2-2 鉱山都市ヴェドナ
それから三日ほどをかけて、二人は鉱山都市ヴェドナに到着した。
かつては栄えていただけあって、城壁に囲まれた大きな町ではある。
ただ、町のあちこちが閑散としていたり、城壁に崩れかかった部分があったりと、鉱山資源の枯渇による衰退は、随所から感じられた。
そんな衰退期の町ではあるが、魔宮が見つかったことは、景気的にもプラスに働いているらしい。
ギルドが配置されたことで冒険者が集まり、彼らを対象にした商売人が集まり、ギルド付近を中心に活気が戻りつつある。
さて、そのギルドにて――。
クエストを受注するかはともかくとして、魔宮に入るためには、ニルスも冒険者として再登録しなければならない。
それ自体はさほど時間もかからず、新しいFランクの登録証は無事に発行されたのだが――。
「……おい、あれ見ろよ……マスクなんてつけて、気取ってやがるぜ……」
「あっちの姉ちゃんも、すげー鎧だな……真っ赤じゃねーか」
装備品のせいか、二人は異常なまでに目立っていた。
ニルスは仮面によって。
リスティアは容貌と、その派手なカラーリングの鎧によって。
銀と、特殊な赤い鉱石を混ぜ込んだというその鎧は、いわゆるプレートアーマーに類するデザインだろう。
いくつかのパーツをはずし、下半身を中心に重量感を取り除いてはいるが、首回りや胸元、四肢の関節部分などはしっかりと守られている。
その少なくない板金が、どれも鈍い赤色に輝いているのだから、遠巻きに見ても目立って仕方がない。
ただ、リスティア自身はまったく気にしておらず――。
またニルスにしても、リスティアほど美しい令嬢が目立つのは、至極当然の結果と考えていた。
ゆえに二人は視線を気にせず、クエスト受注の相談を始める。
「どうしましょうか。これで受注しなくても、中には入れますけど――」
「せっかくですし、なにか受けておきますわよ。ニルスだって、さっさと昇格してしまいたいのでしょう?」
「そうですね……お嬢さまのお傍にいて、恥ずかしくないくらいには」
不服そうな目を向けられるのは、名前を呼ばなかったからだろう。
リスティアの名をあまり知られないよう、人前では彼女のことを、お嬢さまと呼ぶようにしている。
なにしろ彼女は、Aランク冒険者だ。
鎧や容貌で目立つのはともかく、名前と冒険者ランクが広まってしまうと、いらぬ注目を集め、動きにくくなるかもしれない。
「……二人きりのときは、ちゃんと名前で呼ぶのですわよ?」
「も、もちろんです……」
ものすごく不満げに睨まれはしたが、ひとまずは納得してくれたようだ。
そうして気を取り直し、依頼にあるクエストを確認する。
基本的に、そのランクのクエストは、そのランクの冒険者のものである――というのが、ギルドの方針だ。
たとえばEランクやFランクの依頼を、Cランク以上の者が占有することになってしまえば、新人たちはたちまち干上がってしまう。
ゆえに、受注できるクエストは自身のひとつ下のランク以上、というルールが制定されていた。
リスティアの場合は、Bランク以上のクエストにかぎられる。
ただしこれは、彼女ひとりで受注する場合であり、ニルスとパーティを組むのであれば、どれを受けても問題はない。
上級者が新人をフォローすることは、禁止されていないからだ。
ただし、実力がともなわないままに昇格してしまうと、高ランク依頼はこなせず、低ランク依頼は受注できないという、冒険者として詰んだ状態になる。
そのため上級者のフォローも、やりすぎないよう注意が必要とされる。
仮に、ここでAランクのクエストなどを受注して、まかり間違って達成してしまおうものなら、一気にBランクくらいまで上がりかねない。
いや、まかり間違ってという言い方は不適切か。
なにしろリスティアは、Sランク討伐クエストの対象であるデュラハンさえ従える、影騎士という超越者だ。
Aランク程度のクエストであれば、ひとりでも問題なくこなすだろう。
お嬢さまの隣に並び立ちたいという願望はあるが、それを彼女のおんぶにだっこという形で達成するのは、さすがに体裁が悪すぎる。
せめてソロでこなせる依頼で昇格できなければ、リスティアの従者だと、胸を張る気にはなれなかった。
(それなら――鉱山内で終わる仕事が無難かな?)
