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4-3 狩りの獲物


 翌朝――支度を整えた二人は、ひとまずエントランスへ戻った。

 ホールの二階部分は吹き抜け構造になっており、弧を描く形で二本の階段が伸び、二階の東側へ向かう廊下につながっている。

 どこか、童話にあるような城を思わせる構造だ。


 吹き抜けの壁際にも廊下は接しており、それが南北の棟へと続いている。

 しかし、四方棟で調べる予定があるのは、南棟の三階だけだ。

 ひとまずは城内二階、東半分を昨日と同じようにひと回りして、特に問題がなければ三階に上がり、それから四方棟へ――という流れになる。


「……あら、驚きましたわね」

 東側へ向かうと、さほど進まないうちから、冒険者のものと思われる遺骨や、ただよういくつかの魂が目についた。


「やはり一階は探索し終え、二階以上が主戦場に……いえ、それにしては――」

 リスティアがつぶやきながら目を向けるのは、横たわる遺骨だ。

 そう、遺体ではなく遺骨――放置されてから長い時間が経過したのか、肉はとうに失われている。

 少なくとも、この数日でやってきた冒険者とは考えにくい。


 鳥やコウモリの魔物がついばんだ可能性もあるが、それらは基本的に屋外を徘徊もとい飛びまわっているのか、まだ目撃できていなかった。

 代わりに遭遇したのは、一階の獣人系をふた回りほど大きな体格にした、オークやトロールといった亜人の戦士たちだ。


 緑肌のオーク、それに褐色肌のトロールは、半巨人とも呼ばれる巨体の亜人で、基本的には洞窟や、地下迷宮などの魔宮でよく見られる。

 そのほとんどが半裸に、棍棒などの武器を持っているのだが、古城の彼らは誰もが重厚な鎧をまとい、大振りの剣や斧、あるいはハンマーで武装していた。

 ただでさえ膂力のある魔物が、こういった完全武装で襲ってきたのでは、並の冒険者ではひとたまりもないだろう。


 ただ、それで命を落としたとしても、すぐさま白骨にされるように、亜人たちが死体を食すことはない。

 遺骨が散らばっているのは、やはり別の原因――時間の経過だろう。


「――ニルス、お願いできますかしら」

「はい、お任せください」

 リスティアの頼まれるより早く、ニルスは魂のひとつに呼びかけていた。


 ひとりに呼びかけると、ニルスの声が周囲にも聞こえたらしく、霊たちはこぞってニルスの問いに答えてくる。

 ニルスが介在しない状況では、霊体同士で会話することも、どうやらままならなかったようだ。

 その寂しさを解消するように、霊たちは饒舌に意思を伝えてくる。


 聞けば大半の霊は、いまより数年前くらいの、魔宮が発見されて間もない時期に、ここにきた冒険者だそうだ。

 この階で命を落とした者もいれば、三階に到達した者もいる。

 その三階に達した面々は、全員が巨大な蛇に襲われ、なんとかここまでは逃げおおせたものの、傷と毒が原因で息絶えたらしい。


「――やはり、それなりに古い死体ですのね」

 死後の目撃情報によると、何度か三階へ向かう者はいたそうだが、ほとんどが生きて戻らなかったという。

 ただ、それも直近では一年ほど前のことになり、最近では、二階に上がってくる者もめっきり減ってしまったようだ。


「あまり人が入らず、入った者は戻ってこない……だからこそ、調査クエストを頼む必要があった――まぁ、理屈としてはおかしくありませんわね」

 リスティアがあまりに強く、またニルスの魔法も強力であったため、感覚が薄れつつあるが、庭園や一階の敵も、実際には強敵だったのだろうか。


(グラスリーパーにしても、Dランクじゃ苦戦する相手だもんね……)

