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3-幕間 フィーナと、筋の通ったシナリオ


 ニルスとリスティアが立ち去ったあと、酒場に残されていたバーニットたちは、しばし無言となっていた。


「……もう大丈夫よ、取り乱してごめん」

 ややあって、フィーナがそう口を開く。

「人目もあるようなとこで、バカなことしちゃったわね」

「……例の、い――装備が見つかってから日も浅いし、仕方ないさ」

 バーニットがそう返すと、ノランたちもそれに同意する。


「そうそう。あの仮面マスクだって、名前が一緒だったんだしな」

「意味かぶってるわよ、それ」

 そんな二人のいつものやり取りに、パーティには弛緩した空気が流れた。


「とりあえず――さっきのことは、もう忘れよう。明日からの予定について、早いところ計画しておきたいからな」

 バーニットの言葉で気持ちを切り替えた一同は、食事をしながら、古城でのクエストについて相談し始める。

 ただひとり、フィーナを除いて――。


(……あれはニルスだったわ、間違いなく)


 背丈も、髪の色も髪型も、輪郭も、声も――瞳の色も、鼻や唇の形も。

 あそこまで一致している人物が、よもや別人ということはないだろう。

 なぜ彼が、ああまで否定するのかはわからないが――。


(……はぁ、どの口が……私のせいに、決まってるじゃない)


 彼が生きていたことは、本当に喜ばしいことだ。

 けれど――そうであるからこそ。

 そして、彼のあんな態度を見せられたからこそ、フィーナは自分のおこないを後悔してやまない。


(なんで、あんな……取り返しのつかないことを、私は――)


     …


 二週間ほど前――。

 ニルスが亡くなったと知ったフィーナは、自分でも驚くくらい気落ちした。

 そうして部屋にこもり、改めて思い知った。

 自分はいまだに、彼のことが好きなのだと。


 冒険者としての成功に目がくらみ、彼との生活を自ら手放しておきながら、あまりに勝手な考えだ。

 けれど、気づいてしまったものは仕方がない。

 いや――いまにして思えば、もっと以前から気づいていたはずなのだ。


 新しいパーティに加入しての一ヶ月、たしかに冒険者としては、飛躍的な成長を遂げている。

 けれど対照的に、日々の生活は驚くほど淡々としていた。

 それなりの贅沢はできるようになったし、宿も豪華になったし、食事や嗜好品、装備なども充実はしている。

 それでもきっと、心は満たされていなかった。


 激しく昂揚する瞬間も、深く沈むようなことも、なにかに不平をもらすこともなく――思えば、長らく趣味にも打ち込んでいない。

 ただ作業のようにクエストをこなし、食事をし、補給をして眠る――そして翌朝を迎える、それだけだ。


 クエストについては、特に苦労もなかった。

 ニルスをかばいながらのクエストにくらべれば、難易度は激減している。

 クエスト自体の難易度は、何倍にもなっているにも関わらず、だ。


 当時は、低難易度であってもクエスト達成に苦労するせいで、日々の暮らしは厳しく、苛立つことも多かったように思う。

 そのことでニルスにつらく当たり、不満をぶつけたことも数えきれない。

 だが――彼が隣にいるというだけで、日々には彩りがあった。

 

 苦労したクエストをこなしたときは達成感があり、彼のねぎらいの言葉を聞くだけで、スゥッと疲れが消える。

 頼りない、けれどやさしい笑みを向けられると、甘い感情が生まれた。

 日々努力する彼を見て、自分の向上心も刺激された。

 彼の隣は居心地がよく、安心感を与えられていたように思う。


 それなのに――フィーナはいつしか、忘れてしまった。

 その彩りは当たり前のものとなり、ありがたみを感じなくなる。

 暮らしも含め、彼の凡庸さが疎ましい――。

 ふと湧いたその感情は、心を蝕み――やがて、あの日を迎える。


 彼に刺々しい言葉を向け、視線を向け、一方的に切り捨てた。

 その後の生活では、まったく彼を思いだすことなどなく――。

 成長に浮かれ、贅沢に浮かれ――。

 そうして、気づいたときには、すべてが手遅れになっていた。


 失われた――自ら捨てた彼との日々を想い、フィーナは泣き明かした。

 ニルスに二度と会えなくなるなどと、考えたこともない。

 だからこそ、それが現実となったことで、あの彩りに満ちた日々がいかに尊い、愛おしいものであったのかを気づかされる。


 泣きながらフィーナは、冒険者をやめようかとも思った。

 それを踏みとどまれたのも、ニルスの存在あってこそといえよう。


 ほかの誰が忘れようと、自分だけは彼のことを忘れない。

 そして自分が覚えていれば、その名を口にすれば、彼の存在は残る。

 自分が名を上げれば上げるほど――それこそ、歴史に残るほどの存在となれたなら、自分が語る彼の名も忘れられることはない。


 そう考えたフィーナは、冒険者としての生活を再開させた。

 同時に、ニルスの墓前でそのことを誓おうと、足を運び――そこで、重大な情報をつかむ。

 装備と一緒に発見された、水死体の年齢予測や、外見の特徴だ。

 それらは聞くかぎり、ニルスのものとは似ても似つかない。

 つまり、もしかしたら、場合によっては――。


 彼はまだ、生きているのかもしれない。


     …


 希望を見いだしたフィーナは、冒険者としての精力的な活動の合間に、あの日以降の彼の目撃情報も追っていた。

 その成果はかんばしくなかったが――だからこそ、酒場で彼の姿を見つけたときは、天にも昇るような心地だった。


(なのに――なんなの、あの女はっ……)


