魔導ランタンの恐怖
暗闇というものは、人に本能的な怖れを呼びおこすもの。
だから明るく輝くものは闇と共に怖れをも拭い去り、安心をもたらすのだ。
ナギも次元通路の崩壊で宇宙空間に放り出された時に見た漆黒の宇宙を、決して忘れる事はないだろう。
「……やはり明るいという事は善い事ですね」
魔導ランタンが夕闇が迫る室内を隅々までを明るく照らし出している。
手の中に納まってしまうような小さな光の球なのに、大きな安心感を与えてくれるものなのだ。
「ひいっ……」
魔導ランタンを見ていたナギの耳に小さな悲鳴が飛び込んできた。
「!?」
悲鳴の主は、煌々と照らされる部屋の半開きになった扉から漏れ出たものだった。
扉の隙間から誰かが室内を覗き込む気配がしていたが、しばらくして恐る恐る部屋に顔を覗かせたのは一人のメイドである。
人間なら20代半ばというところですが、相手はエルフですからねぇ……
魔導ランタンが煌々と輝く様を見て、ギョッとした表情をしています。
驚いている訳ではありませんね。彼女の心を支配しているのは恐怖でしょう。
それでも取り乱したり半狂乱になって叫び出さないとは大したものです。
モダテの里の人達は強いですね。
「どうしたのですか?」
「いえ、その…… ランタンが……」
彼女をここまで怯えさせているのは魔導ランタンでしたか。
そう言えばそうでしたね。
普通のランタンは植物油に浸された糸の先から小さな火が灯るものです。
例えていうならロウソクを灯した時の明るさでしょうか。
「これは照明の魔法ですよ。古代語魔法だと生まれる光も強めなのです」
これほどの強い光が出るのは何かの爆発か、カミナリくらいでしょうね。
そういう常識の下では命の危険すら感じる危険な物なのでしょう。
「危険は…… ないのですか? 爆発したりとかは……」
「これに比べれば鬼火の方がよほど危険ですよ」
そこまで言われゆっくりと部屋に入ってきたメイドは、それでも壁にぴったり貼り付いたままです。本能的な恐怖とはそれほどのモノなのです。
ふむ……
「とりあえず座ってくださいな。 …暖かい飲み物でもいかが?」
「……ありがとうございます」
今は気丈に振る舞ってはいますが、このままでは精神が参ってしまいます。
とりあえず、今は彼女を落ち着かせることです。スマイル、スマイル!
彼女を椅子に座らせると麦湯をすすめてみました。お茶受けはクッキーです。
もちろんトランキライザーを入れた特製のものですよ。
こういう事だけはしたくなかったのですが、今は非常事態です。
このような状況で使う事が出来る魔法もありますが、今の彼女には逆効果です。
しばらくすると薬が効いてきたのでしょう、表情が穏やかになってきました。
「ほら、ね? 大丈夫でしょう?」
「……申し訳ありません。お見苦しい所をお目にかけまして……」
「仕方がありませんよ。こんな物は初めて見るでしょうから」
ヘルマにインストールされた知識に照らし合わせても、この星の人類は魔法文明の萌芽期に当たる時期にさしかかったばかりです。
文明レベルが一定の水準を超えなければ、一般生活に必要なレベルの魔法が民衆に広がる事は考えられません。
……と、その前に。
「そう言えば、私に何か御用があったのでは?」
彼女が好奇心でここまで来たとは考えにくいのです。
何らかの用事があって来たはずです。
「はい。クラウゼル様からの伝言がございます。夕食を一緒にいかがですか、と」
……おお、いきなり仕事モードが復活しましたね。
「喜んで伺いますとお伝えしてもらっても?」
「承知しました。時間になったらお迎えに上がりますので」
照明は普通のランタンに取り換えておきましょう。
魔法の持続時間が短いとはいえ、数時間程度は保ちますからね。
ランタンやオイルランプの光を見ると、ほっとする時があります。
……今の照明機器に比べると、とっても暗いんですけれどね。




