5-幕間 フィーナと、いけ好かない女
「ぅ……くっ……」
ひどい二日酔いを思わせる頭痛と眩暈、そして全身を引き裂かれたような一瞬の痛みが走り、フィーナはゆっくりと目を覚まし、身体を起こす。
「いった……なんで、こんなとこで――そうだっ……」
石畳、それも瓦礫の上で眠っていたことに疑問を抱くが、すぐに直前の記憶がよみがえり、フィーナは蒼白になって周囲を見まわした。
「みんなはっ……まさか、私が――」
「――フィーナ、目が覚めたか!」
「えっ――」
声をかけられ、わずかに警戒しつつ振り返ると、そこにいたのは丸腰のバーニットと、倒れるノランを介抱しているサーシャだった。
「バーニット、サーシャ……よかった、無事で……ノランはっ?」
「……それが、どうにもおかしくって」
「おかしいって、どういうこと?」
覚えているかぎりでは、ノランはバーニットに切られ、かなりの出血をしていたはずだ。
その原因は呪いであり、おそらくバーニットは覚えていないのだろう。
彼の反応を見るに、サーシャもはっきりとは伝えていないように思われる。
「まさか、ノラン――」
「大丈夫よ、別に死んではいないから」
そっけなく答えるサーシャだが、目元は赤くなっていた。
目を覚まし、乾いた血だまりで倒れる彼を見たときの彼女の心境は、察するにあまりある。
「傷が塞がってるのよ……かなり消耗はしてるけど、息もある」
「驚かさないでよ……それなら、安心じゃない」
「……おかしいでしょ? その、私たちはみんな……あんな状態だったのに」
「あっ――そうだわ、たしかに……」
パーティでの回復役は、ノランが受け持っている。
そのノランがこんな状態では、回復できる人間はいない。
「あの出血量と、残っていた傷跡からしても、自然に塞がるような傷じゃなかったからね……ここには俺たち以外に、誰かがいたんだ」
さすがに、宝石の呪いについては説明せずに済まなかったらしく、バーニットも自分のしわざであることを察しているようだ。
ただ、それで落ち込んだり、取り乱したりはせず、現状を受け止め、好転させようとしているあたり、やはり彼はリーダーだ。
「その人が助けてくれたんだとして……宝石も、その人が壊したのかしら」
「断言はできないけど、そうとしか思えないわ。私たちが気絶してたのは、宝石が原因か、その人が原因か知らないけど」
宝石の呪いで意思を奪われ、本来の戦い方は見失っていたものの、フィーナたちはBランクの冒険者である。
回復役が欠けていたとはいえ、相応の実力を持った三人を相手にし、全員を気絶させたとすれば、かなりの手練だ。
「……ともかく、いつまでもここにはいられない。ノランが目を覚ましたら、ひとまず撤退だ――宝石の話を、ギルドに伝えないと」
そのあたりを話し合っていると、やがてノランも、苦しそうに目を開いた。
切られた状況まで覚えていた彼は、フィーナのように警戒していたが、全員が正常であることに気づき、安堵した様子を見せる。
「すまなかった、ノラン」
「まぁまぁ、呪いならしゃーねぇよ。それより、この回復……かなり雑だな」
おそらくは基礎の回復魔法で、簡単にしか治療できなかったはず――。
そんな分析をしつつ、彼は自分で回復魔法をかけ直して、ようやく痛みや違和感もおさまったようだ。
「回復魔法が得意じゃなかったんでしょ」
「魔宮にくんのに、回復魔法なしはきつくねぇか?」
「魔力持ちは貴重なんだから、全部のパーティが連れてるわけじゃないし」
そんなサーシャたちの会話を聞きながら、フィーナは自分たちを助けたパーティについて、少し考察していた。
バーニットやフィーナを相手に立ち回れるなら、まずは前衛職がいる。
そしてサーシャの魔法に対抗したなら、魔法職もいたのだろうか。
それに、基礎とはいえ回復魔法を使う――。
(――――――まさか、ね)
彼と、あのいけ好かない女の顔が思い浮かぶが、それはない。
女の実力がいかほどかは知らないが、たったひとりで三人を相手に、全員を気絶させるなど不可能なはずだ。
ニルスに、その補佐を求めるのも酷というもの。
(でも……たしか、ギルドでは――)
大勢の人間が痛みにのたうち、それをニルスがやったとスタッフは説明した。
なにをやったかはわからないが、その魔法を使えばもしかすると、三人を気絶させることもできるのではないか――。
(っ……違う、ありえないっ……やったとしても、あの女のしわざよ……それを、ニルスがやったように見せかけただけ……)
仮面の彼が、本当にニルスとは別人だということ。
あるいは、ニルスの本当の力に、自分が気づけなかったこと。
そのどちらであっても、認めるわけにはいかない。
(それだったらまだ、あの女が強すぎるって話のほうが、納得できるわ……)
そんな思考から逃れようと、広間の奥にふと目を向け――。
「…………嘘でしょ」
フィーナの目は、その姿を捉えてしまった。
「……どうしたの、フィーナ? ノランも回復したし、そろそろ出発よ」
