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物騒な僧侶達の日帰り騒動解決

作者: ザイトウ


 この世界における宗教は、聖王国主教と、それ以外に分けられることが多い。

 聖王国主教、通常は聖王国教と呼ばれるものは、聖王国における唯一宗教と認められたもので、三面の顔のある唯一神を奉り、人種が唯一無二、この世界における最も選ばれた存在であるということが教義に組み込まれている。元々は極寒の地である聖王国で生きる人々に道徳と歴史、そして啓蒙を開く為に存在していた古代宗教を、唯一神による教義統合編纂によって改めたのが聖王国教で、教義の中でも種族に対する内容の重要性を説いたものが新約聖王国教と分類されている。

 新約が正式に国教となって以降、亜人と称される他種族は迫害によって国外に移住していき、現在は奴隷を含め他の種族はいないと言われている。国家としての生産力、住民の総数は右肩下がりというが、国外に情報が出ることも少なく、真実は定かでない。

 それでも、聖王国教を支える神からの加護、祝福によって国力はいまだ帝国に比肩するとも。

 さて、聖王国教と、それ以外、とされているのはその運営形態にもよる。

 聖王国教は聖王国そのものが運営も担っている。宗教国家なのでまぁそういったものだろうが。

 それ以外の宗教は、大半が宗教連合によって運営されている。

 宗教連合は、本拠地を砂漠のど真ん中におく宗教的組織の連合である。

 金銭的な相互互助、宗教間の諍いの調停、教義改革に対する裁定の補助。

 大半の宗教では教義の違反や他宗教への侵害など不道徳な行いをすれば加護や祝福が即座に神様の手によって剥奪されるので、悪事なんぞやろうとしても困難であり、運営主体であるところの連合事務局の面々は身分の保証と定められた給与によるところの生活の保障も成されるので、そこらの商会や商店よりよっぽど堅実で平和なところとさえ言われている。

 あと、世界を滅ぼそうとして四度殺された悪神を奉じる者達や、人心に混乱を招くような邪教、宗教教義を曲解して悪徳を成そうとする異端などは、どの宗派のどこの所属であろうと連合から情報が回って討伐される。

 そのうえ、虚偽や言い逃れは真実の神による祝福を得た僧侶達による審問がある。

 ちなみに彼らは帝国など主だった国でも政治運営の切り札ともされているような存在だ。

 無論、真実の神の加護を欺ける虚偽の神の加護というのもあるのだが、そういったものを使った痕跡が露見すると、更に陰惨な拷問や尋問が待っている。

 そういった経緯から真実の神に類する教会がないような国は宗教勢力から危険視や異端視されているところなので情勢や国の安全性の指針扱いされることさえあるという。

 さて、長い前置きになってしまったが、同じ宗教や宗派の場合、所属する人間は似たような性分の者が集まることになる。

 真実の神であれば詐欺や詐称、政治罪など、人を貶めた人間を絶対に許さないマン。

 闘争の神であれば武こそ正義と、己の力を常に高めようとする求道者の系統。

 そして、水神ナーキッド教はというと、どうなるか。

 金星の女神にして水神、財宝の守護者たるナーキッド神。その加護にして祝福は、財産の保護、水利の関わる治水、天災からの保護など、古く長い信仰から生じる多彩な力が貸し与えられる。とある男は、財産の保護や管理に携わる加護によって、冒険者ギルドの財務に関わる仕事をしているという。

 ここからもわかる通り、ナーキッド神の祝福をもって務める者達は、金銭や物流に通じる金貸し、商人、法務関係者、水源地や河川の関係者など、能力さえあれば各方面からお声がかかることも多い、実利に即した者達である。

 その反面、そういった神に祝福を得て、力を借り受けることになる者達の特徴は。


 実利、権利の保護によって人々を守ることを第一とする反面、権力者を屁とも思わない傲岸不遜な面々であることだろう。政治的圧力だろうが他宗教との軋轢だろうが、そういったものと己の信念や教義とぶつかれば打破する為に動き出す奴らなのだ。

 

 ■  ■  ■


 収穫の時期になれば麦穂が畑で揺れる農耕地にほど近い街、ミュンヘ・ベルク。 

 帝国においても麦酒の生産地として有名な土地柄だが、主要な街道から少し離れている為に人の往来こそ少ないが、隣接する貴族領やそれを隔てる山脈には魔物の生息地があるし、近隣にダンジョンの類もあり、冒険者ギルドの仕事は少なくない。

 そんな場所で冒険者ギルド財務執政官にして水神ナーキッドを奉じる僧であるところのラ・シンだが、冠婚葬祭の手伝い含む僧としての仕事がある場合は冒険者ギルドに一言申し送りしたあとは職場にしばらく顔を出さなくなる。ギルド側もそうやって地方の催事が回っていることを理解しているので快く送り出している。

