20、葉月は武道が大好きか
とことこ とことこ
たたたっ たたたっ
どかどかどかどか
「かなり広いね! 他の武道も、今日は何かやってるんだねー」
きょろきょろと見渡しながら館内を歩く葉月。
江戸北武道館内には、大武道場の他に、板の間の第一武道場、畳敷きの第二武道場、障子張りの錬成場、屋外の弓道場がある。
「見て、はづき。弓道場だって。窓から見えるよ。弓って、かっけーなぁ!」
「あっちの第一武道場ってとこは、なぎなたの試合もやってるみたいよー?」
亜弓とりんは、別な武道のかっこよさに見とれて、葉月の後方で足を止めていた。
「弓道部は、わたしたちの学校にはないもんね。大荒井高校にはあるみたいだけどさ」
葉月も、亜弓たちのところへ戻り、窓から弓道場を眺めている。
弓道場には袴姿の男性が数人立ち、静かに弓を引き絞っているところだった。
・・・・・・ギチンッ ギイリリリィー・・・・・・ ギィィー・・・・・・
男性が和弓を高く掲げ、その弦をゆっくりと引き絞ってゆく。
「わぁー。なんか、本当にかっこいいね! わたしたちとは違うタイプの武道だね!」
葉月は、そのフォームの美しさに、見とれている。
・・・・・・ギチリッ・・・・・・ ・・・・・・ギュウッ・・・・・・
・・・・・・シュカァァンッ!
キイィーーーーーーーンッ! ドッパァァンッ!
「「「「「 お見事! 」」」」」
男性が放った矢は、見事、的の中心である「図星」を射貫いた。後ろで控えている人たちから、自然とその射技を讃える声が響く。
矢を放った男性は、ゆっくりと弓を降ろし、一礼。静かに後ろへ下がっていった。
「・・・・・・まだまだなり。もっと精進が必要なりよ・・・・・・。まだ自分、未熟なり・・・・・・」
ぼそっと呟き、男性は弓道場の奥へと消えていった。
・・・・・・カァァンッ! キィーーーーンッ! パーンッ!
・・・・・・カァァンッ! キィーーーーンッ! タターンッ!
・・・・・・カァァンッ! キィーーーーンッ! パァーンッ!
他の男性たちも、次々と矢を放ち、命中させていく。
葉月たちは、別な武道の稽古風景を見つめ、目を輝かせている。
「へーえっ! かっこいいんだね、弓道も!」
「はーちゃん、あの矢がもし飛んできたら、どーするぅ?」
「え? ・・・・・・こーやって、バシって叩き落とすか、蹴り飛ばす!」
「無理だっぺ! 速いもん! あんなの、避けられたら超人だっぺね!」
「じゃ、わたし、超人目指そうかなーっ! あはははは!」
「はーちゃん! だったら、今の人に、『わたしを射貫いてー』とか言ってきなよー」
「何それーっ! りん! さっきの人が、人間に向かって射るわけないじゃんーっ」
「まるで狩りをする原始人みたいだっぺよ。はづきは、別な人に射貫いてもらえー?」
「やめてよー、亜弓! いきなり何言ってんのよー」
「えー、なにそれぇ? はーちゃん、だーれに射貫いてもらうのかなぁーっ?」
「ちょっとぉ。りんまで、やめなさいってのー」
りんや亜弓とふざけ合う葉月。ドタバタとロビーの中を走り回っている。
そこへ、黒い袴をふわっと翻し、誰かが近づいてくる。
ひたっ・・・・・・ ひたっ・・・・・・ ひたっ・・・・・・
「やっぱり。・・・・・・葉月っ!」
「えっ!? ・・・・・・あーっ! 翔平っ!」
「きゃー。ショウ君! おっつかれさまーっ!」
「いや、まだ試合やってないから、疲れてはいないんだけど・・・・・・」
葉月たちのところへ近づいてきたのは、翔平、勝男、豊の三人だった。
剣道着の上に着けた「垂れ」には、三人とも「大荒井中」と刺繍がされている。
「誰かと思ったら、うちの生徒だもんなー。草笛が横にでっけぇから、目立つぜー」
「・・・・・・かつお。また、捻り倒してやろうか?」
亜弓は、拳をごきんごきんと鳴らし、目をぎらっと輝かせ勝男を睨む。
「じょ、冗談だってばよ! みんな、来てくれたのかー。はははははー」
「三人とも、いつ来たんだ?」
手ぬぐいを頭に巻いた豊が、りんと葉月に問いかける。
「始発に乗って来たんだよ。朝イチで、出てきたの!」
「翔平たちの応援、めいっぱいするから! 来週、わたしたちの試合も見に来てね!」
「おう、もちろん! まずは俺たちが先に、全国一にならないとな!」
「ショウ! こりゃー、力が湧くな!」
「空手三人娘の応援を受けりゃ、剣道部も気合いが倍掛けだな、翔平!」
勝男と豊は、翔平が装着している胴をぽんっと叩いて、ふっと笑う。
「絶対に、勝つぜ! 今年の中学剣道日本一は、大荒井中が獲るんだ!」
「「 おおおぉーっ! 」」
吼える翔平。勝男と豊も、ガッツポーズをして、その場で拳を高く突き上げた。
「うわーっ! いいじゃん! のってるねぇーっ、ショウ君たち!」
「これなら、きっと大丈夫! こうなった翔平は、すごく強いだろうから!」
「種目は違えど、大荒井中の仲間だっぺ! 頑張れ、剣道部!」
気合いを高める翔平たちの横で、葉月たちもきりっとした目に切り替えていた。
「それで、二回戦からなんだよね? 相手はどんな感じ?」
「おそらく、岐阜の学校が来るな。でも、総合的に俺たちのが上だな」
「そっか。それなら安心。でも、油断はしないでよね?」
「もちろん。さすが葉月だな。いい感じに、気を引き締めてくれるぜ!」
「空手もね、同じだからさ。勝てるはずの相手に苦戦とか、あることだし」
「そうだな。どの相手でも決勝戦だと思って、戦ってくるよ! ありがとな!」
「えへっ! まっ、わたしは翔平の強さを信じてるしーっ! ねっ?」
「あー。はーちゃんばっかり、ずるい! 私も、ショウ君のこと信じてるーっ!」
「なんだよぉー。島村も鈴鹿もショウばっかりー。俺も団体メンバーなんだぜ?」
「じゃあ、かつおはうちが、目一杯かわいがってやっぺ! それでよかっぺ?」
「うわーっ! や、やめろ草笛! お前はお呼びじゃねーっ! 来んなーっ!」
「「「「「 あはははははははは! 」」」」」
リラックスした雰囲気の葉月たち。翔平たちの試合はついに、眼前に迫ってきた。




