表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮騒の、すず  作者: 糸東 甚九郎
第15章  汗と涙と笑い声 少女たちの熱い夏 
102/128

102、町長も目を輝かせて

「はあーっ。まぁったく、心臓に悪かっぺー。亜弓のバカタレめぇー」


 徹は、緊張の糸が解けたかのように、力無くどさりと席に腰掛け、天を仰ぐ。


「徹さん。亜弓ちゃん、あの強い子に勝ててよかったじゃありませんか」

「団ちゃんの言う通りよ、徹さん。おうちで誉めてあげてよねー」


 団五郎と睦子が、徹に対して微笑みながら話しかける。


「誉めて・・・・・・って、まぁだベスト8だっぺ。まだまだ先はあんだぁー」

「まぁ、そうですけどね。うちの葉月と、決勝で当たれたらいいよね」

「それは楽しみだっぺが、見れ? むこうの陣地を」


 徹は、対面にいる栃木県勢の方を指差した。睦子と団五郎も、その方向へ目を向ける。そこには、「絶対優勝! 安藤みかん! 早乙女小紅!」と書かれた、横長の横断幕が吊されていた。


「葉月ちゃんの次の相手も、強そうだっぺ。油断しちゃなんねぇぞぉー」

「栃木の子ね。昨日当たった子とは、また違う子だね。形で優勝した子だ」

「さっき見てたけど、組手もかなり強豪っぽかっぺ!」

「葉月、大丈夫かなぁ。昨日の疲れもあるだろうし、無理しないといいんだけど」

「さすが全国大会。ここからは、そうそう楽な相手はいなかっぺ」


 徹と睦子は、オレンジジュースを飲みながら、コートを見つめて語っている。その横では団五郎と哲史も、雑談中。


「りんねーちゃん? ねぇー、りんねーちゃんってばー」


 文弥が、りんの脇腹をつつく。


「・・・・・・わぁぉ! な、何? 私、脇腹弱いんだよー」

「姉ちゃん、次、大丈夫かなぁ。亜弓ねーちゃんも、勝てるかなー?」

「なぁに弱気になってんのー。大丈夫よっ! はーちゃんもあゆも、勝つよ!」

「さすがに、おれが見ても、姉ちゃんの次の相手はめっちゃ強いってわかるんだ」

「そっか。でも、はーちゃんは負けないよ! あゆも、強いからきっと大丈夫!」

「りんねーちゃんは、本当に姉ちゃんや亜弓ねーちゃんの実力、信じてんだね!」

「もちろんよ! だから、めいっぱい応援しようよ! ねっ?」

「・・・・・・あい。そうだね! おれが気負けしたら、縁起悪いもんな!」

「そういうことっ! さぁ、まだまだ試合は続くよ。ここからがさらに面白いから!」


 りんは文弥の頭を撫で、目元を袖でぐいっと拭って、きりりとした表情に変えた。

 その後ろでは、翔平がEコートに立つ葉月をじっと見つめている。


「(葉月、ファイトだぜ! 個人戦こそ、日本一になってくれよな! 信じてるぞ)」


 翔平は、潮騒の鈴をぎゅっと握りしめ、祈るように両手を合わせる。それを横目で見ている香夏子も、やや間を置いて、翔平と同じポーズで祈り始めた。


 《―――個人組手の準々決勝戦を開始します。選手は、整列して下さい―――》


 アナウンスが会場内に流れた。

 それぞれのコートには、赤と白の両側に一人ずつ選手が立っている。男女のベスト8が出揃い、みな、気迫の籠もった鋭い目つきで闘志を漲らせている。


「いやぁー、どの子たちも素晴らしいですなぁ。はっはっはっは」


 大荒井町長の緒川が、来賓席で腕組みをして笑っていた。


「大荒井町長はん。今大会は、将来有望な選手がたくさんいるんですわ」


 その横から、大会審判長の猪渕師範が声をかける。ブレザーの左胸に輝くエンブレムは、全国でも格式の高い審判員しか付けられないものが光っている。


「ほう。それはそれは! いやぁ、本当に素晴らしいことだ!」

「おたくの大荒井中学校の三人。いいですなぁ。素質が光ってますわ」

「そうですか! いやっはっはっは! それは、私も鼻が高いです」

「負けてしまいましたが、島村りん。そして先程の草笛亜弓・・・・・・」

「おお。どちらも、わが町が誇る空手少女ですな!」

「そして、特段センスが光るのが、あそこにいる鈴鹿葉月ですわ」

「おおお! はっはっは! いや、そうですか! はっはっはっはー」


 町長は、葉月たちが誉められて大喜び。扇子で煽ぎながら、テーブルの焙じ茶をすする。


「町長はん。あの子たちなら、もっと高校で上を目指せますわ。ワシが思うに・・・・・・」

「ん?」


 猪渕師範は、にこっと笑って、町長に何かをじっくりと話した。


「な、なんと! いや、それは名誉だが。しかし、あの子たちが町を離れるのは・・・・・・」

「ワシの知り合いが、名門高校の監督を務めてるんですわ。そこで鍛えれば・・・・・・」

「うーむ。わが町から将来、世界王者が出るかもしれんと言われてもなぁ・・・・・・」

「花蝶薫風女子高、西(にし)大阪(おおさか)(あい)(えい)高校、おかやま白陽(はくよう)高校。どこも、ええ環境ですわ」

「だがなぁ・・・・・・。長谷屋校長や、学校関係者にそれは話してみないと・・・・・・」

「ま、それもそうですなぁ。でも、ワシの目には狂いはありまへんで?」

「将来の世界王者・・・・・・か。あの子たちに、そこまでの素質が・・・・・・」

「ええ! もちろんですわ。既に三人とも、光るモノを持ってはりますわ!」

「猪渕さんと言ったね? 専門家から見て、一番そこに近いのは・・・・・・?」

「鈴鹿葉月やなぁ。他県の選手では、早乙女小紅、藤川絢子。あ、でも・・・・・・」

「でも? 他に、猪渕さんが気になる子でも?」

「・・・・・・あの草笛亜弓も、厳しい環境で鍛えて絞り込めば、有望株ですわなぁ」


 町長は「ほぉぉ」と感心し、また、試合場の方へ視線を向け直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