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2-1 今後の方針と、出発準備


 トイコへの使役魔法禁止令が発令、施行されてから――。

 その後、滞りなく進められた方針会議により、ニルスたちは王国内の鉱山都市へ向かうことが決まった。


「ダークライトの鉱脈なんかは、さすがにないと思いますけれど――手がかりもありませんし、それらしいところからつぶしていきますわよ」

 リスティアがそう語るように、鉱山で都合よく見つかることを期待しているのではなく、なんらかの手がかりを探しに行くということだろう。


 その鉱山都市――ヴェドナと呼ばれる町は、かつて金鉱脈とダイヤ鉱脈があり、採掘業でおおいに栄えていた。

 とはいえそれも、いまは昔――。

 すでに鉱山は枯れており、それでもあきらめきれない面々が採掘を続けたことで、最奥がどこかの魔宮ラビリンスにつながっているという。


「鉱山を探してもよいのですけれど――おそらく魔宮まで踏み込んだほうが、情報も多いはずですわ」

「そうなんですか?」

「ええ――まぁ、確証のある話ではありませんけれど。いずれにせよ、鉱山を調べていればおのずと魔宮に行きつきますし、同じことですわ」


 そもそもニルスは、ダークライトを見たこともなく、それ自体の詳しい知識もないのだから、事前に目星などつけられない。

 リスティアに思惑があるなら、その方針に従うまでだ。


「では、そのように――あ、でも……」

「どうかしまして?」

「魔宮自体は王国の所有物で、最寄りの町預かりになりますけど、管理は冒険者ギルドが任されています。入るには、冒険者になる必要があるかと」


 冒険者でさえあれば、入ることは問題がない。

 深部に関わるクエストを達成するには、相応の実力も必要だが、命が惜しくないのであれば、深部に向かうことも可能である。


 そんなニルスの言葉にリスティアは、ああ――と思いだしたように、どこからともなく一枚のカードを取りだした。

「それでしたら、わたくしは入れますわよ」

「え――えぇっ!?」

 差しだされた冒険者登録証はゴールドカラー、Aランクを示すものだった。


「魔宮自体は、以前からも調査していましたの。ついでに、いくつか仕事も受注していたら、いつの間にかこうなっていましたわ」

 いつの間にか――なんてことが、起こりうるのだろうか。

 だが、現実として目の前にあるのは、Aランクの登録証である。

 こんな高ランクのカードなど、いままで見たことがなかった。


「す、すごい、本物のAランク――」

 思わず見入ってしまうニルスに、リスティアはクスクスと笑う。

「調査を続けていれば、あなたもすぐそうなりますわ」

「そうなるといいんですけど――って、あぁっ!」


 そう言われて思いだしたのは、自分の登録証の存在だ。

 川で溺れ、そのときに荷物も流されてしまったとしたら、登録証は紛失してしまったことになる。

 もちろん、再登録はどこのギルドでも可能だ。

 ただし、それは別人という形で登録されるため、それまでの実績はなくなり、またFランクからスタートになる。


(どうせDランクだったんだから、あまり変わらないけど――)

