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潮騒の、すず  作者: 糸東 甚九郎
第4章 大荒井中剣道部御一行様、東京へ
15/128

15、いってらっしゃい、剣道部!

   わいわいわいわい  ざわざわざわざわ  わいわいわいわい

   ジーワジーワジーワジーワジーワジーワ・・・・・・

   ミィーンミィンミィンミィンミィー・・・・・・

   ジーワジーワジーワ・・・・・・


 早朝より陽もやや高く上がり、かあっとした陽射しが大荒井町を照らす。

 駅舎前には、既に多くの人だかり。剣道部を見送る人々でいっぱいだ。


「では、大荒井中学校剣道部の健闘を祈って、全員、笑顔で見送りましょう!」


 町長が、小さな手持ちの町旗を両手に持ち、笑顔でそれを大きく振っている。隣では校長がにこにこと微笑み、拍手をしている。団五郎も隣で、睦子と話をしている。


「みなさん、ありがとうございます!」

「「「「「 頑張ってきますっ! 」」」」」


 顧問の若田先生が、部員たち全員と深々と一礼。


「お見送り、ありがとうございます! 全国制覇目指して、頑張ってきますので!」


 部員を代表して、翔平が爽やかな笑顔で一言。


「いやーっ、はははは! 大荒井町の誇りだなや! 頑張ってくれよー」


 大荒井商店街の組合長である北原錦二(きたはらきんじ)が、朝顔柄の扇子でパタパタと扇ぎながら、翔平の肩をぽんと叩いた。


「組合長、ほら! 忘れねーうちに、これを渡さねーとさ!」

 

