1ー幕間 Bランク冒険者、フィーナ
一方、そのころ――。
パーティを乗り換えた――という言い方は、さすがに辛辣だろう。
合わないとなればパーティを離脱し、あるいはメンバーを入れ替えるという手法で戦力強化を図るのは、冒険者の常套手段だ。
フィーナがニルスとのパーティを解消し、バーニットのパーティに参加したことも、その例にならう。
周囲の冒険者やギルドからも、賛同や称賛の声しか聞かれなかった。
(――そうよね。やっぱり、これが正解だったのよ)
バーニットたちのパーティに合流し、それから数日でCランクへと昇格。
そこから毎日のようにCランクのクエストをこなし、約一ヶ月――。
フィーナたちのBランク昇格を、ギルドの面々が祝福してくれている。
この祝宴の席も、彼らが気を利かせ、用意してくれたものだ。
「バーニットたちの、Bランク昇格を祝して――乾杯っっ!」
ギルド長の音頭に、そこら中でジョッキがぶつかり合う。
そんな酒場の中心にいるのは、宴席の主役であるパーティの四人だ。
「ありがとう、フィーナ! きみが加入してくれて、本当によかったよ!」
「それはこっちのセリフよ。あのとき、誘ってもらえてよかったわ」
祝杯に酔い、顔を赤くするバーニットの言葉に、フィーナは微笑んだ。
ほか二人のメンバー、ノランとサーシャも笑顔で応える。
「私たちなら、まだまだ上に行けるわ。これからもがんばりましょう」
「そうだな――俺たちの未来に、乾杯!」
「今夜は飲むぜっ! 乾杯っっ!」
「これからもよろしくね、フィーナ――乾杯」
まさに順風満帆――。
冒険者となったあの日、思い描いていた理想を具現したような日々に、フィーナは心地よい満足感を覚えていた。
受注するクエストにしても、歯ごたえのあるものばかり。
そして、それに見合った報酬の数々――これぞ冒険者だ。
(まぁ……本音を言えば、ニルスと一緒にこうなりたかったわけだけど)
そう思うこともあるが、それは叶わない願いである。
あのままニルスと二人でいては、いまのような成長は見込めなかった。
彼には申し訳ないが、自分は正しい判断ができたと思っている。
(――あれ、そういえば)
ふと、彼のことを思いだしたからだろうか。
この一ヶ月ほど、変わらず王都で過ごしていたフィーナだが、ニルスの姿をまるで見かけていないことに気がつく。
パーティ解散にともない、常宿も移したため、彼の住まいがどうなっているかもわからない。
とはいえ、冒険者として活動しているなら、ギルドや酒場で顔を合わせるタイミングもあったはずだろう。
(……もしかして、もう辞めたとか? だったら、村に帰ったのかしら)
故郷のことを思うと、少し気が重くなる。
ニルスがひとりで帰ったのだとしたら、フィーナはどうしているのか、なぜひとりなのかと問われるに違いない。
彼が悪しざまに言うとは思えないし、互いの現状については、うまくごまかしてくれるはずだ。
とはいえ、連れだって王都へ向かっておいて、ひとりだけ出戻ったのでは、よほど鈍い人間でなければ事情を察するだろう。
いつになるかはわからないが、フィーナが里帰りでもすることがあれば、そこで誰か――たとえば両親あたりに、事情聴取はされそうだ。
(んー……まぁ、当分は先になるだろうし、大丈夫だと思うけど……)
それを想像すると、少しだけ億劫なのは否定できない。
「――フィーナ、どうかしたのか?」
「……ううん、なんでもない。飲みすぎないようにしないとなーって」
「ははっ、たしかにな!」
ごまかしたフィーナの言葉を、バーニットは疑いもなく信じてくれる。
「まぁでも、せっかくのお祝いだし、今日くらいはいいんじゃないか?」
バーニットがおかわりを注文すると、ノランもそれに続く。
「そうそう! ギルド長の奢りだって言うし、なぁ?」
「あんたはちょっとくらい遠慮しなさい、まったく」
そう言って恋人をたしなめるサーシャだが、やはりその顔は少し赤い。
祝い酒の心地よさと宴の雰囲気に、お酒が進んでいるようだ。
(……恋人、かぁ)
二人の様子を見るとはなしに眺めながら、一方でバーニットを見やる。
彼らが自分をパーティに誘った理由は、戦力充実だけが目的ではないことを、フィーナもおぼろげに察してはいた。
ただ、そうした意味合いで強く迫られたことは、いまのところない。
フィーナとニルスの関係については、ギルドでもそれなりに有名だった。
すでに別れたことは気づいていそうだが、だからといって、すぐに気持ちの切り替えを迫るほど、無粋な面々ではないのだろう。
だからこそ、このパーティでの活動は心地よく、フィーナも気が楽だった。
(――ま、そのうちね)
いまはまだ、冒険者としてのステップアップが優先だ。
そして今日は、その祝いの席でもある――難しいことは考えたくない。
色々な考えごとを押し流すように、フィーナはなみなみと注がれたジョッキを、豪快にあおった――。
…
翌日の朝――少しアルコールは残っているが、不調になるほどではない。
とはいえ、あれだけ騒いだ翌日にクエストへ向かうほど、フィーナたちは冒険者として未熟ではなかった。
そんなわけで今日は丸一日、休養日となっている。
ただ、休養日とはいえ、やることがないわけではない。
「――あとは、なんだったかな」
「毒消し。携帯食と水も、今日のうちに注文だけしとかないと」
明日からはまた、冒険者としての生活が始まるのだ。
昇格クエストで使った消耗品などは、早めに補充しておく必要がある。
そんなわけで、深酒が過ぎた寝坊カップルを置いて、フィーナはバーニットとともに、買いだしにやってきていた。
ギルドに近い商店通りは、品ぞろえも充実しているのだが、その利便性から、値段自体はやや割増しになっている。
そのためフィーナは、駆けだしのころから通っている、町はずれの商店街に足を運んでいた。
通常の消耗品や、食料なども扱っているのはもちろんのこと、ここには少し特別な店が並んでいたりもする。
少し変わった薬草の丸薬や、出所の怪しい回復薬を売る薬屋。
加工前の宝石、あるいは手製の装飾品を扱うアクセサリーショップ。
店舗を構えているものもあれば、テントを張っただけの屋台もある。
中には屋根すらなく、莚を敷いた上に商品を並べているだけの店もあった。
(変わらないわね、ここは――えっ?)
