13、えんもたけなわ
「あー、おいしーっ! これ、かなママの味付けでしょー? カレイの甘辛煮ね!」
「あったりい! りんチャン、美味しい物はさすがに鋭いんだねーっ」
「嬉しいわ。これ、りんちゃんのお父さんに仕入れてもらったお魚なのよ」
煮魚を至福の表情で頬張るりんの横で、香夏子と微笑んでいるのは、母の和実。
この壮行会のために、今日は和子と団五郎が腕を振るって料理を出し、その材料は大荒井商店街や島村水産から全て仕入れられている。
「はいはいはーい。どんどん野菜も食べてねー。うちの野菜だよぉー」
威勢のいいダミ声で陽気に室内を回るのは、商店街にある八百屋「やおなべ」の店主である田辺恭治。小柄ででっぷりした体型で、いつもニコニコ明るい八百屋さん。
「(もしゃもしゃ)・・・・・・うん、田辺のおっちゃん、うまかっぺよ! うん!」
亜弓は、まるで牛のように空心菜の炒め物や塩キャベツを口いっぱいに頬張っている。
大皿に盛られた料理が、亜弓の前から次々と消えてゆく。
「あっはははは! 草笛の食いっぷり、相変わらずすっげぇなー。バケモンだなー」
勝男は亜弓の食欲に、大笑い。その横にいる文弥は、最後の炒め物を食べようと箸を伸ばしたが、目にも留まらぬ速さで亜弓にそれを奪われた。
「かつお! あんたこそ、全然食べないから、そんなヒョロっちぃんだっぺよ!」
「(あ・・・・・・。おれが食おうとしたのにー・・・・・・。亜弓ちゃんが食っちゃった)」
横でもしゃもしゃと野菜を頬張る亜弓。ぽかーんと口を開けている文弥。
勝男と亜弓はなぜかその後、会話の中で腕相撲で勝負する流れとなり、その騒ぎに便乗した剣道部メンバーがレフェリー役を買って出た。
「へっ! 草笛にゃ負けねーぜ! 毎日何回竹刀振ってると思ってんだ!」
「ナマクラ刀みてぇな腕に、負けるわけなかっぺよ! 来い、かつお!」
わいわいと盛り上がりっぱなしの公民館。みんな、葉月や翔平たちを激励するために集まったはずが、いつの間にか何が目的だったか忘れるくらいの宴会になっている。
「・・・・・・よぉ! 和尚! おめぇ、どっちにいくら賭けるや?」
目もうつろになって酔っ払っているのは、大荒井神社の宮司である五十嵐金悟。その横隣に座る大聖寺住職の福原栄進和尚に、なんと賭け話を持ちかけている。
「なぁにをバカ言ってんだ、なまぐさ神主! 賭けは、神仏のバチが当たっぺや!」
「構なかっぺよ! この子たちへのぉ、餞別になっぺな。・・・・・・大木勝男に五千円!」
べろべろに酔っ払った五十嵐宮司。福原和尚は、その対応にめんどくさそうにしながらも「そんなら草笛亜弓に五千円」と言って、賭けに乗った。
「ちょっと、ちょっと。和尚さんも宮司さんも、どんくらい飲んだんすかぁ!」
そこへさらに加わったのが、酒屋を営む松岡涼だ。二人へ「まだまだ飲み足りないんすねぇ」と言って、さらに日本酒の一升瓶をどんと置き、飲ませながら豪快に笑っている。
「だははは! 和尚さんも宮司さんも、いい飲みっぷりだぁな! 酒の黒帯だぁ!」
「ちょっと、松ちゃん。そんなに飲ませちゃ、毒でしょ。ほどほどにしないとー」
「あぁ? なんだぁ、リっちゃん! かまねー、かまねー。ガンガン行こうぜ!」
「だめよー。ご住職、明日、お通夜とか入ってるんだから。二日酔いじゃ困るでしょ」
酒を注ぎまくる松岡を、花屋の斎藤リツ子が呆れ顔で止める。
そうこうしているうちに、勝男 対 亜弓の腕相撲が始まった。
「「「「「 レディー・・・・・・ゴーッ! 」」」」」
「うおっりゃーっ! 覚悟しろ、草笛ーっ。剣道部パワーっ!」
がしいっ! ぐぐぐ・・・・・・ ぴたり
「あ、あれっ?」
一瞬、亜弓の腕が少しだけ傾いたが、動きが止まった。勝男は、冷や汗だらだら。
「おい、カツオ! いくらなんでも、そりゃダメだろ!」
「勝チャン! 剣道部パワーはどうしたのよーっ! ほら! ファイト!」
翔平と香夏子も、勝男へ発破をかける。しかし、亜弓はびくともしない。
「おい、勝男! これで負けたら、また負男になっちまうぜ! 根性出せよ勝男!」
豊も、勝男の背中をばしばしと叩きながら、応援している。
「や、やっべーよ! 草笛、まるで岩だ! 丸太だ! マンモスだ!」
あたふたして、困り気味の勝男。亜弓はそれを鼻で笑っている。
「うちが、何だってぇ? 剣道部ぱわぁなんて、知ったこっちゃねぇっぺよーっ!」
「いっけぇ、亜弓ーっ!」
「あゆ、一撃必殺でーっ!」
葉月とりんが、飛び跳ねながら亜弓の背中を押す。
「はいよ! ・・・・・・であっりゃぁーーーーーーっ!」
「う、うっおわーーーーっ」
グイイイイイッ! ギュンッ! どべしゃーーーっ!
勝男は、亜弓の豪快な一捻りで、軽々と一気に腕と身体を机に打ちつけられた。
「はい、終わり。やっぱりひょろいなぁ、かつお。ほんとに、剣道部なんけ?」
「・・・・・・ほんにゃららー・・・・・・。くそー、か、怪力女めー・・・・・・」
一気に燃え尽きた感じの勝男と、余裕綽々でガッツポーズを決める亜弓。
「なにやってんだよ、カツオ。ふっかけた相手が悪かったなー」
翔平は、葉月やりんと一緒に笑っている。
勝男は「ちくしょー」と言って涙目になっているが、その奥で、五十嵐宮司も同時に「ちくしょーめ」と言って、泣いていた。
チチチチチッ・・・・・・
ピッキョピッキョピッキョ・・・・・・
壮行会は宴も酣となり、みんな散り散りに帰っていった。夜の街中を抜ける海風と、虫の音が何とも心地よい雰囲気。
葉月、りん、亜弓の三人は最後まで残り、主賓であるにもかかわらず、後片付けまでこなしていった。翔平たちは、明日東京入りする準備のため、一足早く先に帰っていた。
「あー、楽しかった! 壮行会、本当にみなさんには感謝しかないねっ!」
「ほんとだね。りんも亜弓も、全国の舞台でめいっぱい暴れてやろうね!」
「うちら、行けると思うよ! どんな強豪でも、蹴散らしてやっぺ!」
「明日、翔平たちは前日の東京入りだけど、まずは剣道部に景気づけしてほしいよね」
「ショウ君たちなら全国獲れると思うし! ぜひとも、会場で応援したいよね!」
「翔平の試合、目の前で見たいな! ・・・・・・東京、頑張って行っちゃおうか!」
「いいね! うち、駅弁が楽しみだ! 寝坊せず、始発でなら・・・・・・」
葉月たちは、ほんのり塩辛い風の中、東京へ行く話で盛り上がっていた。
満月が、夜の海の波間に浮かんでいる。白い波に揺られ、洗われるように、空と海の二つの月が、葉月たちの声を包み込んでいた。




