10、二人の約束
~♪ ~♪ ~♪ ~♪
防災行政無線のスピーカーから、正午を告げるチャイムの音が一気に響く。
「ばいばーい、すずっち! あゆっちも、しまっちも、またねぇー」
「じゃあねー、和花子! 気をつけてねー」
夏休み中、葉月たちの美術部は午前中のみ。この正午のチャイムが鳴って活動終了だ。
大荒井中学校を出た葉月たちは、途中の大きな交差点で和花子と分かれた。駅方面にある商店街の方へ帰っていく和花子と、海岸方面へ帰る葉月たち三人。
「まったくー。今日のりんが描いたヘチマには笑ったなー」
「ほんと! 百人に見せても、きっと、九十五人は納豆っていうレベルだっぺよ」
「だーかーらー。私の芸術的センスに、現代美術が追いついてないってゆーか・・・・・・」
「・・・・・・そういえば。はづきは、何を描いてたんだっけ?」
他愛もない話の中で、亜弓が葉月に問いかけた。
「え?」
「そーいえば、そーだね。はーちゃんは、何描いてたの?」
「・・・・・・青い空と、白い雲とー・・・・・・格技場、かな?」
葉月は、にこっと笑って、早足で歩く。
「うちが間食用のあんぱん描いてたのに、はづきは外を描いてたのー?」
「格技場ー? あー。はーちゃん、ショウ君の声がやっぱり気になってたんだぁー?」
「ちーがうよぉ! そんなんじゃないってばー」
「私もー、ショウ君が全国大会で大活躍できるように、そっち描けばよかったなー」
りんは、目をキラキラさせながら、手を組み、るんるん踊りながら駆けずり回る。
「まったく。まるでお花畑みたいな頭ん中だね、りんは・・・・・・」
「だってぇ! ショウ君、かっこいいじゃーん! 私、ショウ君大好きなのよー?」
「あー、普通に言ってるよ。・・・・・・翔平も、ここまでりんに直球で好かれてるとはね」
葉月は、るんるんと踊るりんを見て、ふうっと息を吐く。
「どしたの? はづき?」
「あ! なんでもないよっ! りんの浮かれた様子に、呆れただけー」
「ん? そっか。・・・・・・なら、いいや! あははははは!」
豪快に笑う亜弓をよそに、葉月は青い空を見上げ、目を細める。
「(とても、りんには言えないなぁ。・・・・・・翔平との『約束』があるなんて・・・・・・)」
「こら、りん! 道路に出たら危ねーっぺよ! ・・・・・・はづき、今夜楽しみだねーっ」
笑いながら、大声を出してりんを追いかける亜弓。
「今夜? 何かあったっけ? ・・・・・・って、待ってよ亜弓! りんーっ!」
葉月は、自分の掌を見つめ、何か考え事をしながら、早足で二人を追いかけていった。
―――。
・・・・・・ざざぁん ざぱああぁぁ・・・・・・
ざああああぁぁぁー・・・・・・
「・・・・・・? なんだよ、葉月? 珍しいな、こんなとこに呼び出すなんてさ?」
・・・・・・ざぁぁん・・・・・・ どぱあぁん・・・・・・
「翔平! ・・・・・・わたし、翔平がずっと好きだったーっ! 付き合ってぇーっ!」
ざあああああぁ・・・・・・ん
・・・・・・どぱああぁん・・・・・・
「葉月、今、何つった? 俺たち幼馴染みだぞ? 俺と付き合ってって、本気か?」
「幼馴染みだろうと、好きなもんは好きなんだもん! ・・・・・・翔平。・・・・・・だめ?」
「・・・・・・いや、突然で驚いてるんだ・・・・・・。・・・・・・うーん・・・・・・」
・・・・・・ささあああぁぁ・・・・・・ ざぁん・・・・・・ ざざぁぁん・・・・・・
「・・・・・・そっか・・・・・・。ごめん、忘れていいよ! ・・・・・・ぐす。ふええ・・・・・・」
