2-5 黒い宝石の噂
ドギドの三つ首を引き渡したことで、ニルスのランクはBとなった。
実際はCくらいだろうと思っていただけに、その昇格は少々意外である。
とはいえこちらに異存はなく、Aランクのリスティアに次ぐランクになったというのは、従者的にもポイントが高かった。
ちなみに、聞きもしないのに教えてくれたスタッフ情報によると、受注時に遭遇したトラブルを、瞬時に解決したことが決め手になったらしい。
リスティアに絡んでいた三人がCランクだったため、それを一蹴したニルスが同格では、ギルドの査定が問題視されかねないという意図だ。
(Bランク……こんなに、あっさり――)
かつての停滞が嘘のような急上昇だが、それだけ死霊属性の魔法が強力だったという証左でもあった。
才能を見いだしてくれたリスティアたちには、本当に感謝しかない。
「――よかったですわね、ニルス。わたくしも鼻が高くてよ」
酒場のテーブルにて、リスティアが微笑んでグラスを傾ける。
店で使われる木のジョッキではなく、彼女の私物――マイグラスだ。
中の液体が、普通のワインにくらべて赤く見えるのは、気のせいだろうか。
その真っ赤な液体を口にし、リスティアが赤みの差した顔を向ける。
「お好きなものを頼みなさいな。ささやかですけれど、お祝いですわよ」
「あ、ありがとうございます……では――」
同じものを――と頼みたいところだが、正体不明の飲料は頼みづらい。
そのため食事を――王国の定番メニューである、ミートパイを頼む。
ひき肉とタマネギを炒め、パイ生地に包んで焼いた、王国民のソウルフードとでも言うべき料理だ。
地域によって味に違いがあり、ヴェドナのレシピは、特産のトマトをたっぷりと使ったソースを、炒める際の味付けに加えるというもの。
ニルスの故郷であるカイナ村では、山間部の農村ということもあって、肉少なめ野菜多め、隠し味に刻みニンニク、というアレンジだ。
注文を済ませ、そんなことを思いだしていると、少し離れた隣のテーブルから、やけに大きな声が聞こえてくる。
ボリュームを気にしてか、リスティアはそちらをうかがっていた。
「お嬢さま、僕が――」
注意してきましょうか、と。
そう言いかけたところで、彼女はチラリとこちらを見やり、唇に指を立てる。
静かに――つまり、会話を聞けということだ。
ニルスがそれにならうと、たしかに、興味深い話題が聞こえてくる。
「だーかーらー、マジらしいんだって! 王都の北にある魔宮でよぉ――」
「ああ、古城だろ? でもいままで、そんな話聞いたことねぇぜ?」
「だいたいなんだよ、真っ黒に光る宝石ってよぉ?」
「黒いのか光ってんのか、はっきりしろや!」
「っていうか、ただの石じゃねーの?」
酔っ払いがクダを巻いていることもあり、すぐに話題はそれてしまったが、二人にとってはそれだけで十分だった。
黒く光る宝石――鉱石ではないようだが、黒く鈍く光るというダークライトであれば、見ようによっては宝石にも見えることだろう。
「……聞きましたわね?」
「はい――どうしましょう、詳しく聞きだしますか?」
そう口にしたものの、ずいぶんと酔いが回っている様子の彼らと、まともな会話ができるとは思えない。
「……そう、ですわね……いえ――」
それを気にしてか、リスティアもわずかに逡巡してから、首を振る。
「――王都に向かいますわ。そのほうが、確実な情報が得られるでしょうし」
そもそもの予定からしても、ヴェドナでの調査を終えたら、いったん屋敷に帰る計画ではあった。
王都はそこから一時間前後という距離にあり、逆に都合がいい。
「かしこまりました。では、すぐに帰りの支度を――」
馬車や食料の手配のため、立ち上がろうとする。
そんなニルスの袖を、リスティアの指がキュッとつまんだ。
「あの、お嬢さま――」
「手配は明日でかまいませんわ。それより、もう少し座っていなさい……今日は、せっかくのお祝いですのよ?」
「お祝い……いえ、お嬢さま。冒険者ランクのことなら、特には――」
「いいから――お座りなさい、ニルス?」
有無を言わせぬ笑顔の圧に、ニルスはスッと腰を下ろす。
そこへ注文の品が届き、芳醇な香りで食欲を誘った。
「あら、とってもおいしそうですこと――はい、あ~ん❤」
「あ、あの、おじょ――」
「あ~ん、ですわ❤」
「……い、いただきます……あむ……」
お嬢さまの手ずからフォークで運ばれたパイが、口の中でホロリとほどける。
けれど残念ながら、その味を堪能することはあたわない。
なぜなら――。
「ふふ……お味はいかが?」
ご主人さまからの給餌という幸せで、味蕾は支配されていたから――。
二章エピローグっぽい形なので短め(ただの配分ミス)。




