2-幕間 フィーナの復帰と、宝石の噂
フィーナがニルスの死を知って、十日ほどが経っていた。
立ち直るのに一週間を要し、仲間にも迷惑をかけてしまったと反省するフィーナだが、その後の活躍は以前にも増し、より精力的にすらなっていた。
「フィーナ――はりきるのはいいけど、動くのは久しぶりなんだから。様子を見ながら、ゆっくりとで頼むよ」
「ええ、わかってるわ――でも大丈夫よ。休み明けだからか、調子もいいし」
悲壮感すら漂う必死の奮闘は、見る者をも戦慄させる迫力があったため、バーニットたちはよけいに、フィーナの憔悴を心配している。
すでに事情を知ってしまっている彼らも、間接的にとはいえフィーナとニルスを引き離した一端を担っているため、罪悪感がなくはなかった。
「まぁ――とりあえず、これで今日の仕事は終わりだろ」
ノランが前衛二人の回復を済ませつつ、周囲を見まわす。
「そうね。さすがにBランクのクエストは、少し疲れたわ」
サーシャはそう言って、討伐したばかりの魔物から、角を切り取っていた。
フィーナの復帰直後ということもあり、ひとつ下のクエストで肩慣らしをしてから、初めて臨んだBランクの依頼だ。
想像していたほどの歯ごたえはなかったが、Cランクほどぬるいわけでもない、まさに実力に見合った仕事といえる。
「――でも、まだまだよ」
ノランに治療の礼を言い、武具の傷みを確認しながら、フィーナはつぶやく。
「もっと仕事をこなして、名前を上げないと――」
どこか鬼気迫るフィーナの反応に、バーニットはよからぬものを感じる。
「フィーナ……そんなに無理して、急ぐようなことじゃないと思うぞ」
「ん? ええ、わかってるわよ」
思わずそう声をかけてしまうが、意外にもフィーナの反発はなかった。
「……もしかして、私が死にたがってるとか思った?」
「そ、そんなことはないけど……ほら、がんばりすぎてるのが心配でさ」
図星を突かれたことをごまかせない、そんな素直な反応が誰かに似ていて、フィーナはフッと唇を緩める。
「大丈夫、死んだりしないわ……死ぬわけにはいかないもの。仕事はしたいけど、別に無理をしたり、それを強制したりするつもりもないから、安心して?」
そう、死ねば名を上げることは叶わない。
だからこそ、一歩一歩は着実に――けれど、歩みは止めない。
「――私たちは絶対に、Sランクまで上がる。それを証明したいだけよ」
決意を秘めたフィーナの瞳に、三人は息を呑む。
やはりどこか、思いつめた雰囲気はあるが、自暴自棄という様子ではない。
前向きな必死さ、とでもいうべきだろうか。
危うい感覚もなくはないが、このままパーティから抜けるのではないかと心配したときにくらべれば、いまのほうが幾分か余裕があった。
「ああ――そうだな、これからもがんばろう」
ならば、この雰囲気を壊さないほうがいい。
もしフィーナが危ないようなら、それは自分がフォローすればいい。
彼女の――亡くなった元恋人の代わりに。
そんなバーニットの言葉に、ノランとサーシャも同意を示していた。
「とはいえ――さすがに今日のところは、帰って休みたいけどな」
「私も。だいぶ魔力も消耗しちゃったし」
その申し出には、フィーナとて異論はない。
「わかってるってば。私もお腹空いたし、早いところ帰りましょ?」
フィーナがそう返したことで、ようやく少し、張り詰めていた空気が弛緩した。
…
ギルドでの報告を終え、酒場に向かった一行。
王都にはいくつも酒場があるが、このギルド本部近くの酒場は、やはりひときわにぎわっているように感じる。
そんな酒場に――というよりは、この王都に。
一ヶ月ほど前からだろうか、じわじわと広まりつつある、奇妙な噂があった。
…
「――魔性の宝石?」
ミートパイを飲み込み、フィーナが問う。
王都のレシピはオーソドックスなタイプであり、野菜多めになる故郷の味が好みなフィーナにとっては、実は少し重たかった。
「ああ。ギルドでも噂になってたから、ちょっと聞きだしたんだが――」
ノランがそう言って、自慢げに語りだす。
北部にある魔宮、古城と呼ばれる廃城のダンジョンにて見つかったという、真っ黒で神秘的な宝石の話だ。