 ただラ・シンについてはそうやって職場を開ける場合に、またトラブルが炸裂するのだろうなと冒険者ギルドの一部が厳戒態勢をとっていたりするのだが本人は知らない。

 さて、そんな男は今、ミュンヘ・ベルグで農耕神サトゥルヌスを祀る教会にいた。

 宗教連合に加盟している組織同士では基本的に互助関係の為、真実神の教徒が取り仕切る結婚式の手伝いを戦神の僧侶が手伝っていたりすることもよくある話である。そもそもが、戦神と農耕神が親戚だったり、真実神と戦神が兄弟だったりするので、そこらへんは実にゆるい。

 対立宗派だからと敵対関係に発展しているところなどもあるが、周囲と交友も多い田舎町なんかはこんなものだ。

 小綺麗に掃除された応接室を借り受け、同じ水神ナーキッドを奉じる僧と差し向かいに茶を飲んでいた。

 

「お茶美味しい」

「茶菓子もいいな。これ、何処のだ?」

「通りにできた新しい店らしいけど」

「なるほど」


目の前に座るのはナーキッドを示す紋様のはいったシスターで名をマイカ・アカシア。

 極東移民の血を受け継ぐ女性で、ラ・シンより二つか三つくらい年は下だった。

 束ねた黒髪を頭巾ウィンプルの中から放り出すと、慣れた様子で腰にある担当を鞘ごと外していた。彼女も僧兵を務める武闘派であり、回復術を得意とする後衛ではない。

 

「それで、どこぞの祭儀の手伝いと聞いたが」

「えぇ、葬式ね。棺桶に収める人間を作るところから始める必要があるけど」

「出入りか」

「えぇ。すこしばかり宗教に唾を吐いたやつがいるのよ」

「そうか」


いわゆる彼等は狂信者というものとは少し違う。

 教義や価値観が土地柄や性別や思想で異なることなんてままあるものと受け入れているし、そもそも自分達が信じたいから神を信じているだけだ。教えを聞きたければ説くし、神について思うところがあれば聖堂のど真ん中で神様に言葉を求めることだってある。

 だが同時に、教義が異なるから、現世利益に反したからといって排斥を選んだ相手はすべからく敵だ。

 弾圧は悪だ。強制は罪だ。侵害は邪だ。

 攻撃に対し「右頬を打つのは右頬を打たれる覚悟がある者だけだ」と彼等は常に答える。

 場合によっては総出で祈りの言葉を述べるのだ。

 手に手に武器を携えて、これから打ち倒す者達への鎮魂の祈りを。

 金だろうが権利だろうが生きる上で必要なものらいくらでもあるだろう。

 だからといって。

 それらを得る為に、もっと弱いやつや、考えの違う人間を虐げていいことにはならないのだ。


「何処だ?」

「隣の領にある、カイジラーって村ね。炎の神様を祀るお爺さんが一人、孤児院を経営しているんだけど。土地の権利関係で揉めているらしいの」

「何があった?」

「どうも教会に保管されていた祭事具の中に、かなり価値のあるものが見つかったみたいなの。それを狙って役人が何処かの商会と結託してお爺さん達から権利を取り上げようとしているらしいのよ」

「そうか。まぁ、行ってみればすぐに解る」

「そうね、いきましょうか」


教会に馬車を借りて移動した二人は、そのまま隣領のカイジラー村へ移動した。

 知らない人は覚えておいた方がいい。この大陸では僧侶を怒らせたら半日以内に援軍がくる。

 一部地域は除くが。


 ■  ■  ■


 カイジラーは何の変哲もない農村だった。

 だというのに、一目見て傭兵と思しき人間が教会を取り囲もうとしていた。


「ッザンナオラー!」

「シャッスゾコラー!」

「テメェオイモウユッサネェゾー!」


宗教的な言葉とも地方独特の言い回しとも違う傭兵達のスラングが浴びせられる中、筋骨隆々の老僧が片手に金棒のようなものを握って怒鳴り返していた。


「勝手に敷地内に入ったら殴り飛ばすぞお前等ぁ!」


そう言って軽々と金棒を振り回す老僧に傭兵達は警戒して距離を置いていた。


「……ほっといても大丈夫なんじゃないか?」

「さすがにあれを放置はどうかと思うけど」

「じゃあ、止める?」

「止めてみて、駄目なら駄目でやりようがあるから」


腰に固定した短刀をぽんぽんと叩くマイカの行動に対して「面倒くさくなったら時点で武力行使に出るつもりだろうな」と理解するラ・シン。

 頷いてメイスを抜いた状態で一触即発の老僧と傭兵の間に割って入った。


「落ち着け。俺はナーキッド教のラ・シンと言う。悪いが教会に殴りこむつもりなら勘弁してくれ」


ナーキッド教の名前が出た時点で傭兵の騒ぎがぴたりと止まっている。

 戦闘民族扱いされる闘神の僧や神罰の加護を乱発する審判神の僧とは違うとはいえ、ナーキッドもまた加護や祝福の類に制限が緩い神なのだ。財産の保護と解釈されることが多いが、物の価値や状況を守る、または壊すことをやめさせるといった直接的な加護の恐ろしさは傭兵などであればはっきりと解る。