 派手な赤い鎧をまとい、気取った話し方をする、貴族ごっこの女――。

 フィーナの目に映るリスティアは、おおむねそういった印象だった。

 それだけであれば、フィーナもそこまで意識はしなかっただろう。

 問題は、あの女の言葉――そして、ニルスへの扱いだ。


(わたくしの、ですって? ニルスは、あなたのものなんかじゃないわっ!)


 思いだすだけで、はらわたが煮えくり返る。

 その扱いをニルス自身がいやがっていないことも、それどころか自分から従者だと発言したことも、フラストレーションの原因だ。

 だが同時に、疑問もある。

 なぜ彼は、あんな理不尽な――従者扱いをされても平気でいるばかりか、自分でそう口にしたのか。


(見たところ、冒険者パーティの仲間……っていう感じだったけど――)


 そう名乗ればいいものを、なぜ従者だと宣言する必要があるのだろう。

 いや、違う――因果が逆だ。

 従者としか名乗れないから、仲間だと名乗れなかったのではないか。


(そういえば、あの仮面も……触れた瞬間、バチッてはじかれたわよね――)


 魔宮で見つかる装備品の中には、強力ではあるが、魔力による呪いがかけられた品も多く存在する。

 その呪いにしても、無数の種類があり――中には、記憶や精神に影響をおよぼすものもあるそうだ。

 そうした情報を重ね合わせ、フィーナはひとつの結論を導く。


(洗脳――あるいは、記憶を操作されている?)


 なんらかの事情から、あの女に捕らえられたニルスは、自身の従者になるよう迫られた。

 それを拒んだことで怒りに触れ、無理やり仮面を装着させられる。

 仮面には洗脳や、記憶を操作する呪いがかけられており、ニルスの意思は現在、彼本来の制御下を離れているというわけだ。

 あの女は、そんなニルスを奴隷扱いし、無理やり連れまわしている――。


(――ありえる……というか、間違いないわね)


 そして、あの女がニルスにこだわる理由についても、容易に想像がつく。

 線が細く、いわゆる男らしいというタイプではないが、ニルスは美形だ。

 特に年上に受けるタイプなのか、ギルドスタッフの女性数名も、彼に色目を使っていた記憶がある。

 ともすれば女性にも見えかねない、そんな美少年を手元で飼っておきたいという浅ましい欲望が、あの女の本性だ。


(……許せない。あんな女のそばに、ニルスがいていいはずがないわ!)


 完璧な、一分の隙もなく筋の通ったシナリオに、フィーナは憤慨する。

 一刻も早くニルスを解放し、彼を取り戻さなければ。

 自分のおこないを詫び、誠意を尽くし、許してもらわなければ――。

 それができなければ、再び彼と暮らすことなどできない。

 彼を守ることも、二度と叶わなくなる。


(まずは呪いの解除……神代魔法の範囲かしら?)


 それらについてはノランにも聞いておくとして、場合によっては呪いに対抗するアイテムも必要だ。

 次に予定しているクエスト――古城での探索では、例の宝石を探すという目的もある。

 それがもし呪いのアイテムだとしたら、対抗する手段を探しておくことも、不自然ではないはずだ。

 また、実際に宝石が存在したなら、そこから呪いにアプローチするヒントを得られるかもしれない。


(これは、忙しくなってきたわね――)


