巫女の才能は非常識
今日の私は忙しい。とにかく忙しいったら忙しい。
お客さんはひっきりなしにやって来るし、人手は足りないし。
埴輪さんが手伝ってくれるとはいえ、やはり限界があるのです。
「ナギ様、食洗器6番が故障しましたぁ!」
「……コペ・Pさん?」「へいへい、行きますよ……」
イズワカの居住区画は大きく分けて3つ。イズワカ城と地下都市、そして水神様が創った閉鎖空間です。
地上に広がる農場の世話もしなくてはならないし、お城は24時間休みなしですからね。どうせなら、みんなで同じ釜の飯… という事でお城の2の丸にセントラルキッチンを作ったのです。
「普段はともかく、何か行事があるたびに戦争状態になるけどねぇ」
「そうなのよぅ。フル稼働で2000食分を作れるけど、何かあれば倍近い量が必要になるんだもん。おかげでこの時期はおやつが……」
そんな話題に花を咲かせているのはクラウゼルとカロリーナだ。ナギは食事を乗せたトレイを片手に、彼らのテーブルに近付いていった。
「ふたりともご苦労様。そう言えば、最近ユーディの姿を見ませんけど?」
「姉様なら、神社にこもりっきり。けっこう大変みたい」
カロリーナは口いっぱいにご飯を放り込みながら、ナギにユーディの近況を説明する。普段のカロリーナなら決して人前では見せない姿だが、こういう時の彼女の食べっぷりは豪快の一言につきる。
話をしている間にも、武士が使う大きな茶碗の中身が消えていくのだ。
だが、その姿を見ている者にある種の感動を与えるくらいに優雅なものに見えるのだから、不思議な事もあるものだ。
「奉納舞の稽古って言ってたけど… あの黒ドワーフさん。誰って言ったかな、今年の奉納舞は新しい振り付けでいくって言ってたけど」
ふむむむむ? クバツ神殿で新年行事の見物に行った、あの人だよね?
なんだか嫌な予感がしますけど、水神様が良しとしているなら、まあいいか。
儀式の本番は明日だけど、今夜は前夜祭があるのです。
今ごろは本番前の最後のリハーサル中という所でしょうか。
窓の外では埴輪たちが食事の入ったコンテナを運び出している。コンテナと言っても杉板で作った木箱だが、かつて鉄道輸送用コンテナとして活躍したものを忠実に再現している。違いは大きさくらいのものだろう。
配膳すれば良い所まで作られた料理と一緒にコンテナに入れられているのは、メロンくらいの竹かごだ。中の魔晶石には保存の魔法が封じ込められている。
「埴輪たちの仕事ぶりもすっかり板についているわねぇ……」
「淀みなく動いているわ。人間だとこうもいかないわね」
台所の出口で料理と魔晶石が詰め込まれたコンテナを、埴輪たちがフォークリフトを使って運び出す。その先には無駄に大きなサスペンションの付いたコンテナ専用の荷車と、それを牽引するハーフトラックが待っている。
基本的には宅配業者の仕分けシステムを参考にしていた筈だが、
「イノブタ狩りにも使っているそうだから、慣れたものですね」
ナギは埴輪はモダテの里にいた時からハーフトラックを駆って、巡回中の武士団をサポートしていた事を知っている。ここ最近は彼らが狩ったイノブタをイズワカ城まで運んでくる事もある。
それに比べれば、埴輪寺までの距離などたかが知れている。
「明日が本番だけど、今夜は前夜祭… なのよねぇ。ユーディも大変…
って、カロリーナ。あなたもでしょ?」
「だって私にはこの子がいるもん」
カロリーナはちらりと服の裾をめくりあげた。
そこから顔をのぞかせたのは、黄色い腹巻きだった。そこには鮮やかな桜色の糸で縫い上げられたブタの刺繍が施されている。
「……まさか、そこまで進化しているとは」
この腹巻きは、かつて米俵とあだ名されていたカロリーナのためにナギが作りあげたマジックアイテムだ。
そしてそのエネルギー源は腹巻きの装着者という乱暴なものなのだが……
「この子ったら、けっこうお利口さんなのよ。運動なんかもサポートしてくれるから木の実とか採る時に便利なの」
「そんな機能は付けていませんけど?」
あくまでも、腹巻きは強制的に減量をするためのもの… だったはず。
そしてこの腹巻きは常時装着を前提としているので、身体の汚れを取り去る魔法と自己保存本能を組み込んではあるのだが、逆に言うとその程度の機能しか持ち合わせていないという事でもある。
だから装着者の動きをサポートするような機能など無い筈なのだ。
「……ある種の才能ね」
考えられるのは、無意識にとはいえカロリーナがマジックアイテムの調整に成功したという事。これは常識では考えにくい事なのだが、目の前の現実に目をつぶる方が、よっぽど非常識というものだ……
マジックアイテムの調整って、こんなに簡単に出来るものでしょうか……