 こいつらがいるだけで、戦場での略奪、放火や建物の破壊による混乱、そういった行為がたちどころに妨害されてしまうのだ。

 しかも破壊行動を禁止や妨害してくるというのに、ナーキッドの僧侶側は何の躊躇いもなく『人的被害』を敵にもたらす。

 自分達だけババを引くようなカードゲームなどクソとしか言いようがないだろう。

 だが。


「下がれクソ野郎! 俺等は爺が不法占拠している土地を取り上げなきゃならねんだ!」

「ほう」


ラ・シンの声が、一瞬で冷気さえ覚えるほど温度が下がった。

 彼等は、ナーキッド僧兵の真の恐ろしさを理解していなかったのだ。


「証拠を出せ。土地の権利書、権利を抵当にした借用書、土地の不当占拠の理由にあたるものを出せ」

「お、俺等は持ってねぇ!」

「そうか、つまり貴様等は」


ラ・シンのメイスをぶら下げていない手が、拳を握り、それを額に押し当てる。


「正当な権利なき略奪者か」


ナーキッドより『赦された財産の保護』という加護。

 その力が最も発揮されてしまうのは不当な略奪者、強奪者、簒奪者。

 他人の財を奪うものだ。


「水神ナーキッドの加護において武器を所有することを禁ず」


手に力が入らなくなった男達から武器がこぼれおちる。


「水神ナーキッドの加護において襲い掛かることを禁ず」


次に素手で攻撃しようとした傭兵達はたちどころに動けなくなった。その理由に気付いた数人が踵を返そうとした瞬間に身体が自由になるが、次いで唱えられた詠唱がそれを封じる。


「水神ナーキッドの加護において奪い去ることを禁ず」


どすんと、駆け出そうとした瞬間に手足の動きが封じられた男達が倒れる。

 そのまま身体がぴくりとも動かない男達が呻き声を漏らす中、ラ・シンは一人の顔を覗き込むように視線を合わせた。


「水神ナーキッドの加護において命ず」


男は怯えた。加護というものの本質に、その強制力を易々と振るう男の信仰の力に。


「汝に奪い取れと命じた、罪を有す者を」


どんな形であれ、彼は、彼等は、神の代行者であるのだと。

 宗派を名乗った時点で倒しておくしか、今回に限っては勝ち目はなかったのだ。


 ■  ■  ■


 そのあとは町役人と新興商人の結託による教会への権利侵害の証拠は簡単に見つかった。

 マイカが事前に調べていた通り、教会の祭儀用宗教道具の中に、希少なミスリルを含む品があったことで、教会への寄進という名目で教会へお金を渡しておき、実際には寄進を借金として書面を偽造、抵当として品を持ち出そうとしていたのだ。  

 マイカが有能だったこともあるが、そもそもそんな


『老人しかおらず、教会自体も火にまつわるものだから簡単に騙せると思った』

『あんな小さな教会だから、記録上で前後の不備さえなければ多少の無理もきくと思った』


これが商人、そして町役人の証言である。

 底が浅いというか、考えが足らないというか、あまりの申告内容だった。とはいえ、各地への路面が整備されている帝国でさえ、魔物の影響で町や村単位での居住範囲から出ることも稀である。見識が狭くなるのもまた仕方ないことなのだろう。

 たかだか小さい宗教施設と思っていたら、早々によそから助けが来たのも予想外だったのもあるが。

 マイカの審問によって早々に摘発された役人と商人は既に帝国兵に引き渡されている。教会への権利侵害については、宗教連合と商人組合の間で正式に協議され、帝国法とは別の審判も下されるだろう。

 そして。


「腹減ったな。飯どうする?」

「味の濃いもの食べたいかな」


来た時と同じく、さっさと馬車で道を帰っていく二人は、すきっ腹に詰め込む食事の話に花を咲かせていた。

 この事で彼等が報酬を得ることはない。

 ともすれば帝国自治権への宗教勢力による侵害ともみられる行為ではあったが、彼等に報酬が金銭が絡んでいなければそこまで強くも言えないのだ。彼等としても、自身達の信仰と信義に基づいた行動であった為、その正義の元にきちんと終わったのであればそれ以上に求めるつもりもない。

 そんな人間でなければ僧侶なんてやってはいないし、加護による力があれほど強力に発揮されることもないのだから。

 信仰心があるからこそ正道を忘れずに生きられる。

 そうやって、人を愛し、神を愛した者こそ聖職者と呼ばれる。

 そんな話だ。

 ただ、そのあと酒場で揉めた二人は、揃って神様からお説教を受けることになる。

 揉めた理由は料理の味付けだったそうであるから、そら叱られるだろう。

 かくあれかし。


 - 終 -




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