重駆逐戦車隊、前へ!
番外編(用語解説的なもの)を18時に投稿します。
本編とは関係がありませんが、ネタバレがあるかも。
モダテ武士団とドワーフの混成部隊は、ガッタル平野を見下ろす小高い丘の上で、作戦開始の時を待ちわびていた。
太陽は完全にその姿を見せ、気温も緩やかに上がり始めている。
「どうだ?」
ザーラックは観測兵に声をかけた。
もしも計画通りに作戦がスタートするなら、そろそろ合図があっても良い頃合いだ。数名の観測兵は、その合図を見逃さないよう、緊張した面持ちで双眼鏡を南の空に向ける。
総勢1万にものぼる軍勢は、街道近くの森に潜んでいるはず。それは巧妙にカムフラージュされているらしく、簡単に見つける事は出来ないものの、大体の場所は分かっている。
「……あれは?」
観測兵のひとりが、双眼鏡を構え直すと指先でズームリングを回した。
間違いない。あれは騎士団が放った風船だ。振り返った観測兵は、ザーラックが陣取る指揮所に駆け戻った。
「報告! 風船を発見。色は…… 緑!」
指揮所でその報せを聞いた武士たちは、一様にほっとした顔をした。
別の観測兵からもザーラックの下に同じ報告が届き始める。風船が上がったという事は、作戦開始は今日だ。そして、緑色が意味するものは……
「騎士団の作戦開始は午前8時だな。じゃあ、我々は仕事を始めるとするか」
すでに観測兵と指揮所にいる武士を除いた全員が車両に乗り込んでいた。
いつでも出撃できるよう、ザーラックの合図を待っている。
「まずは、ジャアック老から預かった兵器… からだな」
「撃ちますか?」
「ああ、準備が出来次第、撃ちまくれ!」
装甲兵員輸送車に取り付けられた竹竿は、軽い破裂音と共に空中に放り出されると白い煙の尾を引きながら魔族の砦めがけて飛び去った。その数は30本ほどだったが、全てが砦の中に吸い込まれたのは、血を吐くような訓練の賜物だ。
だが、命中したはずの竹竿は建物や地面にぶつかって先端の膨れた部分が破裂したものの、白い煙を周囲に撒き散らしただけだった。
「……やっぱり駄目でしたかねぇ……」「いや待て、そうでもなさそうだぞ」
双眼鏡を覗き込んでいたザーラックは、口元を綻ばせた。
不意を突かれた魔族兵が右往左往しているのは、奇襲攻撃が成功したということだ。それは魔族兵の様子からしても明らかだ。
だが、逆に言えばそれだけだ。
「なぜドラゴンが出てこない?」
「お前もそう思うだろ。あそこは航空基地──ドラゴンの巣なのに、だぞ」
「まさか出払っていたという事は… ないか……」
ザーラックの隣で双眼鏡を覗き込むイザックは、ぶつぶつと何か呟いているのが聞こえた。魔族側の反応は今までのセオリーから外れた奇妙ものなのだから。
砦を攻撃されたのだから、普通なら防御を固めつつ反撃するものだ。
だが、今回の攻撃で彼我の戦力比に大きな開きがある事は露見しているはず。
あの攻撃で砦には大した被害は出ていない。それは魔族兵が防御態勢を固めている事からもわかろうというもの。だが、砦の動きはそれだけだ。あの砦には、少なくとも10体──もしかすればそれ以上のドラゴンがいるはずだ……
「イザック! 何を呆けてるんだ」
ザーラックは副官を怒鳴りつけると、次々に命令を出し始めた。
「ベゼルガ、全機出撃! あの砦に1撃くれたら、そのままザルーワに行け!」
「「「「えすてりみなー!」」」」
無数のベゼルガは、引き絞られた矢が放たれたように丘の斜面を駆け下ると、エクサイマーを乱射しながら砦に突っ込んでいく。
「全員乗車! あの砦を踏み潰せいっ!」
ザーラックの命令で、50両の重駆逐戦車は地響きをたてて一斉に斜面を駆け下りた。その様子を見た魔族兵の目には、文字通りに山が動いたように見えた事だろう…
その後ろに続くのは、武士団を乗せた装甲兵員輸送車だ。それは重駆逐戦車が通り抜けた後の──砦の残骸を踏み潰しつつ南へと向かう。
轟音と共に平野を突き進む鋼鉄の津波のごとく機甲部隊が向かうその先にあるのは、ザルーワだ。
それこそがイガルタを守る最大の拠点……
「どうやら遅刻はしないで済みそうだな」
「ねえ団長、連中に唐傘を差し入れてやりますか」
イザックのひとことに、車内がどっと沸く。
「あれだけの大雨の後だ。さぞかし冷えた事だろう。それならな、俺たちは暖かい餅でも振る舞ってやるとしよう」
装甲兵員輸送車からザルーワの様子をながめていたザーラックは、ニヤリと微笑んだ。彼らの視線の先にあるザルーワには、白い尾を引いて大空を切り裂く銀色の雨が降り注ごうとしていた……
ザルーワはどのくらい持ちこたえる事が出来るのでしょうか……




