1、海辺の少女と波しぶき
――― 「約束するよ。お互い、切磋琢磨しような・・・・・・」 ―――
ざあああぁ・・・・・・ん ざああぁん
どっぱああぁぁ・・・・・・ん どぱぁん ざざぁぁぁ・・・・・・
水平線が、東雲色に染まる。
白波が、岩にぶつかり、煌めく雫となって散り、また水面に還ってゆく。
ぱん! ぱんっ!
「(・・・・・・。・・・・・・。今日も、よろしく、お願いします・・・・・・)」
波をかぶる、磯の岩。その岩の上に立つ、ケヤキ製の小さな鳥居。
東向きの鳥居に向かって、小麦色の肌をした少女が、煌めく波しぶきを浴びながら、ひとり、岩場で柏手を打つ。
ざざざぁぁぁ・・・・・・ ざぁん
どぱぁん ざざざぁぁぁぁぁ・・・・・・
ざぁん どぱぁぁん ざざざざぁぁ・・・・・・ どぱぁんっ
打ち寄せては引き、また白い波先を巻きながら岩にぶつかる、荒い波。
浅葱色のTシャツ一枚のみと、ジーンズ生地のハーフパンツ姿、そしてビーチサンダルを素足で履いた少女は、鳥居の向こうから昇ってくる朝日に向かって、深く一礼する。
「うんっ! よおぉしっ! きょうも、がんばろぉーっ!」
深い藍色に染まった水平線が、薄茜色に染まりながら、きらりきらりと輝く。
少女は、次第に町を黄金色に染めてゆく朝日を浴びながら、ぐっと背伸びをして、にこりと笑う。
ざっ ざっ ざっ ざっ ざっ・・・・・・
砂浜にさらりと寄せる波打ち際に響く、等間隔で進む足音。
岩場に立つ少女の後ろで、その足音がぴたりと止まる。
「・・・・・・葉月! おはようーっ! 今朝も、いつもの『おまいり』か?」
上下黒いジャージを着た、短髪の少年が、にこやかに声をかける。
「翔平! おはよっ! ・・・・・・だってぇー、これがー、わたしの日課だもーんっ!」
「俺より起きるの早いなーっ! まだ五時だけど、朝日が眩しい。ここは本当に静かでいいところだよなー」
「うんっ! ほんとだね! だって、毎日、この時間はわたしたちしかいないもんねっ!」
「はは! 葉月ー、その岩の上で、今日はあの動き、やらないんかよー?」
「えへっ! 今日はやんないよ。翔平こそぉ、今日は木刀持ってこなかったのーっ?」
葉月と翔平は、朝日に照らされながら、声を張り上げて言葉を交わし合っている。
「素振りより、今日は走り込みだな! よ・・・・・・っと!」
「滑るよ、翔平? 気ぃつけな?」
翔平は、砂浜を蹴って、白波をかぶる岩場に飛び乗った。
「・・・・・・ひととおり、朝練メニュー、終えたんか?」
「うん。翔平は?」
「四キロ走ってきた。マリンタワーまで行って、海水浴場を往復してきた!」
「やるねぇ! さすが剣道部キャプテン、須々木翔平だ! わたしも負けないよー」
「そういう葉月こそ、今朝は、どんくらい動いた?」
ざざざぁぁぁ・・・・・・ どぱぁぁん
どぱぱぁぁん・・・・・・ どざあああぁぁ・・・・・・ ざざぁぁん
磯に打ちつける波。薄緑色のアマモをゆらりふわりと揺らめかせ、岩の間を波が白く染まって流れてゆく。
「そこの浜を、十往復ダッシュしたんだー。見て? ふくらはぎ、ぱんっぱんだよぉ」
「美術部のクセに、有り得ないくらいの脚だよなー? ま、美術はオマケかー」
「しょうがないじゃん! あーあ。翔平はいいよね。剣道部があるんだもん!」
「葉月は、何で美術部にしたんだっけ? きっと、剣道も覚えたらうまいと思うけどな?」
「だって、わたし、不器用だからー。確かに興味あったけどさぁ、剣道も・・・・・・」
「確か、自分の中で、運動部との『両立』が難しいと思ったからなんだっけ?」
「そう。だから、部活は文化系にしたの。運動部じゃ土日も行事重なるし、大変だもん」
「・・・・・・葉月らしいな。運動部は確かに、遠征だの練習試合だのが、土日に入るからな」
「そうでしょ。だから、そういうのがない美術部にしたのだー」
「うちみたいな小さな中学校は、部活動への入部が全員強制だもんな・・・・・・」
ざざざぁぁぁ・・・・・・ どっぱああぁぁん ばしゃあぁぁ・・・・・・
波しぶきが、細かく砕け、さらに細かく砕け、二人に降り注ぐ。
潮の香りが、周囲を包む。さらりさらりと波先から漂う風が、翔平の髪先を掠める。
「・・・・・・茨城県の中学女子空手界では、右に出る者なしの、鈴鹿葉月なのになー?」
「あーあ。わたしもなぁ、部活に空手があればよかったのにー。剣道が羨ましいよっ」
葉月は、頬をぷうっと膨らませ、翔平の顔を見上げる。
「まぁ、そう言うな。葉月は、絵もうまいんだし、美術部との両立もできてるだろ?」
「わたしだけじゃないけどねっ! 美術部と両立してる空手女子はさっ?」
「あぁ。そうだったな。・・・・・・さて。俺はまた、走りに行ってくるかー。葉月は?」
「うん。わたしも、朝稽古をもう少ししたら、家に戻るね。ファイト、翔平!」
笑う二人の向こうで、小さな漁船がポンポン音を鳴らし、沖に向かって進んでゆく。
翔平は再び砂浜を走っていった。葉月は岩の上で、朝日を背にして拳を振るっていた。