美味しくて幸せ
ユーディに『例の』お茶を振る舞うと、心なしか落ち着いたようですね。
お茶のレシピは昨夜のものを改良したものです。
薬を処方する時は、効果が出過ぎてしまうようではアウトです。
特に今回使ったタイプのような薬は慎重に扱わなければなりません。
そういう意味では昨夜のメイドさんには悪い事をしましたね。
「少しは落ち着きましたか?」
「……ええ、なんとか」
朝ご飯は母屋でいただく事になっています。
私とユーディが一緒に食堂に入っても疑問は持たれないでしょうけれど、彼女の心理状態はかなり不安定になっています。
もう少し安定させておきたいですね。
「とりあえずは朝御飯ですが… ここに居る事をクラウゼルさんには?」
「……あなたを迎えに行くって言ってある」
「ふふっ、抜かりはありませんね」
そんなユーディにアミュレットをプレゼント。
どんな災難が降りかかるか分かりませんが、無いよりはマシでしょう。
「じゃあ気休めかも知れないけれど、これをあげる」
「アミュレット… ですか?」
「アミュレットとはいえ存外馬鹿には出来ないものですよ。何かあったら強く握りしめてごらんなさい」
「……はい」
これは一度きりの使い捨て魔道具なのですが、強く握りしめるとシールドの魔法が発動するようになっています。大抵の物理攻撃には耐えられるでしょう。
「さあ、母屋に行きますよ」
「はい!」
朝御飯の献立は… 茶粥ですか。まるで王侯貴族になった気分です。
お粥と言うと精進料理か病気になった時の食べ物と言う印象ありますが、逆に言えばそれだけ消化が良く、身になりやすいという料理なのです。
私の故郷では主食は木の実でしたから。
このあたりの森にもたくさん生えているブナの木ですけれど、地球のものは小さな実しかつけませんね。高重力惑星に育つ植物の宿命でしょうか。
そんな事を思いながらお粥を味わっていると……
「どうしたのですか?」
「ナギはいつも美味しそうにごはんを食べるから」
クラウゼルさんが、にこにこしながら私の事を見ていたのです。
マナーに反する事をしたかと心配したのですけれど、そんな事ですか。
「まるでこの世の幸せを独り占めしているみたいよ」
「そうかも知れませんね」
私の故郷でも地球と同じように雨も降れば雪も降ります。
しかし、大半は大地に浸み込み、地下水脈を通じて海に運ばれてしまいます。
だから地球では普通に見かける川や湖がアルサーニにはほとんど在りません。
そして、お米は水をとても贅沢に使って栽培される穀物なのです。
あなたたちには普通の事なのかも知れませんが、私はお米を口にする事が出来るということだけで幸せな気分になれるのです。
「美味しいお米を食べる事が出来るのは、幸せな事だと思いませんか?」
「そう? そんなの普通… って、あなた今まで何を食べてたのよ?」
「ブナの実ですが」
「えええええ?」
カロリーナったらデッサンが狂ってますよ。この世の終わりが来たわけでもありませんし、ブナの実くらいで唖然とするような事でもないでしょう。
「そんな所で暮らしていたなんて……」
「え? え? どうしちゃったんですか? 深刻な顔をしちゃって」
クラウゼルさんが泣きそうな顔をしています。
私、何か変なことを言いましたかね。
「ナギは不幸な人生を送っていたのね……」
「よほどの事が無い限り、ブナの実は口にしないものよ」と、ユーディ。
「あれって毒が入ってるじゃない。よく今まで無事だったわね」とはカロリーナ。
たしかにブナの実には毒物としての成分が含まれています。
カロリーナは口にした経験があるようですね。
でも、よく考えてください。
あれが森に住む動物たちの生命を支えているのですよ。
自治体によっては、ブナ科樹木の作況の調査結果を公開しています。
その年の作柄は翌年にかけて、森の動物さんが農作物を食い荒らしたり、街の中を徘徊することを予測するための指標にしているからです。




