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3-5 過去からの揶揄


 ギルドに足を運んだのはもちろん、探索のついでに古城でこなせそうな、手頃なクエストを探すためだ。

 ただ、ヴェドナのときとは違い、周囲から視線が向いているのを感じる。

 仮面をつけており、装備を一新していても、髪の色や体型まではごまかしていないため、疑いを持つ人間もいるのだろう。


「え――ニルスさん、ですか……? でも、このカードは――」

 当然、受注カウンターのスタッフも、顔や名前から疑惑を持ったようだが、一緒に提示したのはBランクの登録証だ。

 しかも申請したギルドの記載がヴェドナとなっており、以前のものとは異なる。


「……別のところでも間違われましたが、亡くなった方とは別人です」

「は、はぁ……」

 そんなわけがないだろう、とスタッフの目が訴えているが無視する。

 今回は魔宮内を念入りに調べる必要があるため、どうせならと、マッピング用の調査クエストを選んだ。


 規模の大きい魔宮は、こうしたクエストでマップ情報を集め、ギルドが配布用の簡単な地図を作ることがある。

 最近の古城は、冒険者がよく足を運ぶこともあり、この機に奥の構造を調べておけないかとギルドが考え、クエストを用意したらしい。


 そうして受注証を受け取り、リスティアのもとへ戻ろうとすると、ヴェドナでのように――けれど今度は、ニルスのほうに冒険者が絡んでくる。

「よう、ニルスじゃねぇか……まだ王都に居やがったんだな?」

「しかもBランクのカードたぁ、どんな手ぇ使いやがったんだか」


 以前から、フィーナとニルスの実力差を指摘して揶揄し、馬鹿にする態度を取っていた連中だ。

 とはいえ、別人を名乗るいまのニルスが、反応するわけにはいかない。


「――お待たせしました、お嬢さま」

 彼らを無視し、ご主人さまのもとへ戻ると、早急にギルドを離れようと促す。

 けれど――しつこい男たちは下卑た笑いを浮かべ、ニルスにつきまとった。


「なんだ、また新しい女を引っかけたってことかよ」

「なるほどなぁ? この女に寄生してBランクに上がったわけだ、寄生虫が」

 大声で男たちが指摘し、笑い声を響かせると、周囲で静観していた幾人かの冒険者も、それを聞いて嘲笑をもらす。

 やはりあれは、落ちこぼれのニルスなのだ――と。

 そんな声にもニルスは、変わらず無視を決め込んでいたのだが――。


「――すごいですわね、言葉を発する汚物を飼っていらっしゃるだなんて。さすがは王都のギルド、ひと味もふた味も違いますこと」

(リスティアさまっっ!?)


 冷ややかな声を響かせるのは、麗しのご主人さまだった。


「……汚物ってなぁ、誰のことだ?」

 ニルスに絡んでいたひとりが、そう言ってリスティアを睨むが、人間の男に威嚇されたところで、彼女が動じるはずもない。


「失礼――寄生虫未満の存在を思いつかず、そう表現しましたの。もちろん、汚物に対しても失礼だとは思っていましてよ。あなた方は、それ未満ですもの」

 言いながら彼女は、ハンカチで鼻先を押さえる。

「とりあえず――汚臭が不快ですし、口を開かないでいただけますこと? 鼻もですけれど、耳も汚れてしまいそうですの」

 そう口にし、ハッとした様子で彼女は目を見開いた。


「あら、また失礼を――この言いまわしでは、汚物には理解できませんわよね」

「てめぇ――ふざけんじゃねぇっ、このクソ女がっっ!」


 沸点の低い男が激昂し、リスティアにつかみかかろうとする――刹那。


「――お嬢さまに触れるな、ゲスが」

「あぁ? 寄生虫は黙って――あぎっっ、いぎぃぃぃっっっ!?」


 ニルスは彼らの魂を魔力で締め上げ、死にたくなるほどの激痛を送り込む。


「ぐがっっ、があぁぁぁぁぁっっ!」

「なっっ、あがっ、なんっっ、ぎぁぁぁぁぁっっ!」

 叫ぶのは二人だけでなく、ニルスを嘲笑した人間すべてだった。

 男も女もなく、大勢の冒険者がのたうち、悲鳴を響かせる。


 その痛みを十秒ほど続け、全員が息をするのもやっとという状態になり――。

 それを見ていた、無関係な冒険者やスタッフたちが、顔を青ざめさせるのを見届けたところで、ニルスは告げる。


「……今後、お嬢さまに無礼を働く者がいれば、同じ目に遭わせます」

 数名のスタッフが、お嬢さまの暴言が原因では――とでも言いたそうだった。


「お嬢さまは、めったなことではあのようにおっしゃいません。それが、これほど機嫌を損ねられた――原因は明白かと」

 被害を受けていない人間たちも含め、全員が目をそらす。

 苦悶にのたうちまわった面々の共通点は、なんだったのか――。

 ニルスを侮辱したことが引き金だったと、誰もが瞬時に察した。


 なにをしたかはわからないが、少なくとも――仮面の男が、なにかをしている。

 彼がニルス本人かは不明でも、同じように扱うのはまずい――と。

 その噂は今後、彼らの口を通して広がっていくだろう。

 恐怖と好奇の混じった視線が、なおもチラチラと向けられているが、それらを視線で牽制し、ニルスはリスティアに頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。僕の不手際で、不快な思いを――」

「ええ、まったくですわ」

 彼女が、ニルスのミスをはっきりと指摘するのも、珍しいことだ。

 失望させてしまったかもしれない――そんな恐怖にすくみながら、ニルスは懸命に声の震えを抑える。


「今後は、先手を打って対応します……二度と、こんなことには」

「本当に、そう願いますわよ――わたくしの、大切なニルス?」


 その言葉は、先のニルスの発言を裏付け、今後の侮辱を牽制する宣言だった。

 仮面の男が、なにかおかしな力を持っているのは間違いなく、その男があの令嬢に仕えている――。

 その事実さえ広まれば、よほどおかしな人間でもなければ、この惨状を招くような下手は打たないだろう。


「では、みなさま――ごきげんよう」


 マントをつまみ、ひるがえし、ざわめきすらなくなったギルドから、堂々と立ち去るリスティア。

 それにニルスが続き、二人の姿が視界から完全に消えるまで――。

 ギルドに残った人間は、ひと言も発することができなかった。


     …


「――本当に、申し訳ありませんでした」

「もうよくてよ……今後は、自分に向けられる悪意にも対応すると誓うなら、問題はありませんわ」


 ギルドを離れ、古城に向かおうというところ――いや、その準備をしに向かうところだろうか。

 その道中、ニルスはしょぼんと肩を落とし、リスティアに詫びていた。


「でも、よくって? あなたが辱められるということは、その主であるわたくしを辱めるも同じ――従者として、主の品格を下げてはなりませんわよ」

「はい、肝に銘じておきます」


 めったに怒らない彼女を怒らせてしまった、その後悔から必死に許しを乞おうとするニルスに、リスティアはここぞとばかりに教えを説く。

 ニルスはもちろん、それを真剣に、忠実に聞き入れているのだが――。


(はぁ……叱られて落ち込むニルス、かわいすぎますわ❤)


 裏でご主人さまがそんなことを思い、悦に入っているなどという事実は、知るよしもなかった。


 どこかで見たのと同じ展開……妙だな。

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