128、潮騒の、すず
「ただ今より、須々木家、鈴鹿家、両家の結婚神前報告式を、執り行います」
プアアァーーーーン
プウアーーーーーーーー
プアアアアアァーーーーーー
ピヒャーーーーーーー
雅楽のような音楽が、大荒井神社の境内全体に流れてきた。
鳥居から神殿までは左右に区切られ、須々木家と鈴鹿家それぞれに招かれた参列者が分かれて座っている。
親族を始め、空手関係者や剣道関係者もたくさんいる。香夏子、和花子、豊、勝男、りんに亜弓の姿も、もちろん見える。同じ指輪を薬指に填めた若田先生と花畑先生も、微笑んでいる。島村師範や大荒井商店街の方々、そして磯村さんも来ている。
束帯姿の五十嵐宮司が、きりりとした顔つきで翔平と葉月を連れて本殿へ現れた。一斉に、女子たちの顔つきが一瞬で変わる。
「わぁーっ! はーちゃん、きれいーっ! おめでとうねーっ!」
「はづきって、あんな美人だったっぺか! あー。うちも、早くこうなりたいー」
「葉月チャン、きれいねーッ! おめでとうーっ!」
「すずっち! やったねーっ! おめでとーっ! おーめーでーとぉーっ!」
女子の友達の声を聞き、葉月はちらりと目をそちらに向け、にこっと笑う。
「(ありがとね、みんな! ・・・・・・わたし、もう、最高に嬉しいんだ!)」
葉月はまた目を伏せながら、一歩一歩、進んでゆく。
その隣では、紋付羽織袴姿の翔平が、きりっと目を輝かせ、葉月を連れて進んでゆく。
勝男や豊、耕也が、揃って翔平へ手を振る。田辺や野島も、祝福の拍手をしている。
「かっけぇぞーっ、ショウ! さすがだ! 剣道着より似合ってるぜー」
「おめでとうーっ! いやぁ、めでたいね! 素晴らしいよ。うん!」
「すげーなー。剣道と空手のチャンピオン夫婦なんてさ。まさに、絵になる姿だなー」
飾られたご神体の鏡が、ぴかりと太陽の光を反射し、神社は眩いばかりの光に包まれてゆく。五十嵐宮司は数回礼拝し、大きな幣を横に振って参列者を清め、また深く一礼。
天気は崩れることなく快晴のまま。式は、次第通りに滞りなく進んでゆく。
玉串奉奠の儀では、翔平と葉月がそれぞれ深緑色の榊で作られた玉串を神前へ捧げた後に、参列者一人一人が前に出て、神前に玉串を捧げてゆく。
緊張したのか、亜弓が玉串を落としたり、香夏子が逆さまに奉納したりというハプニングはあったものの、無事に玉串奉奠の儀式は終了。参列者の中でも、袈裟姿が目を惹く福原和尚は「実は神式にも慣れてんだっぺや」と、なぜか得意気に北原や和実に話していた。
「続いてぇー、三献の儀っ! 新郎、新婦、神前へー」
五十嵐宮司が、三宝に乗せた煌びやかな酒器を用意する。松岡と田辺は「待ってましたぁ」と宴会のノリで叫び、リツ子たち女性陣に「静かにしてっ!」と怒られていた。
器に注がれる御神酒は、五十嵐宮司が松岡に頼んで仕入れた、月舞酒造の特級品。
「じゃあ、まず俺からか・・・・・・」
「えへっ。翔平、飲み過ぎないでね?」
五十嵐宮司が、翔平の持つ金盃に御神酒を注ぎ入れる。翔平は、器を一、二の、三というタイミングでくいっと飲み干す。
続いて、葉月に御神酒が注がれる。葉月も同じ要領で、くういっと飲み干す。それを眺めていた参列者の中で、徹と福原和尚は「うまそうだっぺ」と大きな声で叫んだ瞬間、二人とも、「みっともなかっぺ!」と亜弓に頭を叩かれていた。
・・・・・・ひゅうううんっ・・・・・・
ひゅおおおっ・・・・・・
三三九度の「三献の儀」から、夫婦で誓いの言葉を読み合わせる「宣誓の儀」にさしかかろうとした、その時。海から吹き上がってきた冷たい風が、葉月と翔平の間を抜け、五十嵐宮司の幣をぶわりと揺らし、神殿の奥まで一気に吹き抜けてゆく。
その風で、神殿の注連縄や大鈴が揺れ動かされた。
・・・・・・リリィィーーーーン
・・・・・・リリリィーーーーン
・・・・・・リリリリイイィー・・・・・・ンッ・・・・・・
・・・・・・リィィン・・・・・・
・・・・・・リリィン・・・・・・
「「 (あ・・・・・・。この音は・・・・・・っ!) 」」
葉月と翔平は、同時に、注連縄の端へと視線を移した。そこには、小さな貝殻に鈴がついた、あの「潮騒の鈴」が。
「翔平・・・・・・。まだちゃんと、あったね・・・・・・」
「ああ! ・・・・・・こんな時に、この音色を聞くことが出来るなんて!」
目を潤ませる、葉月と翔平。他の参列者はみな、どこかから聞こえる澄んだ鈴の音色に、聴き入っている。
「葉月・・・・・・。今日からまた、しっかりと二人の新しい人生を築いていこうぜ!」
「そうだね。約束だよ翔平? お互い、いい妻と夫として、家庭円満になろうね!」
リリイイィー・・・・・・ンッ・・・・・・
・・・・・・リィィン・・・・・・
・・・・・・リリィン・・・・・・
・・・・・・リィィン・・・・・・
――― 「約束するよ。お互い、切磋琢磨しような! 夫婦として!」 ―――
大荒井神社は、祝福の声と潮騒の鈴の音に包まれ、太陽の光で燦然と輝く。
鈴鹿家側の最前列では睦子と文弥、須々木家側の最前列では団五郎が座り、それぞれにっこりと笑い、誓いの言葉を述べている葉月たちを祝福した目で見つめている。
「「 ・・・・・・平成二十三年、二月十三日。 須々木翔平! 鈴鹿葉月! 」」
鈴の音は、晴れ渡った空と青い海に響き渡り、葉月と翔平を優しく包みこんでいった。
潮騒の、すず
完




