1-1 入水
予告編、というより導入ですね。
完成してから一括が理想ですが、もしかしたら前倒しして、キリのいいところまでは投稿するかもしれません。
そのあたりは流れで、ということで。
ジョッキ一杯の安いアルコールでは、酔いつぶれることもできなかった。
火照った頭を冷ますように、夜道をフラフラと歩いていたニルスは、やがて力尽きたようにばったりと倒れ込む。
草の匂いが顔を包み込んだその場所は、大きな川沿いの土手だった。
「はぁ……これから、どうしたらいいんだろ……」
ゴロリと仰向けに寝ころがり、夜空を見上げると、満天の星が浮かんでいる。
明日もいい天気になろうかという晴れやかな星空なのに、自分の心も未来も、かぎりない曇天しか広がっていない。
「……やっぱり、田舎に帰るしかないのかな」
このまま冒険者を続けるという選択肢もあるが、それはあまりに過酷な道だ。
現在Dランク冒険者のニルスは、ひとつ下のランク以上――つまりEランク以上の仕事しか受注できないが、D以上の難易度についていくだけの実力はない。
パーティを組めばこなせる可能性はあるが、フィーナの足を引っ張り続けた無能魔法職を、仲間にしてくれる奇特な人間はいないだろう。
逆に、Eランク以下の冒険者であれば、仲間にしてくれるかもしれない。
Eランク以下の仕事内容なら、ニルスの実力でも十分にこなせるし、彼らにとってもニルスの魔法は貴重な戦力になる。
ただ――できるのは、そこまでだ。
そのEランクたちも、いずれはDランクへ昇格し、その段階からニルスの実力では足手まといになっていく。
やがてパーティから離れるしかないニルスには、EランクやFランクの手伝いくらいしか、冒険者としてこなせる仕事はない。
実入りの少ない、そんな仕事を稼業にして生きていくなど、過酷な道と言わずしてなんと言おうか。
冒険者の基本的な仕事は、世界各地に存在する魔宮と呼ばれるダンジョンの攻略、あるいはそこから溢れる魔物の討伐だ。
ダンジョン内の魔物は強く、その討伐任務は基本的にDランク以上が受けることになり、高レベルの魔物を相手にするほど報酬も大きくなる。
また、そうした魔物が出没するエリアほど、レアなお宝も入手できるというのが相場だ。
それを相手にできる上位ランクにならなければ、冒険者として満足な稼ぎは得られず、胸を張って冒険者稼業をしているとはいえない。
Dランクのクエストにさえ苦労するニルスでは、およそ現実的ではない、はっきり言って不可能な道のりである。
「……仕方ないよね。僕には、才能がなかったんだからっ……」
夢を抱き、都会に出て冒険者となり、ひと時でも夢を見ることができた――それで十分じゃないか。
その気持ちが負け惜しみだとわかっていても、ニルスは自分に言い聞かせる。
これは、なるべくしてそうなったのだ――と。
「うんっ……帰ろう、故郷に」
典型的な地方の農村ではあるが、豊かな森も近くにあり、ニルスひとりが戻ったところで食い扶持が減るような村ではない。
その森にしても、弱い魔物や凶暴な野生動物が生息しており、そういった相手であれば、ニルスの魔法が役立つこともあるだろう。
村の一助になる技術が手に入ったと思えば、こうして上京してきたことも、けして無駄ではなかった――そう思える。
(……ううん、これも強がりかな)
そんな本音が頭をよぎるが、少なくとも小さく笑えるくらいには、絶望的な気分は晴れかかっていた。
そうと決まれば、すぐに帰郷の準備をしなければ。
ニルスはすくと立ち上がり、下宿に帰ろうと歩きだす――が。
「あっ……ちょっと、待って!」
倒れ込んだ拍子にはずれたのか、魔法の発動媒体となる大切なロッドが、ベルトからすっぽ抜けて土手をころがり落ちていく。
慌てて手を伸ばすニルスだが、身体を傾けたその姿勢が災いした。
「えっ――」
酔いのせいか、先日まで続いていた長雨のせいか。
斜面に足を取られたニルスは、土手をゴロゴロところげ落ち、声を上げる間もなく、川に身を投げだされていた。
「なっっ……んぶっっ、ぷぁっっ! そんなっ……ごぼっっ……」
そこが川岸に近ければ足がつくか、そうでなくとも岸にしがみつくことくらいはできただろう。
だが、ころがる勢いがつきすぎていたのか、思いのほか遠くへ投げだされたニルスの身体は、岸から一メートル以上も離れたポイントに着水していた。
さらに間の悪いことに、川底は急な流れに深くえぐられており、足がつくどころか、足先がかすりさえしない。
(だっ――だめ、だっ……んぐっ、うぅぅっ……)
消耗品などの道具袋を、身体にくくりつけていたのもまずかった。
服と一緒に水気を吸い、重しとなって身体を深みに沈めていく。
(い、いやだっ、こんなっ……こんな、ところで――)
助けて――そう叫ぼうと開いた口に、川の流れが容赦なく襲いかかった。
目いっぱいの水を飲まされたニルスは、声も呼吸も封じられ、視界も瞬く間に暗く染められていく。
(そん、な……ぁ――ぐっ、うぅ……)
そうして、ニルスの意識が完全に失われようとした、そのとき――。
「あら――うふふっ、これはこれは❤」
沈みゆくニルスの意識に響いてきたのは、気品のある女性の声だった。
「芳しい死の香りがすると思いましたら、とんだ拾い物ですこと」
そんな言葉と、やわらかな感触に手を引かれながら――ニルスは今度こそ、意識を闇に閉ざされるのだった。
基本的に、拾ったものは拾った人のものです。
人のいい人なら、しかるべき場所へ届けてくれます。
やさしい世界すき。