機械を治すお医者さんは
私たちの目の前に横たわっているのは、茉莉…さん。
イズワカ城の防空網を亜音速で飛ぶ事で突破して、大手門の前に着陸した滑空機のパイロットだったのですが……
彼女は松戸先生の助手だと言っていましたが、何となくボーイッシュな感じのする不愛想な女性という感じですかね。
そして背丈は私とだいたい同じ… 少し背が高いかな。
「ところが、茉莉…さんは人間ではないのです」
ナギはそう言うと、目の前に横たわる人物を見つめた。
もしもひざや手首に見え隠れする球体関節が無かったら、誰もが目の前の人物を人間だと思うだろう。そしてその外装も特殊な──レオノールでさえ見た事が無いという素材が使われている。
「松戸先生からの竹簡を渡したら、目の前で急にごとっ… だものねぇ」
完全に機能停止してしまった茉莉…さん。
慌てて医務室に運び込んだのですが…… この場合は治療というより修理になりますね。問題は下手にいじって組み立て出来なくなったら……
でも、やるしか無いのです。私が壊したと勘繰られるのも嫌ですからね。
こうなったらドワーフの皆さんにも助けてもらいますか。
あの人たちは、こういうものも好きそうだし。
「部品の摩耗具合なんかを見ると、どう見ても経年劣化なのよねぇ」
つまり、滑空機の着陸とかで駄目になった訳ではないそうです。
それはそれで、ホッとしましたが…… なんというか独創的と言いますか。
可動部のほとんどが3軸稼働の球体関節なんですよ。
「やっぱり私たちの手には負えないわねぇ。いちおう部品の解析は済んでいるから図面はすぐにでも作るけどね」
イズワカにも、こうしたヒトの形をしているけれど、ヒトではない存在は少なからず存在します。大まかに2つのグループに分けられるかな。
エスターやルーシルート。そして花音のように、ほぼ完全に生体物質で作られているタイプ。そしてメイドロイド。こっちは生体部品は補助的にしか使っていないタイプです。
茉莉…さんは、どちらにも当てはまりません。
どちらかと言うと、アヴォニア──ケチラス号で働く機械人形に近いですね。
と、言うわけでドワーフの皆さんに来てもらったわけですが……
「わしらの機械人形にもひけはとらんな。見事な細工だと思うぞ」
ドワーフたち──特に黒ドワーフの評価はなかなか良さげです。
さすがは元禄生まれの妖怪ジジイ。長生きしているのは伊達ではないようで。
「ごく初期の機械人形に比べても簡単な造りだな。関節だけでいいんなら明日にも持ってきてやるわい」
ははははは…… そんなに簡単ですか。細かい部品は無いけど、すんごく複雑な形をしたものばかりですが。加工精度は下手をすれば1000分台ですよ。
ミクロン単位の精密加工ですが、冗談抜きで大丈夫ですか?
「はン、知れてらぁ。
それからな、材料はあの鉱山のを使うから多少… そうだな、1割くらいは重くなるかも知れん」
ふむん。
またまた都市伝説を地で行くような事を…
手作業でレコードを削り出したというのも冗談ではなさそうですね。
いえね、そういう話が伝わっているんだそうですよ。
プラスチック製の円盤にらせん状の溝が… はい、それで合っていますよ。
げ…… !? ……言うんじゃなかった……
と… とにかく、関節の制作をお願いしますね。フレームなんかはこっちで修正していきますから。おもに部品配置の見直しですから。
後から思い付きで付けたした部品が多すぎですよ。
まあ、試作品や実験機にはありがちな事ですけれどね。
そっちは花音が引き受けてくれるそうです。
ああ見えても整体の腕はなかなかの…… へぇ、いつの間に?
鍛冶屋さんは重たい鎚をふるうからどうしてもねぇ……
「あとはな、頭の中にある水晶球なんだが……」
びっしりと文字らしいものが刻まれている?
石英という鉱物の中でもの中でも無色透明のものが水晶です。色付きのものも在りますけれど、それなりに需要があるのです。
魔法に敏感に反応するので、昔から魔道具のコアにされる事が多いのです。
たとえば魔力回路の基板とか素子の一部ですね。
文字が刻まれているという事は制御装置か何かかな。
とにかく調べてみましょうかね……
制御装置なら魔晶石で作り直しておきますかね。
これなら処理速度が劇的に早くなりますから。
286からヘキサムに? 何のこっちゃ。
その昔、ベレンコ中尉亡命事件というのがありまして。
当時の最新鋭戦闘機だったミグ25で訓練飛行中に、函館空港に強行着陸。
日本のレーダーシステムは、最後の瞬間までミグの接近に気が付かなかった。
調査のためにバラしたミグを組み立て直す事が出来なかった… などなど。
笑いのネタには事欠かない事件だったようです。




