表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/32

5-幕間 フィーナと、いけ好かない女


「ぅ……くっ……」

 ひどい二日酔いを思わせる頭痛と眩暈、そして全身を引き裂かれたような一瞬の痛みが走り、フィーナはゆっくりと目を覚まし、身体を起こす。


「いった……なんで、こんなとこで――そうだっ……」

 石畳、それも瓦礫の上で眠っていたことに疑問を抱くが、すぐに直前の記憶がよみがえり、フィーナは蒼白になって周囲を見まわした。


「みんなはっ……まさか、私が――」

「――フィーナ、目が覚めたか!」

「えっ――」

 声をかけられ、わずかに警戒しつつ振り返ると、そこにいたのは丸腰のバーニットと、倒れるノランを介抱しているサーシャだった。


「バーニット、サーシャ……よかった、無事で……ノランはっ?」

「……それが、どうにもおかしくって」

「おかしいって、どういうこと?」


 覚えているかぎりでは、ノランはバーニットに切られ、かなりの出血をしていたはずだ。

 その原因は呪いであり、おそらくバーニットは覚えていないのだろう。

 彼の反応を見るに、サーシャもはっきりとは伝えていないように思われる。


「まさか、ノラン――」

「大丈夫よ、別に死んではいないから」

 そっけなく答えるサーシャだが、目元は赤くなっていた。

 目を覚まし、乾いた血だまりで倒れる彼を見たときの彼女の心境は、察するにあまりある。


「傷が塞がってるのよ……かなり消耗はしてるけど、息もある」

「驚かさないでよ……それなら、安心じゃない」

「……おかしいでしょ? その、私たちはみんな……あんな状態だったのに」

「あっ――そうだわ、たしかに……」


 パーティでの回復役は、ノランが受け持っている。

 そのノランがこんな状態では、回復できる人間はいない。


「あの出血量と、残っていた傷跡からしても、自然に塞がるような傷じゃなかったからね……ここには俺たち以外に、誰かがいたんだ」


 さすがに、宝石の呪いについては説明せずに済まなかったらしく、バーニットも自分のしわざであることを察しているようだ。

 ただ、それで落ち込んだり、取り乱したりはせず、現状を受け止め、好転させようとしているあたり、やはり彼はリーダーだ。


「その人が助けてくれたんだとして……宝石も、その人が壊したのかしら」

「断言はできないけど、そうとしか思えないわ。私たちが気絶してたのは、宝石が原因か、その人が原因か知らないけど」


 宝石の呪いで意思を奪われ、本来の戦い方は見失っていたものの、フィーナたちはBランクの冒険者である。

 回復役が欠けていたとはいえ、相応の実力を持った三人を相手にし、全員を気絶させたとすれば、かなりの手練だ。


「……ともかく、いつまでもここにはいられない。ノランが目を覚ましたら、ひとまず撤退だ――宝石の話を、ギルドに伝えないと」


 そのあたりを話し合っていると、やがてノランも、苦しそうに目を開いた。

 切られた状況まで覚えていた彼は、フィーナのように警戒していたが、全員が正常であることに気づき、安堵した様子を見せる。


「すまなかった、ノラン」

「まぁまぁ、呪いならしゃーねぇよ。それより、この回復……かなり雑だな」


 おそらくは基礎の回復魔法で、簡単にしか治療できなかったはず――。

 そんな分析をしつつ、彼は自分で回復魔法をかけ直して、ようやく痛みや違和感もおさまったようだ。


「回復魔法が得意じゃなかったんでしょ」

「魔宮にくんのに、回復魔法なしはきつくねぇか?」

「魔力持ちは貴重なんだから、全部のパーティが連れてるわけじゃないし」


 そんなサーシャたちの会話を聞きながら、フィーナは自分たちを助けたパーティについて、少し考察していた。

 バーニットやフィーナを相手に立ち回れるなら、まずは前衛職がいる。

 そしてサーシャの魔法に対抗したなら、魔法職もいたのだろうか。

 それに、基礎とはいえ回復魔法を使う――。


(――――――まさか、ね)


 彼と、あのいけ好かない女の顔が思い浮かぶが、それはない。

 女の実力がいかほどかは知らないが、たったひとりで三人を相手に、全員を気絶させるなど不可能なはずだ。

 ニルスに、その補佐を求めるのも酷というもの。


(でも……たしか、ギルドでは――)


 大勢の人間が痛みにのたうち、それをニルスがやったとスタッフは説明した。

 なにをやったかはわからないが、その魔法を使えばもしかすると、三人を気絶させることもできるのではないか――。


(っ……違う、ありえないっ……やったとしても、あの女のしわざよ……それを、ニルスがやったように見せかけただけ……)


 仮面の彼が、本当にニルスとは別人だということ。

 あるいは、ニルスの本当の力に、自分が気づけなかったこと。

 そのどちらであっても、認めるわけにはいかない。


(それだったらまだ、あの女が強すぎるって話のほうが、納得できるわ……)