 松岡が、北原へ紙袋を渡す。その中には、みんなからの応援メッセージが書かれた大漁旗が。勝男と豊が、一斉にそれを拡げて見せた。


「おおぉ! すっげぇーっ! これ、いつの間に!」

「会場に、部旗と一緒に吊るそう! こりゃすごいや!」

「びっくり! これは、力になるねっ!」


 勝男、豊、香夏子はその大漁旗を見て大喜び。若田先生や他の部員も、「おぉーっ!」と歓喜の声をあげた。翔平は、北原や松岡とガッチリ握手をし、一礼。


「じゃあ、これは、商店街の女性陣からってことでー。うちの花を使ったよっ」

「こっそりと、みんなで夜なべして作ってたのよー。頑張ってきてね!」

「帰ってきたら、こんどは『お疲れさま会』を美味しくやりましょうね」


 続いて、睦子、和実、リツ子の三人が、若田先生と部員たちへ手作りのお守りを手渡す。

 それは、ドライフラワーに釣り糸をつけて加工した、オリジナルのキーホルダーだった。


「これは、美術部全員からね!」


 花畑先生が、風間、和花子の二人と一緒に、剣道部全員分の手ぬぐいを手渡した。


「おぉ! 俺たち部員全員の名前が刺繍してある!」


 翔平は、アクアブルーの布地に金糸で名前が刺繍された手ぬぐいを持ち、目を輝かせる。


「頑張ってこいよな、須々木! 美術部も、陰ながら、支えてるからさ!」

「サンキュー、耕也! ありがとう! この手ぬぐい使って、試合頑張ってくるぜ!」

「頼んだぜ。・・・・・・特にお前の手ぬぐいには、『念』が篭っててな・・・・・・」

「念? なんだそりゃ! 面白いな! ・・・・・・何がなんでも、こりゃ負けられないな」


 翔平と風間が、ガッチリと腕を合わせ、朗らかに笑う。


「ショウ君! その手ぬぐいは、私とはーちゃんが半々で名前縫ったんだよー」

「『須々木』の部分はりんが縫って、『翔平』のところは、わたしが縫ったよっ!」


 りんと葉月は、自慢気な笑顔で、翔平の顔を見つめる。


「いやぁ、ありがとう! これは力が出るわ! 大荒井中全員のパワーが伝わるよ!」

「翔平はもう、これ以上ないパワーを得たから大丈夫だよ! 自信持って頑張って!」

「わかった! ありがとう、葉月! 葉月からもらったこれはさ・・・・・・」

「あーっ! 翔平! だめ! それは内緒って言ったじゃん!」

「あ、そうか。ごめんごめん・・・・・・」

「ええ? 何、はーちゃん? 内緒って、なぁにー?」

「な、内緒! 言っちゃったら内緒になんないじゃんーっ!」

「はーちゃん! 言えーっ! ショウ君と何を内緒にしてんのーっ?」


 りんはニヤニヤしながら、逃げる葉月を追い回す。

 それから、哲史、徹、磯村巡査が到着。逆方向からは、野島がスクーターで到着。続いて、田辺が軽トラックいっぱいに野菜を積み、「間にあったー」と言って到着。


「野島さんー、こっちこっち! もうすぐ汽車が来るよー。一緒に見送っぺ!」


 亜弓が、駅の反対側にいる野島に手を振る。野島は踏切を小走りで渡り、みんなと合流。


「よかった! 見送りの時間、勘違いしちゃってね」

「のじまさーん。よかったね、無事に間に合って! あ! 汽車が来たよ!」


 大荒井町と水都市を結ぶ「しおさい臨海鉄道」では、名物列車として蒸気機関車が昨年から復活。りんが指差す方向から、黒い煙をあげてその名物SLが入ってきた。


「それじゃ・・・・・・みなさん、行ってきます! 明日の全国大会、全力で頑張りますっ!」


 駅舎からホームへ次々と進んでいく部員たち。その最後に、翔平が、大きなバッグを担いだまま爽やかな笑顔を見せ、見送りの全員へ向かって大きく手を振る。


「「「「「 がんばれーっ! 剣道部ーっ! 」」」」」


   パチパチパチパチ!

   わあああああああっ!

   パチパチパチパチ!


 松岡や北原が全員へ、手持ち用の大荒井町旗を配った。みんながそれを手に持って振る様子は、まるで駅舎前が皇居の一般参賀のようであった。


   シュッポポポ シュポポポポ シュッポッシュッポッ・・・・・・

   ゴゥンゴゥンゴゥン・・・・・・  ガッゴンガッゴン・・・・・・  ポォー


 年季の入った黒く大きな車体が、ホームに入った。

 インディゴブルーの客車に乗りこんでゆく剣道部員たち。


「翔平ーっ!」


 機関車の音をかき分けるような声で、いま客車に乗り込もうとする翔平を、葉月が呼びとめた。


「・・・・・・葉月?」

「負けないって、信じてるからねぇーっ! 何かあったら、それ、鳴らしてぇーっ!」


 両手をメガホンのようにし、蒸気に包まれる翔平へ向かって叫ぶ葉月。


   ・・・・・・チリィィー・・・・・・ンッ


 翔平の左手には、小さな貝殻型の鈴が握られていた。


「・・・・・・まかせろ、葉月! これ、ありがとなぁーっ!」


 その鈴を鳴らし、翔平はガッツポーズを見せ、笑顔で客車に乗りこんでいった。


   ポオォー  ポポォー

   ・・・・・・ガッコン  ガシャンガション・・・・・・  ガッゴン・・・・・・


 汽笛を慣らし、SLは大きな車輪をゆっくりと動かし、前進する。

 客車の窓からは、剣道部が全員で大きく手を振りながら、身を乗り出している。


   どたばた どたばた どたばた・・・・・・


「ああ! い、行っちまったっぺや! 間に合わなかったかやー」

 「だぁから言ったっぺな! 和尚! 時間、間違ってんじゃねーんけって!」


 列車がホームを出る時に、慌てて駅前に着いた二人。五十嵐宮司と福原和尚だ。


「しゃ、しゃーなかっぺ! 宮司! ここで、護祈念すっぺや!」

「こ、ここで!? まぁ、もう、それしかなかっぺね! やっぺ!」


 和尚と宮司は、大荒井駅を発つ汽車に向かって、祈り始めた。和尚は合掌して、念仏を唱えている。宮司は、どこに隠し持っていたのか、(ぬさ)を取り出し、ばっさばっさと振って祈祷を始めた。


「なーにやってんだっぺね、宮司と和尚のふたりはさぁ・・・・・・」


 亜弓は、呆れ笑い。りんと葉月も、二人の様子を見て大笑い。

 駅舎前では、みんなまだ旗を振り続けている。

 徹、団五郎、哲史の三人は、長い旗竿に縛り付けた大きな大漁旗や町旗を振り回し、汽車が見えなくなるまで振り続けていた。


「剣も拳も、行きつく道は同じだっぺ。武の道は険しいが、それが試練だし、糧だっぺ」

「ん? おじいちゃん、なーに厳しい顔して呟いてるのー?」

「りん。お前も全中大会に出りゃ、わかる。剣道も空手道も、同じ武の道だっぺよ」


 和服姿の島村師範は、翔平たちの乗った汽車を、静かな目をして見送っていた。

 りんは隣で首を傾げながら「よくわかんないけど、ま、いいか」と言って、汽車に手を振り続けていた。


「(翔平! ファイト! ・・・・・・頑張ってね!)」


 葉月は、両手をぎゅっと握り、目を瞑って静かに祈っていた。

 爽やかな潮風が、ひゅうっと汽車を追い越し、一気に空へと吹き抜けていった。

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