「見て、あれ」
言葉少なに説明し、男たちにも伝える。
なんだなんだと集まってきた彼らも、フィーナの示すものに気づいた。
礼拝堂の奥、崩れた瓦礫の重なる陰に座る、あのいけ好かない女の姿に――。
◇
警戒しながら近づく四人だが、フィーナの目は非常に剣呑だった。
「フィーナ、目」
「あいつが犯人かもしれないでしょっ……」
「でも、恩人かもしれないの」
諭されて表情を戻すが、サーシャは軽くため息をついた。
おそらく、あまり変わっていないのだろう。
やがて四人は、あの女の傍までたどりついたが、反応は見られない。
だが、気づいていないわけでもないのだろう。
こちらを気にすることより、優先すべきなにかがあるのだ。
その『なにか』への扱いを目にし、フィーナは瞳が吊り上がるのを感じる。
あの女が膝枕しているのは、ニルスだ。
「なにしてるのよっ……んぐっ!」
「ちょっと黙ってて、お願いだから」
サーシャに口を塞がれたフィーナを後衛に押しやり、バーニットがおだやかに話しかける。
「――あなたが助けてくれたんでしょうか、お礼を言います」
「わたくしはなにも。すべて、ニルスの手柄ですわ」
そっけない態度で答え、あの女の手はサラリとニルスの髪を梳いた。
やわらかく、抵抗なく指を通すあたりも、間違いなく彼の髪質だ。
「せっかく助かったのですから、さっさとお逃げなさい。いまは比較的、安全ですけれど……またじきに、魔物が増えましてよ」
「もちろん、そのつもりですが――お礼と、ここでなにがあったのかを、聞かせていただきたかったので」
ギルドに説明するにしても、宝石がどうなったのか、どのように処理をしたのかだけは、聞いておく必要がある。
場合によっては、同行してもらったほうがいい。
そんなバーニットの言葉に、あの女は小さくため息をもらした。
「……義理はありませんけれど、ニルスに免じて教えてあげますわ」
そうして、女が口にしたのは――信じがたいような、黒い宝石の真相。
ソウルトラップと呼ばれる、聞いたこともない殺戮兵器の説明をし、ご丁寧にもその破片を見せてくれた。
「壊れた状態なら、見えますわよね。ただ、魔力も残っているようですから――そちらのあなた、魔力で視覚の補正はできまして?」
「え――いえ、わかりません……やり方を教えていただければ」
サーシャの返事に、渋々といった様子で、あの女は簡単に説明をした。
しばし苦戦したものの、やがてサーシャは魔力による視覚補正とやらに成功したらしく、それで宝石の破片を見つめ、目を見開く。
「な、なによ、この魔力の塊……しかも、なんて構造――」
「そうすれば、欲をださずとも見つけることは可能ですわ。ただ、入手や破壊を目的とすると、また同じことが起きましてよ」
だから、この宝石――ソウルトラップには関わろうとするな。
あの女は言外に、そう告げているようだ。
「で、ですが……ほかにも同じものがあるかもしれませんし、それならギルドに通達した上で、殲滅する手配をしなければ――」
「その過程で殺し合いをしたいなら、ぜひともそうしなさいな」
あの女の冷たい言葉と一瞥に、バーニットは口をつぐむ。
「同じものは、もう存在しませんわ。仮にあったとしても、それはわたくしやニルスにお任せなさい。あなた方にできることなど、なにもなくてよ」
三人は顔を見合わせ、同意し――改めて感謝を告げるように、頭を下げた。
ただひとり、フィーナを除いて。
「……私からも、ひとついいですか?」
「なんですの。わたくしのニルスはあげませんわよ」
「っ……あなたはどうして、そのわけのわからない宝石の正体を知っていて、そんなに詳しいんですか」
苛立つひと言を無視し、切り込むように問いかける。
「――それ、あなたが作ったとかじゃないんですか」
「フィーナ! なんて失礼なことを――」
バーニットが慌てて止めようとするが、もう言ってしまった。
ただ、あの女は気を悪くするより、むしろ愉快そうにクスクスと笑う。
「申し訳ありませんっ、仲間がまた失礼なことをっ……」
「いいえ、かまいませんわ。いかに新進気鋭の冒険者であっても、自分の見識不足があれば、むやみに他人を疑ってかかる――よい勉強になりましたもの」
痛烈な皮肉を返され、フィーナは真っ赤になり、怒鳴り返そうとした。
もちろん、サーシャとノランによって全力で阻止されたが。
「そ、それでは、俺たちはこれで……本当に、ありがとうございました」
バーニットとしても、この得体の知れない女には、あまり関わらないほうがいいという判断もあったのだろう。
フィーナを引きずるようにして、一行は足早にその場を離れるが、すでにあの女は四人を見てはいなかった。
ただ、愛おしげに、やさしいまなざしで、膝の上の彼を――ニルスを見つめ、髪や頬を撫でている。
(っ……待ってて、ニルス……私が、絶対に助けてみせるから――)
仲間たちに引きずられながら、フィーナはそう心に誓った。
実は微妙に鋭い指摘。
お嬢さまも内心では汗ダラ。




