0 パーティの解散、恋人との別れ
新企画ですが、今回はまだ未完成ということで、予告編のような形で二話だけ更新です。
来月には完成させ、一括投稿いたしますので、先を早く見たいと思われた方は、コメント等で存分に煽り倒してくださいますようお願いいたします。
※上記はアップ時のもので、現在は完結まで上がっています。
※とはいえ少し中途半端かなとも感じているため、余裕があれば続きを加筆したいという願望もあります。
酒場の活気は、いつもと変わらなかった。
あちこちの席で冒険者たちが飲み食いし、今日の成果や明日の計画について、愉快そうに語り合っている。
そんな活気の中、ニルスの座るテーブルだけは、葬儀のように暗かった。
ニルスだけではない、向かいに座る恋人――幼なじみのフィーナの表情も雰囲気も、どこか陰鬱としている。
「――私たち、もう終わりにしましょう」
その雰囲気も、この言葉を口にするためだったのだとしたら。
そう考えると、ニルスは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
…
ニルスとフィーナは同じ村の出身で、二年前から冒険者として活動している。
右も左もわからぬ都会で、あこがれの冒険者としてギルドに登録した当時は、二人とも将来を嘱望されていた。
シールドスキルにおいて先天的な才能があったフィーナは、盾騎士として当時から一線級の力を持ち、現在ではその名が広く知れわたっている。
対するニルスは、魔力において比類なき能力を見いだされていた。
火、水、風、土という四属性の魔力に加え、神代魔法と呼ばれる、治癒を扱う回復の魔力まで所持しており、その魔力量も桁違いだという。
ただでさえ、魔力のある冒険者は貴重だというのに、四属性と回復までこなせるとあって、いくつものパーティがニルスをスカウトしようとこころみた。
けれど、ニルスは首を縦に振らなかった。
自分はフィーナとパーティを組むから、と。
以来、臨時のメンバーを加えることはあったが、基本的なメンバーは互いだけというパーティ構成で、二人の冒険者生活は始まった。
いくら才覚に恵まれていようと、駆けだし冒険者はFランクから始まる。
同ランクのクエストを何度か成功させ、各ランクで設けられる昇格試験のようなクエストを達成するか――。
あるいは、ランクに見合わぬほどの高難易度クエストを達成することで、ランクは上がっていく仕組みだ。
成功回数を稼ぐことも、昇格試験自体も、けして楽なものではない。
高難易度クエストの達成など、言わずもがなだ。
向いていなかった者が早めに見切りをつけられるように、ということなのか。
初心者卒業とされるEランクへの昇格も、通常なら一ヶ月はかかる。
そんなEランク到達を、二人はわずか数日で達成した。
さらには、そこから一週間ほどで、Dランクへの昇格をも果たす。
この二人は格が違う――誰もがそう噂し、褒めそやし、周囲に集まった。
一年もすればBランクに、あるいはAランクになっているかもしれない。
そんな期待を向けられ、二人もすっかりその気になっていた。
とんとん拍子にとはいかないだろうけれど、あきらめず、着実に、いつかはSランクの冒険者になるため、これからもがんばろう――と。
同じ目標を抱いた二人は、いつしか仲間としての関係を越え、愛を誓い合う仲となった。
思えば――それが、ニルスの最盛期だったのだろう。
…
そして、現在――あれから二年。
二人はいまだ、Dランク冒険者のままだった。
原因ははっきりとしている、すべてはニルスの責任だ。
周囲も、フィーナも、誰もがそう思っており、ニルス自身も自覚している。
そんなニルスに告げられたのが、先ほどのフィーナの決別宣言だ。
「……終わりにっていうのは、冒険者を?」
未練がましい――そう思いながらも、最後の抵抗のようにニルスは問う。
フィーナは小さくため息をつき、まっすぐにニルスの瞳を見つめた。
「……パーティ組むのを。それと、私たちの関係もね」
無慈悲な彼女の言葉に、なぜと問うこともできない。
そんな自分が情けなくてたまらないが、理由はわかりきっていた。
だからこそ、彼女もそれをはっきりとは告げない。
冷たい視線が、当然でしょうと突きつけてくる。
