神の食卓を彩るもの
プレセアのお茶目に付き合っていて忘れていましたが。
エスターと嶺衣奈ちゃんがイズワカを訪ねてきたのには、何か特別な訳がありそうですね。エスターはクバツから。嶺衣奈ちゃんはドラゴンフライをシオカに派遣して、そのままイズワカに来ているのです。
「いつもとはパターンが違うのよねぇ」
「何かあって、慌てて飛んできたのは間違いないと思うけど…」
「ねえ……」
もぐもぐ、かちゃかちゃ。
うん、今夜の夕食はカツカレー。いくらストレージの中では時間の流れが限りなくゼロに近いとはいえ、たまには中身を入れ替えておきたいし。
カツレツはカレールーの上に。そしてキャベツの千切りをたっぷり添えて。
うぶぅぅ…… 辛い。
「やっぱり辛口は拙かったかなぁ。嫌な辛さではないのですけれどね」
「それよりも、今の私たちにとってはこっちの方が問題だと思うのよぉ」
「ねえっ!」
実際のところ、イズワカでの異変と言えば、小規模な時空震が起きた事くらいですかね。そこでの一番の収穫は土王の出現でしょうか。
煮て良し、焼いて良し。捨てる所がほとんど無いという優良な食材なのです。
それに加えて、どんな料理法でも無難な味に仕上がるのです。
「この角煮を食べるよりは、マシかも知れませんね」
「……いくらなんでも、これは拙いわよねぇ」
「ねえったら!」
目の前にある料理は、土王の角煮です。使っている部位は3枚肉に当たる部分なので、そこそこ脂が乗って美味しい部分なのです。イノブタ肉で作るのと同じくらいに美味しいはず…… だったのです。
これがラプティやジーラが作ったものならば、ですけれど。
2人が囲む食卓の真ん中に鎮座している角煮は、そんなに生易しいものには見えない。竜神夫妻に振る舞ったものを、ハイファが再現したと言うのだが……
「誰にでも得手不得手はありますからねぇ……」
「何かが違っているんじゃなぁい?」
「お~い」
目の前の料理を見ながら、ナギは小さくため息をついた。言われてみれば、そうかも知れない。前回の角煮を作ったのはラプティだ。
彼女の作る料理はとっても旨い。ドゥーラ城の宮廷料理人に──それも料理長になれる腕前の持ち主だから。
「ねえ花音? ハイファは月面基地とデーターリンクしている筈よね?」
「その筈だけど… 半自律型だから、オフラインでも動けなくはないのよねぇ」
「…………」
現在イズワカ城の本丸御殿でメイド長をしているハイファは、元はと言えばエスターが作り上げた指揮官クラスのメイドロイドの1体だ。煮たり焼いたりする料理については、かなりの腕前なのだが、煮物は駄目だったらしい……
「……それよりこれは何なのよ。3日前に作ったというのに熱々のままだし、何か深鉢の底の方が青白く光っているような……」
はっきり言ってチェレンコフ光ぽいですよね。あれって貯蔵プールに沈められた使用済み核燃料が出す荷電粒子が光って見えるのだとか。
だとすれば、あれって原子力ごみじゃないですか。
あの子ったら、なんちゅーモノを作りやがりましたかね。
「どうでも良いから、早く解放しなさいよぅ!」
この場にいる第3の人物はプレシアだ。
拘束服に押し込まれ、お札や注連縄でぐるぐる巻きにされたうえで、特製の椅子に固定されている。さらに椅子の周囲には信楽焼のタヌキを配置するという厳重さは、見る者を不安のるつぼに叩き込む事間違いなしである。
その監視をしているのは、数体の埴輪なのだが……
「ぴぃ」
「ん、なに? 味見するの?」
埴輪が箸を器用に使って、土王の核煮をプレシアにあーんしてる図って……
コミカルと言うよりもホラーっぽい何かって感じがしないでもないわね。
「……悪くないわね、これ。なかなか上手に出来ているわよ」
げ。
美味しいの? それが?
「それ、角煮と言うより核煮って感じのものなんですけど?」
「そぅお? 美味しいわよ。この背中のトゲの根元の肉が美味しいのよねぇ」
普段は隠れているので分かりませんけど、土王は怒ると背中からトゲが出てきますね。身体の厚みよりも長いトゲがどこにあるのか謎ですけれど、根元にあたる部分に秘密があるのかも。
でも他の部位とは見分けがつかないから…… 今までは運が良かったのかも。
「ふう、久しぶりに良いものを食べたわぁ。ありがとね、埴輪たち」
「ぴぃ!」
核煮はプレシアの胃の腑に収まり、残った食器は台所に運ばれて。
食堂には何とも言いようのない空気だけが… 残った。
チェレンコフ光というのは荷電粒子が空気や水などを光速を越えて動き回る時に発生する青白い光です。運転中の原子炉周りとか使用済み核燃料の貯蔵プールも時々光っているそうですが…… ホントかな。




