(EX)宮司と巫女とお嬢様
クアルガはドゥーラ王国で築かれた最も新しい街である。
対魔族戦争の末期に生まれたこの街は、カルネアデス計画──イガルタ攻略のための出撃基地──でもあったのだが、対魔族戦争が終わった後も王国の工場としての地位を揺るがせる事も無く、発展を続けていた。
そして、街の中心には工業都市のイメージとは相反する奇妙な場所があった。
大名屋敷もかくやと思しき広大な敷地には、神を祀る社を中心にして、伽藍や神像が建立されているという──ぶっちゃけ神仏混交以上に『なんでもあり』の宗教施設だが…… それは、いかなる物にも神は宿るというヤポネス人の民族性のなせる業が、生み出した場所なのかも知れない。
「おはようございます、宮司様」
神社の宿坊から姿を現したのは、すらりとした体格をした女性だった。
年のころは──高校生といった処か。背中の中ほどまである髪に丁寧に櫛を入れ、薄化粧をしただけで、街を歩く人々の注目を集める事は出来そうだが……
「おはよう御座います、乃寧殿。今朝は早起きですね」
「ええ、なんか昨夜は眠れなくて……」
彼女はぼりぼりと頭をかきながら、大きなあくびをした。陽が昇るにつれあたりが明るくなってくると、彼女の風体も次第に明らかになってくる。
「……また、そのような服装を」
「いいじゃないのよぅ、動きやすいんだから」
乃寧が着ていたのは、ダボった臙脂色のジャージだった。その下に着込んでいるTシャツの繊維も似たり寄ったりのへたり具合である。
どうやら、彼女はいわゆる残念なヒト… と言う事になるのだろうか。
「それも如何なものでしょうかな」
宮司は知っている。
彼女がズボラな恰好をしているのは、決してフリではない事を。
ちゃんと修行さえすれば、王宮魔道士になれる実力だけはあるのだ……
「これって昔はスクールジャージって言ってたじゃない。だからさぁ、コレ着てても問題ない思うんですけどぉ?」
「ならば、せめて洗濯したものを身につけてほしいものですな」
宮司のツッコミに言葉を失った乃寧にも、やり過ぎたという自覚はある。
ドゥーラの実家にいると、何かと息がつまる。なにか事あるごとに『あなたはカッツェ様のお孫様なのですから…』をやられては、たまったものではない。
その反動が無いとは… いや、間違いなく、あるはずだ。
実家のあれこれに嫌気をさした乃寧が逃げ込んだ先が、実家の──『お爺様』と縁のある──神社だというのは、運命の皮肉というものだろう。
乃寧はこの神社には、──夏休みになると毎年のように──祖父に連れられて来ていた事もあり、この宮司とも家族同様のお付き合いをしている。
その関係は、祖父がこの世を去った現在でも続いていた。
──たしか昨日もこの格好だったかも。でも下着は替えてるし……
「一昨日もですぞ?」「そうだっけ?」
「いかなる理由でスクールジャージを選ばれたのかなど、詮索いたしません。
しかしですぞ、今のご様子は年頃の女性の為す事ですかな?」
彼は眉間にしわを寄せて小言を言い始めたが、ふと口を閉ざした。
最近の彼女の行ないは、いささか度を越してはいまいか。
そして… ここで彼女に小言を言っても、さほど堪えまいのではなかろうか。
ならばこの場で最も無難な選択肢は、さほど多くはない。
「……ふむ」
宮司は持っていた笏を懐にしまい込むと、ぽん、と、柏手を打った。
それは決して大きな音ではなかったが、その響きが消え去らぬうちに……
境内の空気が… 動いた。
「……ちっ、まずった!?」
ふいに彼女の背後に幾人かの人影が現れたではないか。
その気配を感じ取ったのだろうか。振り返りざまに人影の正体を見てとった彼女は、そのまま横っ飛びに走り出そうとしたのだが…
「にょおおおお!?」
音もなく瞬時に数メートルの距離を詰めた巫女が乃寧の行く手を阻む。
数分と経たないうちに──乃寧の奮闘虚しく、その身体は巫女たちの手で取り押さえられていた……
「ぐぬぬ……」「無駄でございますよ、お嬢様」
じりじりと束縛から抜け出す隙を伺っていた乃寧だが、彼女の前に立った宮司が引導を渡した。
「観念して、疾く湯殿に参られよ」「いやだあぁあああ!」
神輿のように、巫女に担ぎ上げられて宿坊に連行される乃寧の後ろ姿を見届けた宮司は、懐から笏を取り出すと何事もなかったように歩き始めた。
第2次ヤスト会戦の終戦から、今年で20年。
クアルガは今日も平和だった。
のねは にげだした。
しかし まわりこまれてしまった!
のねは でっきぶらし で あらわれて しまった。




