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潮騒の、すず  作者: 糸東 甚九郎
第1章 潮騒の町
1/128

1、海辺の少女と波しぶき


  ――― 「約束するよ。お互い、切磋琢磨しような・・・・・・」 ―――


   ざあああぁ・・・・・・ん ざああぁん

     どっぱああぁぁ・・・・・・ん  どぱぁん  ざざぁぁぁ・・・・・・


 水平線が、東雲(しののめ)(いろ)に染まる。

 白波が、岩にぶつかり、煌めく雫となって散り、また水面に還ってゆく。


   ぱん!  ぱんっ!


「(・・・・・・。・・・・・・。今日も、よろしく、お願いします・・・・・・)」


 波をかぶる、磯の岩。その岩の上に立つ、ケヤキ製の小さな鳥居。

 東向きの鳥居に向かって、小麦色の肌をした少女が、煌めく波しぶきを浴びながら、ひとり、岩場で柏手を打つ。


   ざざざぁぁぁ・・・・・・  ざぁん

     どぱぁん  ざざざぁぁぁぁぁ・・・・・・

   ざぁん  どぱぁぁん  ざざざざぁぁ・・・・・・  どぱぁんっ


 打ち寄せては引き、また白い波先を巻きながら岩にぶつかる、荒い波。

 浅葱(あさぎ)(いろ)のTシャツ一枚のみと、ジーンズ生地のハーフパンツ姿、そしてビーチサンダルを素足で履いた少女は、鳥居の向こうから昇ってくる朝日に向かって、深く一礼する。


「うんっ! よおぉしっ! きょうも、がんばろぉーっ!」


 深い藍色に染まった水平線が、薄茜色に染まりながら、きらりきらりと輝く。

 少女は、次第に町を黄金色に染めてゆく朝日を浴びながら、ぐっと背伸びをして、にこりと笑う。


   ざっ  ざっ  ざっ  ざっ  ざっ・・・・・・


 砂浜にさらりと寄せる波打ち際に響く、等間隔で進む足音。

 岩場に立つ少女の後ろで、その足音がぴたりと止まる。


「・・・・・・葉月(はづき)! おはようーっ! 今朝も、いつもの『おまいり』か?」


 上下黒いジャージを着た、短髪の少年が、にこやかに声をかける。


(しょう)(へい)! おはよっ! ・・・・・・だってぇー、これがー、わたしの日課だもーんっ!」

「俺より起きるの早いなーっ! まだ五時だけど、朝日が眩しい。ここは本当に静かでいいところだよなー」

「うんっ! ほんとだね! だって、毎日、この時間はわたしたちしかいないもんねっ!」

「はは! 葉月ー、その岩の上で、今日はあの動き、やらないんかよー?」

「えへっ! 今日はやんないよ。翔平こそぉ、今日は木刀持ってこなかったのーっ?」


 葉月と翔平は、朝日に照らされながら、声を張り上げて言葉を交わし合っている。


「素振りより、今日は走り込みだな! よ・・・・・・っと!」

「滑るよ、翔平? 気ぃつけな?」


 翔平は、砂浜を蹴って、白波をかぶる岩場に飛び乗った。


「・・・・・・ひととおり、朝練メニュー、終えたんか?」

「うん。翔平は?」

「四キロ走ってきた。マリンタワーまで行って、海水浴場を往復してきた!」

「やるねぇ! さすが剣道部キャプテン、須々木翔平(すずきしょうへい)だ! わたしも負けないよー」

「そういう葉月こそ、今朝は、どんくらい動いた?」


   ざざざぁぁぁ・・・・・・  どぱぁぁん

     どぱぱぁぁん・・・・・・  どざあああぁぁ・・・・・・  ざざぁぁん


 磯に打ちつける波。薄緑色のアマモをゆらりふわりと揺らめかせ、岩の間を波が白く染まって流れてゆく。


「そこの浜を、十往復ダッシュしたんだー。見て? ふくらはぎ、ぱんっぱんだよぉ」

「美術部のクセに、有り得ないくらいの脚だよなー? ま、美術はオマケかー」

「しょうがないじゃん! あーあ。翔平はいいよね。剣道部があるんだもん!」

「葉月は、何で美術部にしたんだっけ? きっと、剣道も覚えたらうまいと思うけどな?」

「だって、わたし、不器用だからー。確かに興味あったけどさぁ、剣道も・・・・・・」

「確か、自分の中で、運動部との『両立』が難しいと思ったからなんだっけ?」

「そう。だから、部活は文化系にしたの。運動部じゃ土日も行事重なるし、大変だもん」

「・・・・・・葉月らしいな。運動部は確かに、遠征だの練習試合だのが、土日に入るからな」

「そうでしょ。だから、そういうのがない美術部にしたのだー」

「うちみたいな小さな中学校は、部活動への入部が全員強制だもんな・・・・・・」


    ざざざぁぁぁ・・・・・・  どっぱああぁぁん  ばしゃあぁぁ・・・・・・


 波しぶきが、細かく砕け、さらに細かく砕け、二人に降り注ぐ。

 潮の香りが、周囲を包む。さらりさらりと波先から漂う風が、翔平の髪先を掠める。


「・・・・・・茨城県の中学女子空手界では、右に出る者なしの、鈴鹿(すずか)葉月(はづき)なのになー?」

「あーあ。わたしもなぁ、部活に空手があればよかったのにー。剣道が羨ましいよっ」


 葉月は、頬をぷうっと膨らませ、翔平の顔を見上げる。


「まぁ、そう言うな。葉月は、絵もうまいんだし、美術部との両立もできてるだろ?」

「わたしだけじゃないけどねっ! 美術部と両立してる空手女子はさっ?」

「あぁ。そうだったな。・・・・・・さて。俺はまた、走りに行ってくるかー。葉月は?」

「うん。わたしも、朝稽古をもう少ししたら、家に戻るね。ファイト、翔平!」


 笑う二人の向こうで、小さな漁船がポンポン音を鳴らし、沖に向かって進んでゆく。

 翔平は再び砂浜を走っていった。葉月は岩の上で、朝日を背にして拳を振るっていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新作ですね! 今度は剣道少年も出てくるのですね! 舞台も栃木から、今作は海辺になり、斬新です! また、楽しく読みたいと思います。
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