「なぁ、葉月。・・・・・・ちょっと、灯台んとこまで行こう? ほら、行こうぜ!」
ミャアゥー・・・・・・
ミウウゥー ミャウーミャウー・・・・・・
「ちょっと、しばらく水平線でも眺めようぜ。座りなよ。あ、落ちんなよ?」
「ぐす・・・・・・。むしろ、飛び込んでスッキリしたいくらい・・・・・・」
「泣くなって。葉月らしくないな? ・・・・・・俺も、突然でビックリしたんだよー」
ミウウウゥー・・・・・・
ミャウゥー・・・・・・ ミャウー・・・・・・
「俺もさ、葉月は昔から好きだよ。・・・・・・だけど、今は、剣道に集中したくてなー」
「・・・・・・ごめん。わたし、変なこと言って。翔平も全国大会に集中したいよねー」
「いや、葉月の告白は嬉しい! 付き合う、ってのも、まぁ、ありだけど・・・・・・」
「・・・・・・なぁに?」
「葉月だって今、空手に打ち込んでる最中だろ? お互い、県代表選手だよなー」
「・・・・・・。まぁ、確かにわたしも、全国大会決まって、代表選手だね・・・・・・」
「まずは、それに集中しようぜ? な? ・・・・・・葉月も俺も、まずは全国大会!」
「バカだな、わたし。焦ったね。・・・・・・色恋ボケしてる場合じゃないよね」
「俺、葉月の気持ちは、本当に嬉しいよ。ただ、タイミングが今は、ってことな?」
「・・・・・・そうだよね。焦らなくてもよかったんだ。・・・・・・翔平、お互い頑張ろうね!」
「ああ。葉月が全国でベストを尽くせるよう、俺も応援するからな!」
ミャウー・・・・・・
ミャウミャウー・・・・・・ ・・・・・・ミウゥー
ざざざぁぁ・・・・・・んっ
ざざざぁぁぁぁー・・・・・・んっ・・・・・・
「ねぇ、翔平? ・・・・・・敢えて、言うんだけどさ・・・・・・」
「・・・・・・ん? どした?」
「わたしと翔平だからこその条件を、つけてみない? 厳しい条件なんだけどね」
「え? なんだよ急に? ・・・・・・厳しい条件? その、付き合うにあたって、か?」
「そう。・・・・・・あのさ、お互い、全国制覇を達成できたら、ってことにしない?」
「え! ・・・・・・ってことは、俺と葉月が、お互い日本一・・・・・・ってことだよな?」
「そう。敢えてその条件を付ければ、自分へさらに火を点けられるし!」
・・・・・・ミャウウゥー・・・・・・
ざざざぁぁぁぁー・・・・・・んっ・・・・・・
「ま、まぁ・・・・・・俺はいいけど。・・・・・・全国制覇って、個人で? 団体で?」
「どっちでもOK! すっごく高い目標だけど、けっこう気合い入る気がしない?」
「そうだな。・・・・・・よし、わかった! その条件、飲むわ! 準優勝でもだめな!」
「ありがと、翔平。・・・・・・ねぇ? わたしが告ったことで、避けたりしないでよ?」
「葉月こそ、変によそよそしくなったりするなよな? 普通に葉月らしくいろよ?」
「だいじょうぶだよぉ。・・・・・・約束ね、翔平! 全国大会、頑張ってちょうだいね!」
「約束するよ。お互い、切磋琢磨しような・・・・・・。葉月も、頑張れよな!」
―――。
ぱたぱたぱたぱた ぱたぱたぱたぱた
団扇からそよぐ風が、葉月の前髪をさらさらと靡かせる。
午後の陽射しと潮風が、畳の上に寝転がっている葉月へさらりと注がれてゆく。
「(全国制覇・・・・・・かぁ。まずは翔平が先だね! 頑張れ、翔平・・・・・・)」
ゆっくりと、瞼を降ろす葉月。
翔平との約束をふり返りながら、次第にうたた寝をして夢の中へ入っていった。




