16、ふたりの間の、すずの音
シュッポポ シュッポポ シュッポポポ・・・・・・
ガタコン ガタコン ガタコン ガタコン ポオオォーーー
リズムの良い圧力鍋のような音を発し、汽車はどんどん進んでゆく。
・・・・・・チリィン ・・・・・・リィン
翔平は、窓から射し込む陽の光に、鈴を照らし当てながら眺めていた。
―――。
「ありがと! ・・・・・・あ、そうそう。わたしさ、昨晩、翔平にね、これ作ったんだ」
「え? これって・・・・・・貝殻?」
「振ってみて」
「お、おう。・・・・・・どれどれ」
・・・・・・チリィン ・・・・・・チリィィーン
「おっ! いい音! 中に鈴が入ってる!」
「和む音でしょう? わたしが浜辺で拾ってきた貝殻に、つけてみたの」
「へぇー。葉月、けっこう器用なんだなー」
「一応、美術部だからね。工作もそこそこ、できるんだよっ?」
「色も、爽やかだな。・・・・・・これ、俺だけに?」
「そっ! 東京で、お守り代わりにしてみてよ。この音はね、大荒井町の音だよ」
「そうか。そうだなー。・・・・・・海の音がする。元気が出るし、心が落ち着くなー」
「わたし、それを『潮騒の鈴』って名付けたの。翔平の力になりますようにって!」
「潮騒の鈴か。センスいいじゃん! ・・・・・・ありがとな、葉月!」
「何かあったら、鳴らしてみて。東京にいる時も、この町からパワーが届くよ!」
「みんなに自慢したいな、これ! 俺だけの一点物だしな!」
「だめだよ! 内緒にしててよーっ!」
「内緒なのか? まぁ、葉月がそう言うなら・・・・・・」
―――。
「(葉月・・・・・・。いい音色だな、この鈴。大切にするよ。葉月の、手作りだもんな)」
シュッポポ シュッポポ シュッポポポ・・・・・・
ガタコン ガタコン ガタコン ガタコン ガタコン・・・・・・
「ショウ。それ、何だ?」
「全国制覇のための、お守り・・・・・・ってやつかな。どうだカツオ、いい音だろ?」
「へぇ! 見せてくれよ。その鈴持ってりゃ、全国一になれんのかー」
「だーめだよ。これは、俺の! カツオは、キーホルダーがあるだろー?」
鈴の音が響く車内。汽車は、翔平たちを乗せ、汽笛を鳴らして進んでゆく。
その音に混ざる潮騒の鈴の音は、風に乗ってどこまでも響いていくようであった。
「・・・・・・翔平、今頃何してるかなー。東京の、どんな宿にいるのかなー・・・・・・」
その頃、葉月は家でちゃぶ台に肘をつき、物想いにふけっていた。隣では、文弥が漫画を読みながら寝転がっている。
「葉月。洗い物手伝ってー。文弥は先にお風呂入っちゃってー」
睦子が台所から葉月を呼んだ。
「あいよー。・・・・・・どれから洗えばいい?」
「こっちの丼から洗って。・・・・・・夕飯のイサキのヅケ丼、どう? 美味しかった?」
「美味しかったぁ! イナダとかビンチョウとは、また違ったうまさだった!」
「文弥なんか、一心不乱に夢中で食べてたもんね。・・・・・・文弥ぁ! お風呂!」
「あい。わかったー。入ってくるよー」
洗い物をしながら雑談で盛り上がる睦子と葉月。文弥は漫画を閉じ、しぶしぶ風呂場へ向かった。
わしゃわしゃわしゃ ごしごし わしゃわしゃ ざざぁー・・・・・・
「おかーさん。それでね、明日なんだけどさー・・・・・・」
丸皿で顔を半分隠し、葉月はちらりと睦子の顔色を窺う。
「・・・・・・わかってる。・・・・・・行きたいんでしょ、東京!」
「え! う、うん!」
「何時ので行くの?」
「えっと、始発だから・・・・・・。五時五十五分、かな」
「りんちゃんや、亜弓ちゃんも?」
「うん。三人で」
「日帰りだかんね? ちゃんと、向こう着いたら電話しなさいよー?」
「あい。わかったよー。やったぁ! 反対しないんだね?」
「だめって言ったって葉月は行くでしょ。気をつけて行くのよ? お土産よろしくね」
「お、お土産ーっ? な、なにがいいのかな?」
「えっとー・・・・・・すっぽん鍋セットと、どじょう鍋セットと、ふぐ鍋セット・・・・・・」
「そんな高いの買えるわけないじゃん! 帰りの電車賃、なくなっちゃうー」
「あはは! 冗談よ、冗談! なんか適当に買ってきてよ。お茶菓子でもいいからさ」
睦子は葉月の頭をぽんと撫で、笑う。
「剣道部の応援、めいっぱいしておいで! それで、エネルギーもらってきなね!」
「うんっ! 翔平が全国一になるとこ、直に見てくる! そしたら、次はわたしだね!」
葉月はにかっと笑い、目をキラキラさせてお皿を拭いている。睦子はそんな葉月の顔を見つめながら、「青春ねー」と言って、口元を緩ませた。
大荒井町の夜は、ただ静かに、柔らかい波の音に包まれていった。




