所はよく知らないんだー」

「はーちゃんも知らないとこか。のじまさぁん。綾畝ってとこ、知ってますかぁー?」

「綾畝? お三方、ちょーっとそこでお待ちあれ」


 野島が、事務室の書架をがさごそと探り、関東地方の地図を持ってきた。


「はい。ここが、大荒井町ね? で、駅からずっと行ってー・・・・・・」


 窓越しに、野島は葉月たちに地図を見せながら、路線を指で追って説明する。


「・・・・・・で、ここの水都で乗り換えて、(とり)()まで行って、また乗り換えてー・・・・・・」

「うひゃ! やっぱり、遠いなぁ。・・・・・・私、乗り換えとか間違えそうで無理―っ」

「でもさ、りん? これなら、行けなくはないと思わない? まぁ、遠いけど」

「・・・・・・そして、ここね! 足達区の綾畝駅は。まぁ、電車だと約三時間くらいかな」

「三時間・・・・・・。そりゃ疲れっぺなぁー。駅弁とか売ってんのかなぁ?」


 亜弓は、地図をに描かれたそれぞれの駅を、指でぐりぐりと押している。


「みんなの会場は?」

「わたしたちは、隣の水都でやるんです! 近いんで、ぜひ応援来てくださーい!」


 葉月はにこっと笑って、野島に向かってぱっと手を挙げた。


「そっか! 近くていいね。よーし、漁協や大荒井漁港のみんなで、応援行こうかな!」

「ぜひぜひ! わたしたち、全国一を狙って、がんばりますんで!」


 葉月、亜弓、りんの三人は、野島の手を握り、ぶんぶんと縦に振る。

 野島も、三人へガッツポーズをし、一緒になって笑顔ではしゃぐ。

 港内に停まった漁船が、波でゆらりと上下に細かく動く。

 係留用の太いロープの上では、カモメが三羽、羽繕いをしている。


   ~♪  ~♪  ~♪  ~♪


「あら? 昼休みになっちゃったわ。三人とも、これから家でお昼?」

「そうです! 今日は、お昼を食べたら、三人で遊びながら自主トレやるんです」

「はづきの提案なんですよー。まず走って、遊んで、また走って、遊んでー」

「夜は道場で、まためいっぱい稽古しまーすっ! 剣道部には負けられませーん」

「暑いから、倒れないように気をつけてね?」

「「「 はぁい! 」」」


   ・・・・・・ぶろろろろろぉ  ぶろろろろ  きいっ


 葉月たちの後ろに、一台の軽トラックが停まった。


「あら! (てっ)ちゃん!」

「よおっ! サヤちゃん! 賑やかなヒヨコらと、楽しそうだねっ!」

「パパ! なにしてんのー?」


 窓を開けて気さくに声をかけてきたのは、りんの父である島村(しまむら)哲史(てつふみ)。兄が経営する水産会社「島村水産」の専務で、島村大二郎師範の二男。でも、空手はやっておらず、和太鼓の先生として町では名が通っているハンサムパパだ。


「ちょっと、配送ついでに、こいつを公民館へ届けに行くとこでね・・・・・・」


 哲史は、ちょいちょいと荷台を指す。そこには、空っぽのコンテナと、立派な和太鼓セットが積まれている。


「来月の盆踊りに向けて、自治会の子供会から太鼓の指導を頼まれててさ?」

「哲史おじさんの太鼓姿、かっこいいもんね! わたしも小学生の時、教わったなぁ」

「葉月ちゃん、うまかったよな! またいつでも教えてあげるから、おいでよ!」

「はい! ありがとうございまーす!」

「あーあ。りんの父ちゃんはこんなにカッコいいのに、うちの父ちゃんはなー・・・・・・」

「何言ってんの。あゆのパパだって毎日船に乗って魚獲って、かっこいい漁師じゃん」

「だーけどさぁー。お酒ばっかり飲んで、うちは恥ずかしい限りだっぺよー」

「それが、あゆパパクオリティ、だねっ!」

「なーんだとー。このこのぉ!」


 亜弓はりんをぎゅうっと腕で締めあげ、じゃれつく。りんも笑いながら「ギブアップ」とわめいて、二人は港の中を駆けずり回っている。


「哲ちゃん。ちょうど今からお昼なの。少し、冷たいのでも飲んでったら?」

「そぉかぁ! 悪いなぁ。じゃ、ちょこっとだけ、寄っていこうかな?」


 哲史は車から降り、タオルで顔を拭いて、漁協の事務室に入っていった。


「野島さん、哲史おじさん。じゃ、わたしたちは帰りますねー」

「午後も暑いから、気をつけてね! いつでもまたおいでっ!」

「りんたちも、全国大会がもう近いんだ。無理はしないようになっ?」

「うん。ありがとね、パパ! 午後は三人で遊ぶんだ! じゃーねー」


 野島が、室内で哲史に麦茶を出し、葉月たちに笑顔で手を振る。哲史も、にこっと笑って手を振っている。


「帰りまーす。はづき、りん、むこうの倉庫までダッシュで競争すっぺ!」


 突然、亜弓が葉月とりんを出し抜いて走りだした。


「え! こらぁ、待ってよ、亜弓ぃ!」

「ん? え? ちょっとぉ! 競争ってズルくなーい? 私、出遅れてんだけど!」

 

 かあっと降り注ぐ太陽光。それが照り返す漁港の海面。

 小麦色に焼けた肌の三人は、無邪気にはしゃぎ、帰ってゆく。


「ほんと、元気ねぇー。大人側が元気もらえるよね、あの子たちにさ?」


 野島が、窓から半身を出し、駆けてゆく葉月たちの背中を見つめて笑う。


「そうだねー。いま、一番いい時かもね。りんも、あの二人といると、本当によく笑う」

「家ではどう? 哲ちゃんとも普通に話すんでしょ、りんちゃん」

「最近は、以前よりもちょっと、僕を避ける時もあるね。まぁ、お年頃だしさっ?」

「あららー。まっ、そんな時期もあるよね。でも、ほんと、かわいい子たちだよ!」


 野島は、麦茶を飲む哲史と世間話をしながら、昼休みを過ごしていった。

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