 そんな思考から逃れようと、広間の奥にふと目を向け――。


「…………嘘でしょ」


 フィーナの目は、その姿を捉えてしまった。


「……どうしたの、フィーナ? ノランも回復したし、そろそろ出発よ」

「見て、あれ」


 言葉少なに説明し、男たちにも伝える。

 なんだなんだと集まってきた彼らも、フィーナの示すものに気づいた。


 礼拝堂の奥、崩れた瓦礫の重なる陰に座る、あのいけ好かない女の姿に――。


     ◇


 警戒しながら近づく四人だが、フィーナの目は非常に剣呑だった。


「フィーナ、目」

「あいつが犯人かもしれないでしょっ……」

「でも、恩人かもしれないの」


 諭されて表情を戻すが、サーシャは軽くため息をついた。

 おそらく、あまり変わっていないのだろう。


 やがて四人は、あの女の傍までたどりついたが、反応は見られない。

 だが、気づいていないわけでもないのだろう。

 こちらを気にすることより、優先すべきなにかがあるのだ。

 その『なにか』への扱いを目にし、フィーナは瞳が吊り上がるのを感じる。


 あの女が膝枕しているのは、ニルスだ。


「なにしてるのよっ……んぐっ!」

「ちょっと黙ってて、お願いだから」


 サーシャに口を塞がれたフィーナを後衛に押しやり、バーニットがおだやかに話しかける。


「――あなたが助けてくれたんでしょうか、お礼を言います」

「わたくしはなにも。すべて、ニルスの手柄ですわ」


 そっけない態度で答え、あの女の手はサラリとニルスの髪を梳いた。

 やわらかく、抵抗なく指を通すあたりも、間違いなく彼の髪質だ。


「せっかく助かったのですから、さっさとお逃げなさい。いまは比較的、安全ですけれど……またじきに、魔物が増えましてよ」

「もちろん、そのつもりですが――お礼と、ここでなにがあったのかを、聞かせていただきたかったので」


 ギルドに説明するにしても、宝石がどうなったのか、どのように処理をしたのかだけは、聞いておく必要がある。

 場合によっては、同行してもらったほうがいい。

 そんなバーニットの言葉に、あの女は小さくため息をもらした。


「……義理はありませんけれど、ニルスに免じて教えてあげますわ」


 そうして、女が口にしたのは――信じがたいような、黒い宝石の真相。

 ソウルトラップと呼ばれる、聞いたこともない殺戮兵器の説明をし、ご丁寧にもその破片を見せてくれた。


「壊れた状態なら、見えますわよね。ただ、魔力も残っているようですから――そちらのあなた、魔力で視覚の補正はできまして?」

「え――いえ、わかりません……やり方を教えていただければ」


 サーシャの返事に、渋々といった様子で、あの女は簡単に説明をした。

 しばし苦戦したものの、やがてサーシャは魔力による視覚補正とやらに成功したらしく、それで宝石の破片を見つめ、目を見開く。


「な、なによ、この魔力の塊……しかも、なんて構造――」

「そうすれば、欲をださずとも見つけることは可能ですわ。ただ、入手や破壊を目的とすると、また同じことが起きましてよ」


 だから、この宝石――ソウルトラップには関わろうとするな。

 あの女は言外に、そう告げているようだ。


「で、ですが……ほかにも同じものがあるかもしれませんし、それならギルドに通達した上で、殲滅する手配をしなければ――」

「その過程で殺し合いをしたいなら、ぜひともそうしなさいな」


 あの女の冷たい言葉と一瞥に、バーニットは口をつぐむ。


「同じものは、もう存在しませんわ。仮にあったとしても、それはわたくしやニルスにお任せなさい。あなた方にできることなど、なにもなくてよ」


 三人は顔を見合わせ、同意し――改めて感謝を告げるように、頭を下げた。

 ただひとり、フィーナを除いて。


「……私からも、ひとついいですか?」

「なんですの。わたくしのニルスはあげませんわよ」

「っ……あなたはどうして、そのわけのわからない宝石の正体を知っていて、そんなに詳しいんですか」


 苛立つひと言を無視し、切り込むように問いかける。


「――それ、あなたが作ったとかじゃないんですか」

「フィーナ! なんて失礼なことを――」


 バーニットが慌てて止めようとするが、もう言ってしまった。

 ただ、あの女は気を悪くするより、むしろ愉快そうにクスクスと笑う。


「申し訳ありませんっ、仲間がまた失礼なことをっ……」

「いいえ、かまいませんわ。いかに新進気鋭の冒険者であっても、自分の見識不足があれば、むやみに他人を疑ってかかる――よい勉強になりましたもの」


 痛烈な皮肉を返され、フィーナは真っ赤になり、怒鳴り返そうとした。

 もちろん、サーシャとノランによって全力で阻止されたが。


「そ、それでは、俺たちはこれで……本当に、ありがとうございました」


 バーニットとしても、この得体の知れない女には、あまり関わらないほうがいいという判断もあったのだろう。

 フィーナを引きずるようにして、一行は足早にその場を離れるが、すでにあの女は四人を見てはいなかった。


 ただ、愛おしげに、やさしいまなざしで、膝の上の彼を――ニルスを見つめ、髪や頬を撫でている。


(っ……待ってて、ニルス……私が、絶対に助けてみせるから――)


 仲間たちに引きずられながら、フィーナはそう心に誓った。


 実は微妙に鋭い指摘。

 お嬢さまも内心では汗ダラ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