とても高級な馬車
モダテの里までが王国の版図ですが、ここはドゥーラを起点にして、すべての集落をつなぐ街道の終着点で、王国最北にある辺境区なのです。
私はナギと名乗り、モダテの里に住む事になったのですが……
私が向かった先は里の北側にある小高い丘です。
ここには里長さんの屋敷があるのですが、今は使っていない建物もあるので、私はそこに住むことになったのです。
「こんにちわ~」
「おぅ、よぐ来たなや。家ならすぐに使えっど」
「ありがとうございます。今夜からお世話になりますね」
中庭では家令さんが馬車の手入れをしていました。
リセットさんも大変ですね。でも、担当している人がいるのでは?
この車体だけは人任せには出来ない… 特別なのですか?
へえ、総漆ですか。でも黒くないのですね。木目が透けて見えますよ?
「こいつは透漆つってな、顔料を混ぜてねえんだ」
それで透明なのですね。じゃあ木目が見えてるのはわざとですか。
へえ、これは上物の漆で作っている量も少ないのですか。
材料から特殊なものとは思いませんでした。
これでサスペンションが付いていれば…… 実に惜しいですね。
リセットさんと馬車の話の続きはそのうちにゆっくりとするとして。
まずはクラウゼルさんに顔を見せておかなければいけません。
「里長さんに顔を見せておきたいのですけど、大丈夫でしょうか?
挨拶くらいはしておかないと失礼だと思うので……」
「んだな。ちっと待ってろや。執務室さ案内してやっからよ」
里長さんの屋敷はけっこう広いのです。
政庁や武士団の拠点もありますからね。
丘の先はちょっとした平原があり、その先に魔物が住む森が広がっています。
この里が500人もの武士を抱えているのも当然の事なのでしょう。
「ナギですけど……」
「入って頂戴」
執務室で仕事をしている里長さんですが、私の衣装を見て一瞬だけ、おや? という表情を浮かべただけで、普通に接してくれます。
このあたりは武士団の皆さんとは違いますね。
「おかえりなさい、ナギ」
「またしばらくお世話になります」
「違うでしょう? こういう時には何と言うんでしたっけ?」
敷地の奥にある離れに住む事に決まったのは、武士団長さんの強硬なまでに主張したからです。クラウゼルさんは一緒に暮らそうと言ってくれましたが、居候と言うのは気の引けるものです。
「……ただいま帰りました」
「はい、良く出来ました」
クラウゼルさんに挨拶を済ませると、離れに向かう事にしたのですが……
廊下を曲がった先に… やはりいましたね? 気配が丸わかりですよ。
「ただいまっ!」
「おかえりなぴゃ……」
気配を殺して廊下を曲がると、やはりユーディが待ち伏せをしていました。
私を見るとすぐに抱きつこうとするのですから、対策くらい考えますよ。
簡単なのは『秘孔を突く』という事ですね。
肩が凝った時には、このツボが効く… なんて言いますけれど、それを悪用したものなのです。
複数のツボを同時に押す事で、面白い反応を引き出す事が出来るのです。
あべし? 何ですか、それ。
何の事やら全然分かりませんけれど。
「はううん……」
予想していたものとは違った反応をしていますが、まあいいでしょう。
自分の身体を抱きしめて自分の世界に入り浸っているような感じですね。
メイドさんたちに見つかると、彼女の猫が過労のあまり復活できなくなりそうですから部屋に放り込んでおきましょう。
隣の部屋はカロリーナが…… いますね。
気配をたどると… ははあ、瞑想をしているようです。
精神修養はクレリックを目指す者にとって大切な修行です。
そっとしておきましょう。
さあ、離れまではあと少し。
ようやく着替えが出来そうです。
サスペンションの歴史は古く、ヨーロッパでは14世紀には登場しています。
言うまでもなく馬車用のものですね。
平安時代のロールスロイスたる牛車には最後までサスペンションが無かったとか……