 入口の時点で、そんな相手が大量に発生する魔宮だ。

 最低でもCランク、欲をいえばBランク以上の冒険者でなければ、奥まで踏み入り、調査するのはためらわれるだろう。


「それで――その巨大な蛇というのは、どういう魔物でしたの?」

「……白い大蛇、だそうです」


 鱗も皮もほぼ白く、一部には紋様のように黒と黄の鱗が並び、より不気味な印象を与えていたそうだ。

 とぐろを巻いた大きさからして、全長は十数メートルほど。

 その胴回りはひと抱えほどもあったそうだが、それも一年前までの情報だ。

 ともすれば、より成長しているという可能性もある。


「それと、頭の左右に巨大な翼があったと」

「なるほど、翼蛇コウアトルでしたのね。道理で――」


 翼蛇はその字のとおり、蛇の亜種とされる翼を持った魔物だ。

 陸上はもちろん、水中を泳ぎ、空を飛ぶこともできる。

 そうした活動範囲の広さに加え、光り物を集めるという、竜種や鳥のような習性もあることから、一部では竜種と見られているらしい。


「純粋なドラゴンでないのは残念ですけれど……白い翼蛇なら、それに代わるくらいの価値はありますかしら」

 白蛇ということは、いわゆるアルビノだ。

 あらゆる種で生まれうる、特異的な肌色の個体だが、魔物の中でそうしたものは非常に珍しく、素材の希少価値も高い。


 そして――その希少価値は、通常種よりも遥かに凶暴になったアルビノ種の、狩りづらさにも起因している。


「もちろん、本物のドラゴンには劣るでしょうけれど――あなたの魔法がどれほどのものか、自覚するための試金石にはなりましてよ」


 その凶暴な、人によっては竜種とも考えてる魔物を、死霊魔法で仕留めてみせろ――という、ご主人さまからのありがたい命令だ。

 とはいえ、命令があろうとなかろうと、三階を攻略するにはどうしたって、その大蛇を狩る必要はある。

 三階に収集されていたという、宝物をあらためるためにも、階層の調査は必須――つまり、大蛇狩りも必然だ。


「ニルス、やれますわね?」

「はい――お任せください、リスティアさま」


 リスティアも言っていたように、自分の魔法がどれほどの強さを秘めているのか、それを自覚するいい機会でもある。


 ダークライトを見つけるため――すなわち、ご主人さまの力となるため。

 必ず、その大蛇は仕留めなくては――。


     …


 一部の霊を昇天させ、残る霊たちを使って二階のマッピングと、地図への書き込みを済ませ――。

 ニルスたちはいよいよ、三階層へ足を踏み入れた。


 二階の東は、南北のブロックにわかれる形になっており、どちらの側にも上階へ続く階段がある。

 調べる予定の南側をのぼると、十字に続く廊下の中央に出た。

 北側も同じだとすれば、三階の東側は、こうした十字路が続く構造となっているのかもしれない。


「迷わないよう、先にゴーストたちには調査をお願いしておきます」

「それがよいですわ。わたくしたちはこのまま、南へ向かいますわよ」


 渡り廊下は東西二箇所にあり、ここから南へ、その壁伝いを歩けば南棟へ渡れるはずだ。

 だが――歩いてほどなくして、二人は想像もしなかった状況に見舞われる。


「リスティアさま、これは――」

「足跡――としか、言えませんわね」


 廊下にくっきりと残されたそれは、ニルスの背丈ほどもあろうかという、巨大な足跡だった。

 人型のそれではなく、先端部に爪の食い込みのようなくぼみのあるそれは、とてつもなく巨大な、熊や虎などの猛獣――でなければ。


「あら、なんですの――やはり、ちゃんといるではありませんこと❤」


 見ただけで気圧される、二十メートルはあろうかという白蛇すら狩ることのできる、巨体の絶対種――竜、以外にはないだろう。

 そして、そのドラゴンは二人がしばらく進んだ先、渡り廊下とつながる位置にある、中規模の広間に居座っていた。


 こちらに気づいているのか、いないのか――それはわからない。

 ただ少なくとも、青黒い鱗をテラテラと光らせた巨体は、いまのところは獲物に夢中で、こちらを気にする様子はなかった。


「――これが、ドラゴンなんですね」


 ここが大きな城でなければ、屋内になど到底おさまらなかったであろう、高く見上げさせられるほどの巨体。

 背には翼が折りたたまれているが、それを広げれば、さらなる威圧感をもって周囲を圧倒したことだろう。


 四肢は太く、尾も長く、まなこはギラギラと凶悪な光を放ち、いまは獲物をどうやって貪ろうかと、算段しているかのようだ。

 大口を開き、白蛇の首元に咥えついた牙とあぎとは、瓦ほどの厚さ、鋼ほどの硬さはあろう蛇鱗を易々と食い破り、その命を絶えさせている。


 口元が軋むように震え、やがてゴギンッと音が響いた。

 噛みちぎられた胴体が地響きを立て、廊下に落ちる。

 竜はバリバリと頭を噛み砕くと、舌なめずりをして、そちらへ目を向けた。

 ここからがメインディッシュ――ということだろう。


「さて、どうしたものですかしらね――」

 言いながらもリスティアは剣を抜き、臨戦態勢に入っていた。


 おそらく彼女が考えているのは、こちらに気づかれないうちに襲いかかり、特殊な手傷を負わせ、捕食するか――。