魔宮とつながった影響か、鉱山内にも魔物がはびこっているという。
しかし魔宮の奥とは違い、低級のアンデッドしかいないらしく、ニルスひとりでも問題なく処理できるだろう。
リスティアの目的は魔宮を調べ、ダークライトを見つけることであり、クエストはついでなのだから、無理をしても仕方がない。
そう思い、ニルスはDランクの依頼書に手を伸ばすが――。
「――では、これにしますわよ」
「お嬢さまっ!?」
リスティアが手にしたのは、Aランク相当の討伐依頼書だった。
情報によると、鉱山奥でつながっている魔宮は、墳墓型の魔宮らしい。
そのため内部にはアンデッドモンスターが徘徊しており、最奥にはやはり、強力な魔物が出現する。
討伐対象は、その最奥の魔物――三つの首を持つ魔獣のゾンビということだ。
「お嬢さま、それは――」
「どうせ魔宮まで行きますもの。ついでなら、このくらいが適切でしてよ」
それに、とリスティアは自信たっぷりに笑う。
「あなたの力なら、そこらのアンデッドなど敵ではありませんわ。それをたしかめる、よい機会ではなくて?」
彼女の指摘は、完全に正しい。
リスティアやデューラ――つまりは、影騎士やデュラハンの動きさえ制限する魔法が、それより劣るアンデッドに通用しないはずがなかった。
また、同程度の魔法という意味なら、対象の命を奪う魔法も、アンデッド使役と同じくらいたやすく発動できる。
命のある相手、あるいはアンデッドであれば、ニルスの敵ではない。
自分の身で確認したからこそ、リスティアはそう確信しているのだ。
それはニルスにもわかる、けれど――。
「――それほどまでに、傷が深いのですわね」
「えっ――」
わずかに逡巡したニルスを、リスティアがジッと見つめる。
「周囲から追い詰められ、パートナーに切り捨てられ……そんな現実において、自信を保つことが難しいのは理解しますわ。ですが――」
依頼書をニルスの胸に押しつけ、彼女は声高に告げた。
「そのことは、もう忘れろと命じましたわ。あなたが考えるべきは、己の保身ではなく――わたくしのために力を振るい、尽くすことではなくて?」
「それは……」
すぐには答えられず、ニルスは依頼書を支えるようにつかむ。
それを承諾と受け取ったのか、リスティアは満面の笑みを浮かべた。
「わたくしが欲しいのは、己に見合った働きしかしない従者ではなくてよ。わたくしのためなら、どんな相手にも挑みかかる――愚かなまでの妄信者ですわ」
背中にそっと手を添えられ、受付のほうへ押しだされる。
「主に従い、身を投げだし、命を捧げ――それすら幸福に思える、忠臣を迎えたつもりですの。まさか、わたくしの慧眼を疑いませんわよね?」
わたくしのために死になさい――と。
宣告するような囁きが、なによりの口説き文句に聞こえた。
「ほら――受注していらっしゃい。魔獣のゾンビを、狩りに行きますわよ?」
「――――はい、お嬢さま」
お嬢さまに身を捧げると決めたはずなのに、いまだに自分を捨て切れていなかったことに気づく。
自分ひとりでも、無難に仕事をこなせる――その働きを見てもらおうなどという、浅ましい願望を抱いていたようだ。
主に仕える身でありながら、なんという不忠だろう。
(どんな結果になっても、僕は――お嬢さまの言葉に従うだけだ)
先ほどまでの迷いを捨て、ニルスは堂々と依頼書を差しだした。
「これ、お願いします」
「はい、お手続きしま――えっ!?」
受注カウンターで、依頼書を受け取ったギルドスタッフが目を見開き、ニルスと依頼書を交互に見くらべる。