 しかし、すべてはニルスとやり直すためだ。

 それを思えば苦もなく、思わず唇が緩んでいく。


「楽しみだな、フィーナ」

「ええ、本当に。解呪用のアイテム、たくさん探しておかないと」

 フィーナの笑みを誤解し、そう声をかけてきたバーニットは、フィーナの言葉を聞いてハッとした顔を浮かべた。


「おっと、そうだった――ノラン、そういうのはどこで手に入るんだ?」

「教会か、そこと取引きがある専門店ってとこだな。あとで寄っていくか」

 二人がそんな相談を始めたところで、サーシャが顔を寄せてくる。


「……意外。前に話したときは、乗り気じゃないように見えたのに」

 その顔には、無理をしていないかと、気遣うような色があった。

 さすがにフィーナも、わずかな罪悪感を覚える。

 まともに話を聞いておらず、自分のことばかり考えていたからだ。


「まぁ……やるからには、真剣に臨むだけよ」

 その罪悪感と、動揺をごまかすように答える。

 いずれにせよ解呪アイテムは、パーティにとっても必要だ。

 パーティのことを考えていないわけではない――自分に言い聞かせる。


「そう……まぁ悲観的には見えないし、積極的ならそれでいいんだけど」

 無理はしないでね――と。

 サーシャは今度こそはっきりと、気遣う言葉を口にした。


     ◇


 そんな相談のあと、クエストの目星をつけておこうと向かったギルドにて、一行は阿鼻叫喚の光景に遭遇する。

 苦悶にうめく数名が床に倒れ伏し、一部スタッフが介抱に走りまわる一方で、そのスタッフたちや、周囲の冒険者たちの顔色も悪い。


「これは――いったい、なにが……」

 戸惑うバーニットたちに気づき、スタッフのひとりが駆け寄ってくる。

 フィーナとしては、彼女にあまりよい印象はない。

 ニルスに色目を使っていた、女性スタッフのひとりだ。


「……なにがあったの?」

「それが……たぶん、ニルスさんが――」

「ニルスがきたのっ!?」

「は、はい……ご本人は、別人だとおっしゃってましたけど」

 聞けば先ほど、仮面をつけたニルスとおぼしき魔法使いと、派手な鎧の女性がやってきて、絡んできた冒険者を返り討ちにしたという。


「返り討ちって……こんなに大勢をっ?」

「絡んだのは、あちらのお二人です。ただ、その……ニルスさんのことを、馬鹿にするように笑った人たちがいて――」

 その全員が突然、痛みを訴えてのたうちまわる地獄のような光景が広がり、彼自身が、それを自分がやったと豪語したそうだ。


「……言っちゃなんだけど、ニルスにこんなことできないでしょ」

「そ、それはそう思いますけど……でも、強くなった可能性はあります。あのニルスさん、Bランクでしたし」

「はぁっ!?」

 スタッフの言葉に耳を疑うが、彼女の目が、嘘ではないと語っている。


(どういうこと――いえ、不可能じゃないかもしれないけど……)

 いわゆる、パワーランクアップという手法だ。

 上級者がニルスを連れて、高ランクのクエストをこなせば、自然とニルスのランクも上昇するのだから。

 ただ、そうなるとあの忌々しい女は、ニルスを連れて上級の――少なくともBランク、下手をすればAランク以上のクエストをこなしたことになる。


(そんなに強いっていうの、あの女は……ん――いや、でも……)

 あながち、不可能ではないかもしれない。

 ニルスはたしかに、たいした魔法を使うことはできないが、彼が持っている魔力量は本物だと聞いている。

 ならば、他人の魔力を利用するすべが、どこかに存在するとしたら――。

 たとえばあの女が、ニルスの魔力を使って魔法や、呪いのようなものを行使したのだとしたら――。


(あの女、帯剣はしていたけど……魔法使い? それとも、魔女ってこと?)

 魔女というのは、洞窟や屋敷風の魔宮でたまに見かけるという、自由な意思を持つ魔物の一種だ。

 魔女の多くは魔法を使うが、アイテムを介して呪いをかけることもあり、そうした効果を持つ薬品を取り扱っていたりもする。

 そう、呪いを扱う――つまり、あの女と同じだ。


(魔女――だとしたら、ニルスは魔物に……)

 相手が人間にしか見えないため、つい人間だと考えてしまったが、呪いをかけるなら魔女である可能性も十分にある。

 それを考えた瞬間、背筋がヒヤリとさせられた。

 人ならざる者の傍にいるなど、彼にとっては危険でしかない――。


「それより、フィーナさん……フィーナさん? 聞いてますか?」

「……聞いてるわよ」

「ニルスさん、カード登録も別の町だったんですけど……なにか知りません?」


 そもそも――フィーナがパーティを組み、彼を独占していたはずなのに、なぜこんなことになっているのか。

 この一ヶ月あまりで、改めて聞くことは職務上できなかったようだが、ここにきて黙っていられなくなったらしい。

 そんなスタッフの言葉を無視し、フィーナは周囲を見まわす。


「……あの鎧の女は、警戒しておいたほうがいいわ。なにか知っているとしたら、あの女でしょうし」

 さすがに、彼女が魔女であるなどという憶測は口にできないが、ニルスの異変には間違いなく、あの女が関わっていると断言できる。

 そう考えた上での警告だったが、少し突拍子もなかっただろうか。

 反省するフィーナだが、意外にも周囲の反応は悪くない。


「……そうですね。なんだかニルスさん、あの人にすごくこだわっていて……執着してるというか、そんな感じでしたし」

 なにがあったかはわからないが、あの女がなにか、ギルドにも強い印象を残したことは間違いなかった。

 このことは、フィーナにとっても追い風である。

 彼女に対する疑惑が、わずかに確信へと傾いた。


(魔法か呪いか知らないけど……待ってなさい――)

 仮面の呪いさえ解除できれば、彼を救いだせるはず――。

 あの女への不信が募るほど、それが希望のように感じられた。


 なるほど完璧なシナリオっスね―――っ

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