呑気な第2騎士団長
儂の名は藤兵衛。苗字は… まあよいか。
ドゥーラ王国で第2騎士団を預かる身の上とだけ言っておこうか。
本来なら隠居をしていておかしくない老人なんだがなぁ。
というよりも、予備役だったんだよ、ワシ……
去年はちょいと… いやなに、アノウジで魔族の拠点を潰すのに一役買っただけなんだけどな。カズマが一騎打ちで魔族を倒したアレだよ。
アノウジの拠点にしてもそうだが、魔族ってのはとんでもない奴らだよなぁ。
見た目はどう見ても掘立小屋なんだが、いざ踏み込んでみるととんでもない。
その地下には、魔晶石をふんだんに使った住居があったんだ。
その戦いもなんとか生き延びてだな。
──やれやれこれで予備役に戻れるなぁ…
そう思っていたんだよ……
それから1年が過ぎたというのに、なぜかまだ現役で働いておる。
ジャアックのヤロー、そのうちにぶん殴ってやる。絶対にだ!
「……おやじさん、そろそろ着きますかね」「いんや、もうちょい掛かるだろ」
なにしろ、第2騎士団にも出撃命令が下ってなぁ。
恐れ入ったもんだよ。今度はニータグに行ってこい、だからな。
ひょっとしたら、イガルタまでの長旅になりそうだわい……
「おやっさん!」
あん、ああ。聞こえておるよ。馬に揺られての長旅は暇でなぁ。
んんとな、あそこに見える山は… ふむ宿営地まではあと1時間くらいだな。
さっき商人連合の馬車隊とすれ違っただろ。
それなら間違いないと思うが…… それにしても、ここは山の幸がたっぷりだ。
まさかクマの群れに遭遇するとはな。お前たちも良くやったぞ。
おかげで今夜からしばらく肉祭りだな。たっぷり栄養つけて仕事に精を出そうじゃないか、なあお前たち。食える事は良い事だぞ。
特に若いもんはとにかく食え。食って力をつけなきゃならんからな。
「い、いえ、そうじゃなくて。アレ、何ですかね」
若い騎士が空を指さして何か慌てているようだが……
ややっ? 面妖な。
なにか黒いものが空を飛んでおる…… 双眼鏡はどこだ? 早くよこせ。
あの高度と方向なら、こっちには来ないとは思うが、念のために対空戦闘の用意だけはしておくか。
「第1小隊、上空警戒! 第2、第3は大弓だ。急げ!」
「「はっ!」」
のんびりした空気は、藤兵衛の一言で吹き飛んだ。弓をかかえた騎士が他の騎士がかざした盾に守られながら、空の一点を睨みつける。藤兵衛の周りにも盾を持った騎士たちが駆け寄ると、彼を守るように建てを天にかざした。
慌ただしい空気が張り詰める中で、藤兵衛は考えていた。
あれはなんだ? こっちに来る気配は無いが、あんなものは見た事がない……
「毛皮のかたまりのようなモノが飛んでいるか…… 権蔵、おめぇ局戦に乗ってて、あんなの見た憶えはあるか?」
「ねぇな」
隣にいた権蔵に双眼鏡を渡しながら聞いたみたが… やはり知らないか。
あの高度なら、こっちは丸見えだ。攻撃されたら厄介な事になるが、仮にあれが魔族だとしたら様子が変だな。
あいつらは、どんな局面──撤退なければ全滅する状況──でも見敵必戦とばかりに突進してくるのだ。玉砕覚悟の総力戦と言えば勇ましく聞こえるが、戦略的にも戦術的にも下策でしかない。
ならば、偵察か……
「違うな。ありゃあ戦場の飛び方じゃねぇぞ。かと言って訓練飛行でもねぇ。
あいつぁ、ただ低速で飛んでいるだけじゃねえのか」
つまり遊覧飛行を洒落込んでいるという訳か。
ずいぶんと舐めたマネをしてくれるじゃねぇか……
「だが藤の字、ちょっと待ってくれ。あの方向には第3騎士団がいるはずだろ。
なんで対空射撃をしてないんだ?」
まさか奴ら… 白昼堂々と奇襲をかけてきたか?
いや、それならそうと伝令が飛ぶはずだ。そこで考えられるのは、第3騎士団が壊滅… いや、違うか。それなら、返す刀でこっちに進撃を始めるはずだ。
それに、この距離だ。戦闘が始まれば嫌でもそうと分かる。
「少なくとも、アレは敵じゃない。必ずしも味方とは限らんが…」
「そういうこった。ずいぶん遠くに行っちまったようだしな」
毛皮のかたまりは北の方に飛んでいったか。すでに双眼鏡の倍率を上げても黒い点にしか見えん。脅威は去ったと考えて良いかも知れんな。
ふむ、戦闘態勢は解除だ。ただちに行軍を再開出来るようにせよ……
ふわわぁぁ…… 戦闘態勢の解除を命じたら急に眠気が襲ってきたな。
行軍を再開する前にしばらく休憩するのも悪くない……
局戦とは局地戦闘機の略称です。こいつは遠くまで飛ぶ事は出来ない代わりに、強力な武器と頑丈な装甲を積んでいるのです。
迎撃機とかインターセプターと言った方が分かりやすかったかも……