なんと言って止めるべきか、考えているのだろうか。
「大丈夫です。Aランクの方と、一緒ですから」
「は、はぁ……?」
リスティアの顔と名前、それにランクについては、そこまで広く知れわたってはいないようだ。
ただ、それが事実だとしても、新人がこういう形で実績を上げることを、ギルドは推奨していない。
止めるべきか、否か――。
スタッフはしばし悩んでいたようだが、結局は手続きを済ませた。
当然だろう。
無謀な新人は毎年、必ず何名かは現れ、命を落とす。
それをいちいち止め、説得していたのでは、業務が滞って仕方がない。
「それでは、こちらが受注の証明になります。対象の身体の一部――ゾンビの場合は、首をお持ち帰りいただくことになりますが、大丈夫でしょうか?」
「はい、かまいません」
対象のサイズによるが、魔獣の首ならひと抱えほどはあるだろう。
首の場合は木桶などに入れるのが普通で、周辺の店にも置いてあるらしい。
出発前に買っておこう――。
そんなことを考えながら、ニルスは受注証を受け取り、リスティアのもとへ戻ろうとする、と――。
「いい鎧だなぁ、姉ちゃん。ひとりかい?」
「さっきのガキがツレ――なんてこたぁねぇよなぁ?」
「俺たちと組まないか? そうすりゃ、おいしい思いさせてやるぜ――」
依頼ボードの前に立つリスティアと、彼女に声をかけている数名の男たちが目に入った。
男のひとりはあろうことか、リスティアの腰に手を回そうとしている。
それを目にした瞬間、全身の血が熱く滾るのを感じた。
「――お嬢さまに触れるな」
「あぁ? なんだてめ――いっぎぃぃぃっっっ!?」
足早に歩み寄るや否や、ニルスはリスティアの手を取り、背後にかばう。
同時に、視界におさめた三人に、魔法を発動させていた。
対象の魂に魔力で触れ、命を奪う――もしくは、激痛をもたらす。
本人以外が魂に干渉するその魔法を、魂穢といった。
「な、なんだっ、あがっっ! ぐあぁぁぁっっ!」
「いだいっっ、だぁぁっっっ!」
床にのたうちまわり、悲鳴を上げる冒険者たちを、ニルスはどこまでも冷たい目で見下ろす。
その様子に、クスリと唇を緩めたリスティアは、ニルスの頬を撫でた。
「――もうよくてよ、ニルス。許しておあげなさい」
「はい、お嬢さま」
その途端、冒険者たちを襲っていた痛みはなくなったが、それまでのダメージが消えるわけではない。
彼らは床に突っ伏したまま、怯えた目でニルスを見上げている。
「――またお嬢さまに近づくようなら、この程度じゃ済まさない。痛い目に遭いたくなかったら、すぐに消えろ」
その言葉と同時に、わずかな痛みを彼らの身体に走らせた。
「ひっっ……ひいぃぃぃっっっっ!」
それが合図となったように、三人は跳ね起きると、ころがるようにギルドを飛びだしていく。
シンと広がる静寂の中、周囲からは驚愕の視線が向けられていた。
けれどニルスは気にすることもなく、リスティアの安否を気遣う。
「……お嬢さま、触れられてはいらっしゃいませんか?」
「ええ、これっぽっちも――上出来でしてよ、ニルス」
そんなニルスの髪を撫で、リスティアは甘く微笑んだ。
「あなたを供にして、正解でしたわ……これからも、その調子で励みなさいな」
「――はいっ、仰せのままに!」
令嬢の言葉ひとつで、過去に失われた自信が満たされていく。
我ながら単純だと思いながら、それでも、彼女にかけられる言葉のひとつひとつが、この上なく誇らしかった――。