 それとも純粋に戦闘を楽しむため、こちらに気づかせて真正面から切り伏せ、勝利の余韻とともに捕食するか、という選択肢だろう。


「ニルスは――心の準備がまだでしたら、下がっていなさいな」

「いえ、リスティアさま――」


 そんな算段をつけている彼女に対し、心苦しいことではあるが、彼女からのありがたい申し出に、ニルスは首を横に振った。


「申し訳ありません――この獲物、僕にいただけないでしょうか」

「――まぁ❤」


 その返事は、ニルスの従順さからも、おだやかな性格からも、リスティアの予想をいい意味で裏切ったらしい。

 振り返った彼女の顔は喜色に満ち、瞳は色香を帯びて、潤んでいる。


「ニルスがおねだりなんて、珍しいこと……ふふっ、とてもうれしくてよ」

「では――」

「もちろん、あなたに花を持たせてあげますわ」


 剣をおさめ、竜の姿がよく見える位置にニルスをエスコートし、彼女の手のひらはそっと、従者の頬を撫でた。


「さ――ご主人さまに、カッコいいところを見せてごらんなさい?」

「ありがとうございます……きっと、ご期待に応えてみせますので」


 巨大な竜はもちろん、その獲物となった白蛇の亡骸ですら、相当な威圧感だ。

 まともな人間なら、対峙するだけで自分の小ささを自覚し、委縮するだろう。

 その巨竜が巨蛇を貪る、異様なまでの食事風景を見上げながら、ニルスは心の奥底で、わずかに肩透かしのような感覚を覚えていた。


(そっか……ドラゴンっていっても、生き物なんだよね――)


 ニルスの死属性――魂に関与し、相手を殺める魔法は、肉体の強さなどはほとんど関係がない。

 自身の視覚に魔力を注ぐような形で、相手の魂を認識することでその命を、いわば剥きだしにするのだ。

 あとはそこに魔力を絡ませ、つかみ、締めつければ――。


『グッッ……ガッッ、ガアァァァァァッッッッ!』


 それだけで相手は、命を絞られるような感覚に捉われ、苦悶の叫び――あるいは、怒りの雄叫びのような声を響かせる。

 物理的な力ではないのだから、基本的に抵抗は不可能だ。


 使役の魔法に抗ったリスティアのように、圧倒的な魔法抵抗力を持つ種族であれば、あるいは可能かもしれないが――。

 竜種とて、一般的な魔物の平均にくらべれば、抵抗力は高いほうだ。

 それでも無抵抗に魂を締めつけられるのは、それだけニルスの魔力と、魔法の精度が桁違いということになる。


 もちろん、それ以外にもいくつか、即死魔法を防ぐ手段はなくもない。

 ただ、少なくとも今回にかぎっては、こちらをまるで警戒していなかった竜に、それを実行することは不可能だ。


『グッッ、ギッッ……グガッッ、ガァァァッ……』


 もしかすると、蛇の血や肉を食らったことで、その身が毒に冒されたような感覚を覚えているのだろうか。

 必死に胃の内容物を吐きだそうと、竜は巨体を身悶えさせる。

 だが、食らった血肉と自らの涎、そして胃液を撒き散らしながら――。


『ガッ……ァ――』


 やがて、魂を抜き取られた巨体はビクンッと震えたかと思うと、そのまま身体をかたむかせ、地響きとともに崩れ落ちた。

 魔法をかけて、わずか数秒のできごと――しかもそれは、ニルスが初めて竜を相手にするがゆえに、魔法の効き目を確認しつつ、緩やかに発動させたからだ。


 結論からいえば、これまでに殺めた多くの魔物と、なにも変わらない。

 同じように、その気になれば一瞬で、竜を殺せたということになる。


(僕の魔法は、竜にさえ効果がある……本当に、すごい力だ――)


 人によっては、これほど強大な力を得たことに、我を失うかもしれない。

 ニルスがそうならずにいるのは、あくまで自分はトリガーを引くだけであり――この力を行使する主体は、リスティアだと認識しているからだ。


「――終わりました、リスティアさま」

 その力の担い手、最愛の主人を振り返り、ニルスは淡々と報告する。


 代わりに発動させただけとはいえ、お褒めの言葉を期待していないかと言えば、もちろん否――期待しているに決まっていた。

 そんな浅ましい姿を見せないよう、なるべく澄ました態度を見せたつもりだが、ニルスの未熟な感情コントロールなど、彼女には通用しない。


「まったく……そんなにはしたなく尻尾を振って、恥ずかしい子ですこと」

「――――も、申し訳ありませんっ」

「ふふっ、冗談ですわ❤」

「えっ――わぷっっ!」


 コツコツと優雅に歩み寄る彼女だったが、次の瞬間には地を蹴り、飛びかかるようにして、ニルスを抱きしめていた。


「よくやりましたわ、ニルス……あなたは本当に、すばらしい従者でしてよ」

「あっ、ありっ……ありがとう、ございますっ……」


 硬い鎧越しの抱擁ではあるが、二日の野宿を経た彼女からは、いつものように甘い香りが溢れており、それがニルスの心を蕩けさせる。

 背中と腰、そしてお尻を抱きよせる手の感触もまた、ニルスを惑わすようにやわらかく、温かく、心地よく――どこまでも、官能的だった。


 ただのでかいトカゲ。

 長生きしてれば抵抗されるかも。

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