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潮騒の、すず  作者: 糸東 甚九郎
第7章 夏の空 空手少女と 波飛沫
42/128

42、野州から来た三人娘

「うひょー、最高! めっちゃおいしいーっ! これは、何ですか? 貝かな?」

「それはー・・・・・・ええと、何だっけな?」

「翔平。それは、マツバガイの醤油煮だ。説明してあげなさい」

「あ、そうか。マツバガイ、だそうです」

「へぇーっ! (ぱくっ) ・・・・・・うひー。美味しくて、私、泣きそう!」

「こっちの刺身も、すっごくおいしい! じーちゃんが選んだ宿、最高だね!」

「それは、今朝水揚げされた、マトウダイの刺身です。白身で、美味いでしょう?」

「はい! ・・・・・・って、じーちゃん。まったくもうー。お酒ばっか飲んでー」

「ふぁふぁふぁ! いかんべな! 大会は明後日じゃ。息抜きじゃ。息抜き!」

「さぁさぁ、早乙女さん。茨城の地酒『花芳光(かほうこう)』の純米大吟醸です。どうぞ」

「おお、すまんのう! ・・・・・・ほほぅ、こりゃあ良い酒だんべ!」


 団五郎は、瑠璃色の盃へ、日本酒をとぷりとぷりと注ぐ。


「ねぇ? このお味噌汁、すごく美味しい海藻が入っているよ」

「ほんとー? ・・・・・・わー。なんだろー、これ?」

「それはー・・・・・・たしか、アラメっていう海藻だよ。コンブの仲間。・・・・・・だよね?」

「ああ。正解だ。翔平も少しずつ、モノがわかってきたじゃないか」


   わいわいわい  きゃーきゃーきゃー  わいわいわい


 釣り船民宿 須々木ではその頃、柏沼北中の少女三人と監督の早乙女源五郎師範が、翔平や団五郎たちと一緒に食卓を囲んでいた。

 マトウダイ、イサキ、イシダイの地魚三点盛りに、アジの塩焼き、マツバガイの醤油煮、アラメの味噌汁、ショウジンガニのカニ味噌和えなど、磯の味が満載。団五郎作の自家製のカマボコが入った茶碗蒸しも、美味しそう。魚介類は、今朝一番で徹が獲ってきたものを、島村水産の哲史が仕入れ、団五郎が買い入れたという流れ。そこに、恭治がくれた自然薯のトロロや、野菜の炊き物もついて、ずらりと豪華な食卓だ。