 Aランク冒険者の従者としては、少しでも上位ランクのほうが、まだ格好がついたはずだ。

「申し訳ありません、リスティアさま……」

「どうしましたの、急に」


 ニルスが事情を明かすと、リスティアはしばしきょとんとしていたが――。

「そんなことを気にするだなんて……本当にかわいいですわね、ニルスは」

 やがてうれしそうに笑い、いつものようにニルスの頬を撫でた。


「よいではありませんの。わたくしに仕えるのですから、これからはわたくしのもとで励めばよいだけですわ。以前の経験など、忘れてしまいなさいな」

「それは、そうですけど……っ――」

 頬を撫でていた指がすべり、唇を塞ぐように押し当てられる。


「もう一度言いますわ――以前の経験は、お忘れなさい。わたくしのもとで、わたくしだけの色に染まるの……あなたはもう、わたくしのものですのよ?」

 唇を揺らし、跳ねるように離れた指が、彼女自身の唇にやさしく触れた。


「この、リスティア=セームディオンの従者として、一から始めなさい――それ以外の生き方は、けして許しませんわ」


 もう一度、指先が唇に押し当てられ、熱い痺れが広がる。

 かけられた言葉に耳朶が、思考が、蕩けるようだった。


「――返事をなさい、ニルス?」

「お……仰せの、ままに……リスティアさま」


 この感覚、感情は、けして恋心などではない。

 そんな言葉で片づけられない、重く大きな感情が、心を支配する。


「……ふふっ、よいお返事ですわ」

 甘い微笑みを向ける彼女の前に、すぐさまひざまずきたくなった――。


     …


 炭鉱都市ヴェドナは、王都より南西方向に位置している。

 距離は、徒歩であれば三日以上はかかるだろう。

 ただ現在は、近くに宿場町があり、乗合馬車も運行しているため、それを利用すれば行程を大幅に短縮できる。

 それらの事情を踏まえた上で、ニルスは旅の準備を進めた。


 デューラとトイコは屋敷の管理のため、留守番になる。

 ヴェドナへ向かうのは、ニルスとリスティアの二人だ。

 敬愛するお嬢さまとの二人旅だが、それで浮足立つニルスではない。


 二人旅だからこそ、お嬢さまに負担をかけないよう、旅の必需品や消耗品はもちろんのこと、生活面でも不自由のない、最大限の支度をしなくては――。

 そう張りきって、バスタブまで用意しようとするニルスの姿に、リスティアは唖然とする。


「それはさすがにいりませんわっ! 旅の途中で贅沢を望むほど、浮世離れしていなくてよ……ニルスが必要な分だけになさい」

 戦闘があることも踏まえ、その邪魔にならない程度に、ということだ。


 これは言われるまでもなく、当然の指摘であり――。

 早い話が、ニルスは無自覚に、この上なく浮足立っていた。


「ま、まぁ張りきっているのはわかりましたわ……わたくしを気遣った気持ちは、とてもうれしくてよ」

「いえ、お恥ずかしいところを……」

 恥じ入るニルスを撫でながら、リスティアは苦笑する。


「そもそも、わたくしは影の中に荷物を収納できますの。ですから、わたくしの荷物は気にしなくてかまいませんわ」

「そ、そうだったんですね……」

 そういえば忘れかけていたが、彼女は影騎士のお嬢さまだ。

 人と異なるスキルのいくつかを、持ち合わせていても不思議はない。


 ともあれ、自分ひとりの準備でいいなら、すぐにでも終えられる。

 薬、携帯食、飲料水、最低限の着替え、野営セット――。

 徒歩での経路上にも、町というほどの規模ではないがいくつか宿場はあるため、野営の機会もそうはないだろう。

 最悪を想定し、毛布と鍋を用意するくらいだ。


 そうしたものを、使い慣れたアイテムバッグに入れたいところだが、装備品も含め、それらはすべて川の藻屑と化している。

 そんなニルスのため、リスティアは屋敷の倉庫を開放し、ニルスの使えそうな道具をいくつか用立ててくれた。


 さすがは貴族の屋敷だけあって、装備品や美術品のたぐいが、所狭しと押し込められている。

 その中からニルスが選んだのは、耐火・耐水性のある素材でできた黒のローブ一式と、ステッキのように見える細長いロッド。

 そして、もうひとつ――。


「ふぅん……ふふっ、それはいいですわね。ニルスのかわいい顔は、あまり大勢に見せたくありませんもの」

 リスティアがそう評したのは、鼻から上半分の顔が隠れる、舞台演劇で使われるような仮面だった。


 死霊魔法を増幅する効果があるため、ニルスにとっては武器でもある。

 死属性から派生する、呪属性の魔法――強制装備の呪いをかけておけば、誤ってはずれることも、無理やりはずされることもない。

 自身の贈り物で身を固めた従者の姿に、リスティアも満足げだった。


「さっそく、わたくし色に染まってくれましたわね……よくって? この仮面は、お風呂のときや寝るとき以外、はずしてはいけませんわよ?」

 彼女の指が仮面に触れると、強制装備の呪いにより、小さく火花が散る。

 おそらく軽い痛みと痺れが走ったはずだが、彼女は気にした様子もなく、指先にチュッと音を立てた。


「リスティアさま、治療を――」

「かまいませんわ。この痛みは、ニルスがわたくしの色に染まった証……むしろ、心地よいくらいでしてよ」

 ローブ一式をまとうニルスを四方八方から観察し、ニマニマと笑いながら、何度もうなずくリスティア。

 どうやらニルスの格好を、ニルス以上に気に入ってくれているようだ。


 そうして、ひとしきり眺めて満足したところで、最後にひとつ、アイテム収納用のポーチを用意してくれる。

 容量があまり多くないように見えるそれは、収納したものをポーチ内限定で小型化する、少し変わったマジックアイテムだ。


 無限に収納できるわけではないし、ポーチ自体がそれなりに重たくはある。

 けれど、どうしてもかさばってしまう道具類を小さくまとめられるそれは、人間界のどんなバッグより有用で、高性能だった。


「こんなにすばらしいアイテムを――本当に、よろしいんですか?」

「わたくしには必要ありませんし、持てあましていても無駄ですわ。道具は倉庫の肥やしではなく、使ってなんぼでしてよ」

「ナンボ、ですか……」

「ええ、なんぼですわ」

 ナンボ――とは、どういう意味だろう。


 そんなニルスの疑問はともかくとして、整えられた装備は以前より、遥かに充実していた。

 あとは自分の力が、装備に見合ったものかどうか――。


 出発は明日の予定だが、それが待ち遠しい一方で、おそろしくもあった。


 つまり四次〇ポケット。

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