しかしそれは、妖しいまでの魅力と輝きを放ち、見た者を狂わせる――。
「だから魔性?」
「うさんくさい……」
サーシャがあきれたようにつぶやくのを聞いて、ノランは慌てる。
「そ、それだけじゃないって! ここからが本題なんだけどな――」
その珍しい宝石は、目撃談こそあれど、持ち帰った者はいない。
なぜなら、発見したパーティはその魅力に取りつかれ、宝石を独占しようと奪い合い、やがてはそれが殺し合いにまで発展するからだ。
「……なら、生き残った人が持って帰ってるはずじゃない?」
「ドライすぎるだろ! いや、それはもっともなんだけど――」
恋人の反応に戦慄しながら、ノランは続ける。
「ひとりが生き残って、その宝石を回収しようとするだろ? だけど、そのときにはもう、宝石は影も形もなくなってるんだとさ……」
まるで宝石が意思を持ち、人を狂わせるためだけに姿を見せ、その命をもてあそんでいるかのように――。
そうノランが締めくくると、仲間たちは息を呑む――なんてことはない。
「――で、それは誰が伝えた話なの?」
「そこだよな。生き残った人が、自分の仲間殺しを喧伝するわけがないし」
「仮に目撃者がいたなら、その人が宝石に魅入られなかった理由もわからない」
等々、けんもほろろな反応だ。
「お前らなぁ! そこにロマンを感じねぇのかよ!」
「え、ロマンのある話だったの?」
「てっきり、怪談話だったのかと……だから噂になってるんだとばかり」
女性陣の冷静な反応に、ノランはがっくりと肩を落とす。
「まぁまぁ……でもたしかに、実際に宝石があったらって考えると、おもしろそうな話ではあるかな」
バーニットは苦笑しつつも、唯一の男として、ノランに味方をするようだ。
「だろっ? 俺はそういう反応が欲しかったんだよ!」
わかってくれたか、とばかりに彼の肩をバシバシと叩く。
「そうね――クエストの行き先を選ぶとき、ほかに決め手がなかったら、判断材料にしてあげてもいいかしら」
「お前の反応は、俺が欲しいやつと違う……」
「なによ、めんどくさいわね」
つれない反応のサーシャではあるが、ノランとの仲は良好だと聞いている。
そんな二人を見ていたバーニットは、ふと思いつき、口を開いた。
「あるかどうかはともかくとして――次の仕事は古城のクエストにして、宝石探しでもしてみないか?」
「えっ……ちょっと、本気にするの?」
すぐに反応し、気が向かないそぶりを見せたのはサーシャだった。
しかし、そんな彼女の脇腹をトンと小突き、ノランが目配せする。
「おおっ、それでこそバーニットだ! わが友よ!」
「いや、大げさすぎるよ……物の試しっていうだけだからな」
「ま、まぁいいんじゃないかしら。興味があるなら、宝石が見つかったときは、バーニットにあげるってことで……」
ノランの意図を察し、サーシャがやや棒読み気味にそう告げる。
「いいのか? 貴重な宝石になると思うけど――」
「別に、私は貴金属に興味ないから」
実際、ノランがサーシャに渡すプレゼントは、彼女の要求もあって、アクセサリー類などより、魔法の書物が多いと聞く。
「おお、ナイスな提案……さすが、俺の愛妻――」
「まだ結婚してない!」
ベチンと顔をはたいて口を塞ぐサーシャだが、まんざらでもないのは、赤くなった顔からも明らかだ。
「はは……で、フィーナはどうかな?」
「……三人が言うなら、特に反対はしないわ。でも、噂が本当だった場合を考えるなら、警戒はしておくべきだと思う」
冷静な見解を伝えるフィーナの言葉に、バーニットも神妙にうなずく。
かくして話はまとまり、簡単な打ち合わせが進められるのだが――フィーナはもちろん、三人の意図には気づいていた。
バーニットはおそらく、宝石をフィーナに贈るつもりでいる。
そして二人は、その応援をしているわけだ。
(……もう、そういう気にはなれないんだけど)
アプローチを受けるつもりはないが、なにもされていないのに水を差すのは、どこか自意識過剰なようで気が引ける。
(まぁ、どうせ――そんな宝石なんて、あるはずないか)
フィーナとしては、気づかないふりをしておくのが、無難な選択だった。
【朗報】バーニット氏、告白前の失恋を回避
なお、成就の見込みは薄いもよう。