フィーナの盾騎士としての技術は申し分なく、スキルの取得についても順調で、その実力はAランク相当とも言われていた。
そんな彼女の昇格を阻害しているのが、ニルスの魔法使いとしての腕だ。
四属性の魔法を操り、回復魔法までこなし、膨大な魔力を有する――。
そんなニルスの実力は、Dランク昇格までしか通用していない。
フィーナと同じようにクエストをこなし、修行や勉強をして、ニルス自身も多くの魔法を取得しようとしていた。
だが、不可能だった。
それぞれの基礎魔法は問題なく扱えるのに、それらの上位魔法を発動しようすると、とたんに魔力が枯渇してしまう。
魔力自体は体内に感じているのに、それが魔法の発動に関与してくれない。
そんな自身の状態に、最も困惑したのはニルス本人だった。
必死になって技術を学び、どうにか魔力と魔法の導線をつなげようと、寝る間も惜しんで努力したのは間違いない。
当初はフィーナも、そんなニルスを励まし、すぐにできるようになると協力を惜しまなかった。
それも、Dランク昇格から半年ほどのことだろう。
この一年あまりで、フィーナの笑顔を見る機会はめっきりと減っていた。
Dランクのクエストには苦戦し、昇格試験など夢のまた夢。
やむなく受注ランクを落とせば、まともな稼ぎは上がらず、暮らし向きも厳しくなって、彼女から厳しい言葉を浴びせられることも少なくない。
それを思えば、彼女はよく我慢したほうだろう。
新たに迎えたパーティメンバーでも、実力がともなわないと判断されれば、半年もせず見切りをつけられることはザラだ。
フィーナがここまでそうしなかったのは、ニルスが同郷の幼なじみであり、ひと時でも気持ちを通わせた恋人だったからだろう。
だが――それも、今日で終わりだ。
「冒険者になったからには、絶対にSランクになろうって――私もあなたも、ずっとそう言ってたわよね?」
本来ならこの破局も、自分から言いださねばならなかった。
それを、彼女のやさしさに甘えていたせいで、こんな形で彼女から切りださせてしまった――そんな自分の弱さが、ほとほと情けない。
「あなたと組んでいたら、その夢は叶わないの――だから、別れましょう」
はっきりとした言葉から、彼女の気持ちが伝わってくる。
自分たちの道は、完全にわかたれてしまった。
もう二度と、彼女と同じ道は歩けない――悔しさと無力さに、涙が込み上げる。
「っ……ごめん……」
「謝るんじゃなくて、イエスかノーで答えてほしかったけど……まぁいいわ」
ニルスが、彼女の申し出に応じたとわかったのだろう。
話は済んだとばかり、フィーナは席を立った。
「それじゃ――私、もう行くから」
「あ――ま、待って! ひとつだけっ……」
思わずそう声をかけてしまうと、わずらわしそうな彼女の顔が振り返る。
「……なに?」
「その……フィーナはこれから、どうするの?」
聞いてどうするのか、どうしたいのか、自分でもわからないが、そう問わずにはいられなかった。
フィーナは少し言いよどんだが、ニルスの未練を断ち切るためなのか――。
「――Cランクの、バーニットのパーティからスカウトされてるの。彼らと一緒に、冒険者を続けていくわ」
はっきりと、そう答えた。
バーニットという魔法戦士の名は、ニルスも聞いたことがある。
一年前に冒険者デビューし、少し前にCランク昇格を果たした、新進気鋭の冒険者だ。
パーティメンバーは彼を含めて三人で、残る二人は後衛の魔法職である。
ただでさえ安定しているこのパーティに、盾騎士のフィーナというタンク役が加われば、いよいよ盤石な体制となるだろう。
そこにニルスが入り込む余地などなく、誰もそれを望みはしない。
フィーナは実力に見合った地位を手に入れ、冒険者としてさらに名を上げていくことになる。
もはや自分の存在は、彼女にとっては邪魔でしかないのだ――。
「じゃあ、今度こそ――さようなら、ニルス」
「……さようなら、フィーナ……ありがとう」
去っていく背を見送る視界は、涙でにじんでいた。
彼女に対する怒りなどはまるでなく、自分の弱さを自覚した悲しさ、悔しさばかりが胸をつく。
(僕は、どうしてっ……こんなに――)
魔力はあるはずなのに、冒険者としては完全に無力――はっきりと言えば役立たず、足手まといでしかない。
自身の情けなさを噛み殺すように、ニルスは目の前に置かれたジョッキを、勢いよくあおるしかなかった。