102、町長も目を輝かせて
「はあーっ。まぁったく、心臓に悪かっぺー。亜弓のバカタレめぇー」
徹は、緊張の糸が解けたかのように、力無くどさりと席に腰掛け、天を仰ぐ。
「徹さん。亜弓ちゃん、あの強い子に勝ててよかったじゃありませんか」
「団ちゃんの言う通りよ、徹さん。おうちで誉めてあげてよねー」
団五郎と睦子が、徹に対して微笑みながら話しかける。
「誉めて・・・・・・って、まぁだベスト8だっぺ。まだまだ先はあんだぁー」
「まぁ、そうですけどね。うちの葉月と、決勝で当たれたらいいよね」
「それは楽しみだっぺが、見れ? むこうの陣地を」
徹は、対面にいる栃木県勢の方を指差した。睦子と団五郎も、その方向へ目を向ける。そこには、「絶対優勝! 安藤みかん! 早乙女小紅!」と書かれた、横長の横断幕が吊されていた。
「葉月ちゃんの次の相手も、強そうだっぺ。油断しちゃなんねぇぞぉー」
「栃木の子ね。昨日当たった子とは、また違う子だね。形で優勝した子だ」
「さっき見てたけど、組手もかなり強豪っぽかっぺ!」
「葉月、大丈夫かなぁ。昨日の疲れもあるだろうし、無理しないといいんだけど」
「さすが全国大会。ここからは、そうそう楽な相手はいなかっぺ」
徹と睦子は、オレンジジュースを飲みながら、コートを見つめて語っている。その横では団五郎と哲史も、雑談中。
「りんねーちゃん? ねぇー、りんねーちゃんってばー」
文弥が、りんの脇腹をつつく。
「・・・・・・わぁぉ! な、何? 私、脇腹弱いんだよー」
「姉ちゃん、次、大丈夫かなぁ。亜弓ねーちゃんも、勝てるかなー?」
「なぁに弱気になってんのー。大丈夫よっ! はーちゃんもあゆも、勝つよ!」
「さすがに、おれが見ても、姉ちゃんの次の相手はめっちゃ強いってわかるんだ」
「そっか。でも、はーちゃんは負けないよ! あゆも、強いからきっと大丈夫!」
「りんねーちゃんは、本当に姉ちゃんや亜弓ねーちゃんの実力、信じてんだね!」
「もちろんよ! だから、めいっぱい応援しようよ! ねっ?」
「・・・・・・あい。そうだね! おれが気負けしたら、縁起悪いもんな!」
「そういうことっ! さぁ、まだまだ試合は続くよ。ここからがさらに面白いから!」
りんは文弥の頭を撫で、目元を袖でぐいっと拭って、きりりとした表情に変えた。
その後ろでは、翔平がEコートに立つ葉月をじっと見つめている。
「(葉月、ファイトだぜ! 個人戦こそ、日本一になってくれよな! 信じてるぞ)」
翔平は、潮騒の鈴をぎゅっと握りしめ、祈るように両手を合わせる。それを横目で見ている香夏子も、やや間を置いて、翔平と同じポーズで祈り始めた。
《―――個人組手の準々決勝戦を開始します。選手は、整列して下さい―――》
アナウンスが会場内に流れた。
それぞれのコートには、赤と白の両側に一人ずつ選手が立っている。男女のベスト8が出揃い、みな、気迫の籠もった鋭い目つきで闘志を漲らせている。
「いやぁー、どの子たちも素晴らしいですなぁ。はっはっはっは」
大荒井町長の緒川が、来賓席で腕組みをして笑っていた。
「大荒井町長はん。今大会は、将来有望な選手がたくさんいるんですわ」
その横から、大会審判長の猪渕師範が声をかける。ブレザーの左胸に輝くエンブレムは、全国でも格式の高い審判員しか付けられないものが光っている。
「ほう。それはそれは! いやぁ、本当に素晴らしいことだ!」
「おたくの大荒井中学校の三人。いいですなぁ。素質が光ってますわ」
「そうですか! いやっはっはっは! それは、私も鼻が高いです」
「負けてしまいましたが、島村りん。そして先程の草笛亜弓・・・・・・」
「おお。どちらも、わが町が誇る空手少女ですな!」
「そして、特段センスが光るのが、あそこにいる鈴鹿葉月ですわ」
「おおお! はっはっは! いや、そうですか! はっはっはっはー」
町長は、葉月たちが誉められて大喜び。扇子で煽ぎながら、テーブルの焙じ茶をすする。
「町長はん。あの子たちなら、もっと高校で上を目指せますわ。ワシが思うに・・・・・・」
「ん?」
猪渕師範は、にこっと笑って、町長に何かをじっくりと話した。
「な、なんと! いや、それは名誉だが。しかし、あの子たちが町を離れるのは・・・・・・」
「ワシの知り合いが、名門高校の監督を務めてるんですわ。そこで鍛えれば・・・・・・」
「うーむ。わが町から将来、世界王者が出るかもしれんと言われてもなぁ・・・・・・」
「花蝶薫風女子高、西大阪愛栄高校、おかやま白陽高校。どこも、ええ環境ですわ」
「だがなぁ・・・・・・。長谷屋校長や、学校関係者にそれは話してみないと・・・・・・」
「ま、それもそうですなぁ。でも、ワシの目には狂いはありまへんで?」
「将来の世界王者・・・・・・か。あの子たちに、そこまでの素質が・・・・・・」
「ええ! もちろんですわ。既に三人とも、光るモノを持ってはりますわ!」
「猪渕さんと言ったね? 専門家から見て、一番そこに近いのは・・・・・・?」
「鈴鹿葉月やなぁ。他県の選手では、早乙女小紅、藤川絢子。あ、でも・・・・・・」
「でも? 他に、猪渕さんが気になる子でも?」
「・・・・・・あの草笛亜弓も、厳しい環境で鍛えて絞り込めば、有望株ですわなぁ」
町長は「ほぉぉ」と感心し、また、試合場の方へ視線を向け直した。




