17、海辺の三人娘、東京へ
ミャウゥー・・・・・・ ミャアゥー・・・・・・ ミウゥー・・・・・・
「おかーさぁん! じゃあ、行ってくるね!」
日の出から間もない時刻。
葉月は支度を整えて朝食も済ませ、靴を履いて家を出るところだ。
「行ってらっしゃい。気をつけてね。テレホンカード、持った?」
「持ったよー。向こうの会場に着いたら、電話するね」
「十時くらいまでなら、家にいるね。それからは、打ち合わせが入ってるから」
「わかったー。」
たたたたっ・・・・・・ とたとたとた・・・・・・
「はーちゃん! おはよ! さぁ、行こう!」
「はづきー、すっごくオシャレしてるね! やっぱ、東京行くのは、気合いが違うね」
「亜弓、まさかその格好で行くのぉ! えぇ? ・・・・・・いいの?」
「ねー? 私も言ったんだよ? いくらなんでも、東京行くのに、これは・・・・・・ね」
りんと亜弓が私服姿で葉月の家の前へ来た。
麦わら帽子をかぶり、ミュールを履いた白いワンピース姿のりん。それに比べて亜弓は、庭履きサンダルに半切れジーンズのハーフパンツ、そして「拳魂」と書かれた黒Tシャツ一枚。
「あ、亜弓。その服装さぁ・・・・・・。まぁ、いいか。亜弓だし・・・・・・」
「え? はづき。うち、やっぱり変かな? まぁ、よかっぺ! 日帰りだし!」
「・・・・・・まぁ、亜弓がそれでいいなら、いいんじゃないかな」
「私、東京着いたら、あゆとちょこっと離れて歩こうかなぁー」
頭を抱えて呆れる、葉月とりん。亜弓は「気にしなきゃよかっぺ」と豪快に笑っている。
「ほれっ! 時間は大丈夫なの? 乗り遅れちゃうよ?」
「あ! もうこんな時間になってる! りん、亜弓、急ごう!」
「駅までダッシュだーっ! はづき! りん! 勝負すっぺ!」
「私、ワンピースだよぉ? 走れるわけないじゃーんっ」
「あ! 葉月。待って! ・・・・・・これ、持っていきなよ。三人で食べるといいよー」
睦子は、駆け出そうとした葉月へ小さな紙袋を手渡した。その中には、磯の香りが芳しく立ち上る、海苔巻きが三人分入っている。
「これ、おかーさん特製の海苔巻きだぁ! やったぁ!」
「はーちゃんママの海苔巻き、美味しいもんねぇーっ! ありがとうございまーす!」
「いい香り! 駅に着いたらみんなで食べっぺよ!」
「なんでよー? 亜弓、これはたぶん、東京でお昼にしなって意味だよ。ねぇ?」
葉月は笑いながら、亜弓から睦子へ視線を動かしていった。
「あははは。まぁ、いつ食べてもいいけどさー。一応、お昼用に作ったつもりかな?」
「ほらー。聞いた? 亜弓、今食べちゃダメだよー」
「美味しい香りが食欲をそそってさぁ! 朝飯、丼ご飯を二杯食べたんだけどなー」
「「 食べ過ぎじゃんかーっ! 」」
亜弓の朝ごはん事情の話で笑う、葉月とりん。
「さーて。もう駅へ行きなー。めいっぱい、剣道部を応援してくるといいよ」
「ありがと、おかーさん! 翔平たちを現地で気合い注入してあげなきゃね!」
「そうよー。葉月たちの元気な笑顔は、みんなを元気にするんだからさ!」
「えへへ! じゃ、元気娘三人隊、出動ーっ!」
葉月たちは、睦子に手を振りながら、駅に向かって走っていった。
「ほんっと、屈託の無い笑顔で、無邪気ねー。さーて、文弥を起こすとするかー」
睦子は、葉月たちが商店街の角を曲がって見えなくなるまで、手を振っていた。
その後、釣り具とエサの在庫を確認しながら、鼻歌を歌って店の中へ戻っていった。
ガッタンゴトトト・・・・・・ ガタゴトト・・・・・・ ガタゴトンガタゴトン
プアーーーーーンッ!
朝日と潮風を浴び、白を基調とした車体に水色の曲線と泡をモチーフにした絵柄が特徴の列車が走る。しおさい臨海鉄道を代表するディーゼル列車だ。
「さすがに始発は、SLじゃないんだねー」
りんが、四人掛け向かい合わせのボックス席で、窓から水平線を眺めながら呟く。
「あれは、昼間だけだもんね。でも、わたしはこの車輌が一番好きだけどなー」
「うちもー。しおさい臨海鉄道って言ったら、この色、この柄、この車輌だっぺよ」
「そーだけどさー。私、まだ、SL乗ったことないんだもーん」
「じゃあ、帰りはSLにしちゃう?」
葉月は、紙パックの飲み物をストローで吸いながら、りんへさらっと言葉を返す。
「い、いいね! あー、でもー、夜ってSL走ってなくない?」
「そんときはまた、この車輌でよかっぺよー。行き来できれば、問題なかっぺ!」
亜弓は、どこかに隠し持っていたドーナツを食べながら、笑っている。
「この夏休み、一回くらいは乗ってみようかなー。はーちゃんもあゆも、乗ろう?」
「うーん。乗ってもいいけど、十キロちょっとだしなー・・・・・・。普通に走れちゃうな」
「はーちゃんは走れるからそう思うだけで、あゆは絶対無理だよねー?」
「(もぐもぐ)・・・・・・りん? (ごくん)それ、うちのことを変な先入観で見てっぺ?」
「えー? そんなことないよぉ。だって、あゆ、十キロ走れって言われたら、走る?」
「いや、汽車に乗るね!」
「でしょう! ね? 一回乗ってみようよ!」
「亜弓、返事早すぎだよ! そこは『鍛えるから走る』って言って欲しかったなー」
列車の中には、葉月たち三人しか乗っていない。
他愛もない雑談や、剣道についての話、そして自分たちの全国大会の話などをしながら、あっという間にどんどん列車は進んでいった。
窓の外では、水平線がダイヤモンドのようにきらり、きらりと輝いている。
亜弓が列車の窓を開けると、周囲の木々から飛び散った朝露と、海から吹いてくる潮の香りが一気に車内に注がれた。
「きゃー。亜弓、つめたーいっ! でも、風が気持ちいいねーっ!」
葉月たちは朝露と潮風を浴び、窓の外に拡がる青い海と蒼い空をずっと見つめている。
もくもくと沸き立っている入道雲に向かって、カモメたちが一斉に舞い上がっていった。