「こんな美味しい料理の出る宿に泊まれて、全国大会万歳って感じですよ」


 栗色髪の少女が、茶碗蒸しを頬張りながら、団五郎と翔平に笑顔を見せる。


「ははは。それは嬉しいです。・・・・・・久々に、賑やかな食卓だ。なぁ、翔平?」

「そうだなー。今まで、泊まり客は釣り船客の年配者が多かったしなぁ」

「ふーん。ねぇねぇ。・・・・・・お兄さん、一人っ子? てか、いくつ? 名前は?」


 お下げ髪の少女が、味噌汁をすすりながら翔平にいくつも矢継ぎ早に問う。


「ああ、俺は一人っ子だよ。この町にある、大荒井中学校の三年。須々木翔平」

「へー。中三じゃ、私のいっこ上なんだー。私、中二ー。稲葉(いなば)(みず)()っていうのー」

「稲葉さんね。そのお下げ髪がトレードマークなんだね?」


 団五郎は、早乙女師範にお酒を注ぎながら、水穂に問い返した。


「そーなんですよー。この髪型、気に入ってるんでー」


 水穂は両肩にかかったお下げを指でつまみ、にこにこして答える。


「そちらのお二人のお名前は? やっぱり、二年生なの?」


 翔平が、アジの塩焼きを食べながら、水穂の横にいる少女二人に問いかける。

 すぐに、三つ編み眼鏡の少女が、ご飯茶碗を置いて答える。


「すみません、申し遅れて。柏沼北中二年の篠原(しのはら)(みお)です。よろしくお願いします」

「へぇ、やっぱり二年生なんだ。いやー、俺なんかより頭良さそうだなーっ!」

「いえいえ、そんな。大したことはありませんよー」


 澪は、翔平に対し、小さく手を横に振りながら、謙虚な態度を見せた。


「(もぐもぐ)ちょっと(もぐもぐもぐ)まってね?(もぐもぐむぐむぐ)」

「もーっ。頬張りすぎだってー。料理は逃げないんですからねーっ?」

「最近、食欲もすごいですよね? よく寝るし、食べるし、パワフルですよね」


 水穂と澪は、栗色髪の少女へ視線を向け、笑っている。その少女は、茶碗蒸しをまた頬張っては、ごくんとすぐに飲み込む。


「あー、美味しい茶碗蒸しだねっ! じーちゃんが作るのより、美味しいかも!」

「こりゃ! わしのなんかより、美味くて当たり前だべ。プロが作ってんだぞい」

「翔平君って言ったね? ごめんごめん、自己紹介遅れて・・・・・・」


 少女は、口元をハンカチでさっと拭い、お茶をすすった。


「あたし、柏沼北中三年の早乙女(さおとめ)小紅(こべに)。明後日までお世話になるけど、よろしくね!」

「よろしくお願いします。・・・・・・水穂さんに、澪さんに、小紅さんね」

「小紅センパイは、三年生って言っても、私やミオと四ヶ月しか年齢違わないのー」

「わたしと水穂は六月生まれでして、ついこの間、十四歳になったばかりなんです」

「あたしは二月生まれだから、三年だけどまだ十四なの。やんなっちゃうよねー」

「三年じゃ、俺と同級だね。みんな、空手やってるようには見えないなー」

「こっちの大将にさっき聞いたけど、翔平クンは、剣道で中学日本一なんでしょっ!」


 水穂が、目を輝かせて翔平を見つめる。澪も、眼鏡をくいっと指で上げ、じっと翔平を見つめている。しかし小紅は、翔平のことより、マトウダイの刺身を頬張ることに夢中。


「ま、まぁ、一応。この足も、先日の全国大会でやっちまってさぁ・・・・・・」

「剣道も、動き出すとなかなか激しい武道ですものね。ケガは、仕方ないですね」

「あたしは、多少ケガしても、相手の力をさらに上回って勝ってやるって気になるね」

「小紅センパイは、ものすごい試合するんだよー。常に、レベルが上がっていくの!」


 水穂の言葉を聞き、翔平は小紅の方へ視線を向ける。


「・・・・・・小紅さんはさ、さっきから思ってたけど、なんか見たことある目をしてるな」


 翔平は、黒い瞳をキラッと輝かせている小紅の目を見て、首を傾げる。


「何それ? 面白いこと言うんだね。あたし、翔平君には会ったことないけど?」

「いや・・・・・・。俺のよく知る目と同じような感じの輝きと、鋭さでー・・・・・・」

「「「 ??? 」」」


 箸を置いて考え込む翔平を前に、小紅たちも一緒に首を傾げている。


   ・・・・・・ささささぁぁー・・・・・・っ・・・・・・

   リロリロリロリー・・・・・・  リロリロリロリロー・・・・・・


 窓の外から、微かな波の音や虫の音が入ってくる。


「・・・・・・そうだ! 葉月だ!」


 翔平は、ぽんっと掌の上に拳を落とした。


「・・・・・・はづき?」


 小紅は、箸でイサキの刺身をつまむと同時に、翔平と視線を合わせる。


「俺の中学からも、みなさんが出る全国大会に出場する女子が三人いるんだけどさ」

「へー」

「なるほど」

「茨城代表の大荒井中学校、ってことだよね?」

「そう。その中に、茨城一の空手少女がいるんだ! それが、鈴鹿葉月さ!」


 翔平は、小紅、水穂、澪の顔を次々と見ながら、自慢気に葉月の名を口にした。


「ふぅん。・・・・・・鈴鹿・・・・・・葉月・・・・・・」


 小紅は、箸をことんと置いて、じっと翔平の顔を見る。


「ねぇねぇ。翔平クン! 大荒井中の三人って、強いのー?」

「どんな選手か、教えて下さい!」


 水穂と澪が、翔平にぐっと顔を寄せる。


「・・・・・・ああ、強いよ! 鈴鹿葉月、島村りん、草笛亜弓の三年生トリオで・・・・・・」


   ・・・・・・ぐいっ


「うわっ」

「わっ」


 翔平が話を続けようとした時、小紅は水穂と澪の腕をぐいっと引っ張り、席に座らせた。


「いいよ、別に聞かなくても。・・・・・・全員、三年か・・・・・・」

「えー。小紅センパーイ・・・・・・。せっかく情報聞けると思ったのにーぃ」

「そうですよー。少しでも相手の情報があったほうが、分析も・・・・・・」


 ぶうぶう文句を言う水穂と、冷静に小紅へ説明しようとする澪。しかし、小紅は無言で首を横に振る。


「翔平君。話はそこまで! あたし、その三人と当たれるなら、情報はない方がいい」

「え? そ、そうか。まぁ俺も、葉月は『強いからな!』としか言えないけど・・・・・・」


 翔平はきょとんとして、小紅の目をじっと見る。その黒い瞳に奥には、ぎらりと光る闘志と、「絶対に負けないからね」と言わんばかりの、固く強い意志と絶対的な自信を、しっかりと感じ取っていた。


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