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潮騒の、すず  作者: 糸東 甚九郎
第5章 精悍な少年剣士、須々木翔平!
21/128

21、男子3人、いざ出陣!

   パチパチパチパチパチパチパチパチ!  パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 選手を讃える拍手が五月雨のように降り注ぐ、大武道場。

 葉月たちは観覧席に戻り、団五郎と香夏子たちが座る前に陣取っていた。


「いよいよ、翔平たちの試合だね。葉月ちゃんたち、応援よろしく頼むよ」

「はい! 大丈夫です、団五郎おじさん! 翔平は、負けませんから!」

「ショウ君なら、ちゃっちゃと決めちゃいますって。愛知県なんかに、負けないぞっ」

「お! はづき。りん。入場してきたよ! いい目だっぺ! 気合い乗ってるねっ!」

「三人とも、よーく見ててよ? 特に翔チャンの試合は、すごいからね!」

「すごい? ねぇ、かな・・・・・・どーゆーこと? ショウ君、そんなすごいの?」

「すごいよっ! じゃ、翔チャンたちの試合解説は、まかせてちょうだい?」


 香夏子が得意気な顔で、解説役を買って出た。葉月たちは、入場してきた翔平、勝男、豊の三人を真剣な目で見つめる。


「(翔平の試合、か・・・・・・。ドキドキするなぁ)」

 葉月は、瞬きも忘れるほどに、じっと目を見開き、翔平から視線を離さずにいた。


 《赤 愛知県代表 (ろく)(ごう)中学校!》

 《白 茨城県代表 大荒井中学校!》


 係員が立ち上がり、学校名を確認する。

 両手に紅白の旗をそれぞれ持った主審一名、副審二名が、コート中央に向かって正三角形に位置取り、直立不動の姿勢で待つ。

 コート脇のボードには、先鋒、中堅、大将のオーダー表が貼り出されていた。


■麓郷中学校(愛知)  対  大荒井中学校(茨城)