そんな露店を眺めていたフィーナは、思いがけないものを見つけ、足を止める。
(いまのは……でも、そんなはず――)
行き過ぎようかとも思ったが、結局は気がかりが勝った。
店先に近づき、その商品を手に取ったことで、彼女は確信する。
「おっと――お目が高いね、お嬢ちゃん。そいつはなかなかの掘りだし物だよ」
そんな露天商の声も耳に入らないほど、フィーナは商品に見入っていた。
魔法の媒介となる先端部の石に、四属性の宝石片を埋め込んだ特注のロッド。
かつて誕生日プレゼントとして、ニルスに贈ったものだ。
柄に施した特殊な意匠もあり、まず間違いない。
(どうして――ニルスが手放したの? 引退するから?)
その可能性はもちろんあるが、彼の性格上、この杖まで売ってしまったというのは、さすがに違和感がある。
ならば――誰かに奪われ、売り払われたのだろうか。
他の商品にも目を向けると、どれもこれも見覚えがある。
薄汚れたローブや、その隣のアイテムバッグは量産品だが、ニルスが使っていたものと、傷の位置まで同じだ。
収納されていた消耗品は、さすがに売り切れたようだが、バッグから取りだされたと思われるいくつかの小物は、まだ残っている。
その中に一冊、ボロボロのノートがあった。
濡れたものを乾かしたらしく、中は波打ってほとんど読めなくなっているが、革の装丁はしっかりとしている。
見覚えのあるそのノートが、どうしてこんなことになっているのか。
なぜ、こんなグシャグシャになるほど、濡れてしまったのか。
考えてはいけないと、心の中で警鐘が鳴り響く。
しかしフィーナは、気づいてしまった。
この露店は、まっとうな商人の店ではなく――あちこちで回収された遺品や中古品など、非正規品を扱う廃品販売業者であると。
遺品――。
いやな予感に突き動かされたように、フィーナは商人の胸倉をつかんでいた。
「うおっっ!? な、なにすんだよっ、いきなりっ!」
「――答えなさい。これ、どこで手に入れたの」
「フィーナ!? どうしたんだ、いきなりっ!」
周囲は騒然とし、突然の暴挙に隣のバーニットも慌てるが、フィーナに説明する余裕はない。
商人の胸倉をギチギチと締め上げていくと、彼は真っ青になりながら、震える声で叫んだ。
「そ、そこの川だっ……下流の網に引っかかってたのを、拾っただけだよ!」
そんな必死の叫びを聞き、フィーナはハッと小さくせせら笑う。
「――嘘よ、盗んだんでしょ? 正直に言いなさい、怒らないから」
「ほ、本当だ、嘘じゃない! 死体と一緒に回収したんだ、信じてくれっ!」
嘘よ――と、重ねて口にしたつもりだが、声は出なかった。
胸倉をつかむ手にも力が入らなくなり、ガクンッと膝から崩れ落ちる。
(嘘……嘘よ、そんなの……そんなわけ、ない……だって――)
だって――なんだというのか。
故郷に帰ったはず――どこに、そんな根拠があるのか。
フィーナに切り捨てられた彼が、なぜ絶望しなかったと言えるのか。
命を絶つ決断をしなかったと、どうして言い切れるのか――。
「フィーナ! フィーナ、しっかりしろ! どうしたって言うんだ!」
バーニットが肩をつかみ、必死で呼びかけてくるが、その声はどこか遠くから聞こえてくるようで、フィーナの呆然とした意識は戻らない。
身体を揺すられながら、彼女はブツブツとつぶやきをもらす。
「そんなの嘘よ……ニルスが、死ぬわけない……そんなの、ありえない……そうでしょ、ねぇ……嘘だって言ってよ……言いなさいよ、ニルスッ……」
そのつぶやきが聞こえていれば、バーニットも事態を察したかもしれない。
だが、その声はあまりに小さく、か細く――誰にも届くことなく、唇から溢れると同時にかすれて消えた。
結局、フィーナはそのままバーニットにかつがれ、呆然とした状態で常宿まで帰ることになる。
その後、彼女が立ち直るまでには、一週間という時間を要した――。
ということで、区切りのいい一章までとなります。
明日には上げられるよう、全力で急ぎます。
明後日中に上げれば今月中だな! とか考えないようにします。