 先鋒   宮坂 進吾  ―  大木 勝男

 中堅   戸倉 太一  ―  平崎  豊

 大将   深原 隆太  ―  須々木 翔平


「いいか、みんな。まずは先鋒戦が大事だぞ。しっかりな!」


 監督の若田先生が、勝男の肩をぱしっと叩き、気合いを注入する。


「まかせてくださいよっ、先生! いってきやす!」


 勝男は面紐をぎゅっと締め、籠手をぐっときつく結び、竹刀を携えてコートへ入っていった。勝男の後ろ姿を、きりりと精悍な目つきで翔平と豊が見送る。


   すた  すた  すた  すらりっ・・・・・・   ぐっ・・・・・・


 左手に竹刀を携え、開始線でそれをすらりと抜いて切っ先を相手に向けた勝男。

 ゆっくりと腰を落として蹲踞(そんきょ)の姿勢を取る勝男からは、いつものおちゃらけた雰囲気は

微塵も感じられない。


「おーっ。かつお、何かいい雰囲気を出してるね! いつもと違うね! へぇー」


 亜弓はその雰囲気を察知し、感心している。


「りん。わたしたちが組手の試合で開始線に立つ時より、緊張感が伝わってくるね」

「そうだね、はーちゃんっ! これが、剣道の雰囲気なんだねー」

「『しゃーっ』とか『さぁーっ』とか、入る時に言わないんだね。静かだよね」

「私だったら、コートに入る時、『よっしゃーぁっ!』っていつも入るもんねー?」


 葉月とりんは、腕組みをしながら、コートを見つめて語り合っている。


「ちょっと。ねぇねぇ、二人とも。空手の試合って、剣道とそんなに雰囲気違うの?」


 後ろから、香夏子がやや驚き気味に声をかける。


「うん。何て言うか、剣道の会場はすっごく行儀良い感じ? 空手はもっと激しいね」

「来週、かなたちも私らの全国大会見に来てよー。違いがわかるからさっ」

「へ、へぇー・・・・・・。そうなんだぁー・・・・・・」

「あ! はづきもりんも、ほら! かつおの試合、始まるよ!」


 亜弓がコートを指差して、目を輝かせる。


「三人とも、よーく見てて? 勝チャンの試合は、とにかく『動く』から!」

「動く?」

「そっ!」

「ふーん。じゃあ、よく見てみなきゃ。りんも亜弓も、目を離さずにね!」


 香夏子は膝の上に片肘をつき、余裕の表情で葉月へ解説をする。

 じっと切っ先を相手に向けた勝男は、面の奥で、にやっと笑っていた。


   ざわざわざわざわ・・・・・・  がやがやがや・・・・・・


「始めッ!」


 主審の声が響き、試合開始の宣告がされた。


「おおおおおおーーーーーっ!」


 相手は大きな声を出し、蹲踞の姿勢から一気に腰を上げ、構えた。


「とぉええええーーーーーーーい!」


 勝男も同様に、気合いを発してすっと立ち上がると、竹刀の切っ先を相手の喉元に向けて構える。


   スススッ  スススッ  スススッ  スススッ  スススッ


 勝男は軽快な足捌きで、相手を中心に据えるようにして、円を描くように右へ回る。


「ねぇ、香夏子。剣道って、右手右足が必ず前なの? 相手もそうみたいだけど」

「空手だと左利きの人に多い『左構え(サウスポー)』だよね。かっちゃん、右利きなのにね?」


 葉月とりんは、剣道の構えにまず興味津々な様子。


「やっぱり、ただの女子じゃないよね。そういうとこに目が行くんだ?」

「「 うん 」」

「剣道は、構えが一応決まってるの。左足前の『左上段構え』ってのもあるけどね」

「その構えをする人は、いないの?」


 人差し指を立てて説明する香夏子に対し、葉月は後ろに振り向いて再び問う。


「上段構えが使えるのは、高校生からなのー。中学剣道は、けっこう制限が多いの」

「そうなんだ。構えまで決まりがあるのかー」

「チャンバラ映画みたいな構えとかじゃ、怒られそうだねー」


 りんは、忍者のようなポーズをとって、笑っている。


「一応、『五行(ごぎょう)の構え』といって、剣道の(かた)では五種類の構え方があるんだけどさ?」


 香夏子は、両掌をぐっと宙で握り、様々な構えの形を葉月たちに見せる。そこへ、亜弓も興味津々な感じで寄ってきた。


「これが基本的な『中段構え』。正眼(せいがん)とか、水の構えとも言うけどね」

「「「 ほほぉー 」」」


 香夏子はさらに、頭上に手を振り上げるような構えを見せる。


「これが、『上段構え』。真上から一気に斬り下ろすの。火の構え、とも言うね」

「はーちゃん。空手もこうやって、いろんな構えがあればいいのにね」

「無くはないけど、試合じゃ普通にわたしたち、同じような構えだよね」

「剣道は、すごいね。試合なんだけど、なんか、形の稽古みたいだっぺ!」


 次に香夏子は、まるでゴルフの球を打つかのような低さに掌を下げ、構えた。


「これが『下段構え』。別名、土の構え。この構えは、大人も試合ではあまり使わないね」

「はづき。来週の大会で、うち、この下段構えを応用してみようかな?」

「やめなよー。ノーガードに近いじゃん。亜弓のチャレンジ精神はすごいと思うけど」


 すると今度は、香夏子が野球のバッターになったかのような構えに変化した。


「ええ? かな、何それ! 野球?」

「ちがうよー。これは『(はっ)(そう)構え』っていうの。静かに構える、木の構えとも言うのよ」

「そんな構えもあるんだ? ほんと、剛速球が打てそうな姿勢だね!」

「かなこだったら、野球ボールも真っ二つにぶった切れそうだよねぇー」


 最後に香夏子は、両掌を右脇に隠すようにし、独特の姿勢を見せた。


「あ! なんかそれ、漫画みたい! ナントカ抜刀術ーっ、みたいな!」

「ほんとだね。香夏子、それ、りんが言ったように、そういうための構え?」

「まさに秘剣って感じだっぺ! かーっこいいーっ!」

「これは金の構えとも言う、『(わき)構え』。本来は、刀の長さを隠す意味があったみたい」


 五つの構えを見せた香夏子は、再び試合を見つめる。

 葉月たちが香夏子に構えの説明を聞いている間、その横では団五郎が真剣に試合を観戦していた。


「勝男くん、すごいぞ。ほら、みんなが話している間に、既に一本取ったよ」

「「「 えっ! 」」」


 団五郎に促され、コートに注目し直す葉月たち。

 コート内では三人の審判が白旗を天高く掲げており、勝男と相手は開始線に戻っていた。


「白、面あり!」


   パチパチパチパチ!  パチパチパチパチ!


 翔平と豊、そして若田先生は、勝男を讃えて拍手をしている。

 りんは、目を何度もぱちくりさせて、香夏子の方を向く。


「うっそ! かっちゃん、もう取ったの! え? かな、どうなると決まるの?」

「竹刀の切っ先から二〇センチ程のとこまでを『物打(ものう)ち』っていうんだけど・・・・・・」

「ものうち、ね」

「その物打ちで、正しい姿勢・充実した気合い・(ざん)(しん)の三つを揃えて、斬るようなの」

「残心、かぁ・・・・・・。なんか、一本になる技の規定、空手の試合と同じ感じだね?」


 葉月は、勝男の試合を見つめながら、りんと香夏子の会話の間でぽそっと呟いた。


「残心? いったい、どういうことなんだい。すまんな、武道は素人なもので」


 団五郎が渋い声で、香夏子と葉月に問いかける。


「団五郎おじさん。残心ってのはね、武道の世界では共通用語のようなもので・・・・・・」

「倒した相手や、自分が放った技の後に対してですね・・・・・・」

「やりっ放しではなく、意識を切らさず、油断をせずに・・・・・・」

「相手がまだかかってくるかもとか、技が甘かったりしなかったかとか・・・・・・」

「その気構えを解かない。まさに文字通り『心を残す』ってことなんですよー」

「心の他に姿勢を崩さずに置く、『残身』って書き方もありますけどね?」


 葉月と香夏子が交互に口を開き、団五郎へ「ざんしん」の説明をした。

 りんと亜弓は、「そうだねー」と言って、小さく拍手をしている。


「なるほどね。残心、か。・・・・・・剣道や空手だけでなく、普段の生活にも大事なことだ」


 団五郎はふっと笑って、二人の説明に対し、何度もその場で頷いている。


   パパチィーーーーンッ!  ダアアァーーーンッ!  バババッ!


 乾いた音が響き、再び白旗が一斉に三本揚がった。


「白、面あり! 勝負あり」


   パチパチパチパチ!  パチパチパチパチ!


 竹刀を左腰に納め、後ろに下がって一礼する勝男。続いてスタンバイする、中堅の豊。

 大荒井中学校はまず、全国大会の先鋒戦を苦戦することなく、勝利したのだった。

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