御酒とナギと酔っぱらい
お腹いっぱい食事が出来るという事は、とっても幸せな事です。
特に今のように冬と春の境い目の季節なら、温かい食べ物ならなお良しという所です。でもね……
「土王は捨てる所が無いと言われているのじゃ」
「ふむふむ……」
水神様がすすめてくれたのは、汁物…… いいえ、煮物… ですね。
ネギとしょうがをたっぷり効かせて、根菜と一緒に煮たものです。すべての旨味をしっかり吸い込んだ里芋の味は格別です。
「ナギよぉ、こっちのフライも食べてみろよ」
むがごけ。
これはフライというよりもフリッターです。フライは具材にパン粉を付けて揚げたものですが、これはメレンゲを使っていますからね。
天ぷらの衣なら、もっとシンプルなものになるでしょう。
これだけしっかりした身ならステーキも悪くなさそう。
に、しても… です。どうしてこうなった?
「水神様が狩ってきた土王と、竜王様が狩ってきた大鮫。それぞれに特徴のある食材と言いますか…… 甲乙つけがたしとは、まさにこの事かも知れません」
「ほほほほ。さすがは麿のナギでおじゃる」
「わはははは、これも引き分けかぁ」
うみゅ? 誰だお酒を出したのは。
今はもう陽もとっぷりと暮れて、ふつうに夕食を食べる時間だから駄目とは言いませんけれど。それにしても、今日の酔い方はなんだか変です。
「そう言えばノギハヒメ様… 寝ている?」
「おおぅ? 酔いつぶれるたぁ珍しい事もあるじゃねぇか」
お酒の量は、基礎体力に比例するそうですが……
そんなに量を飲んでいたようにも思えません。
かと言ってNTBを…… いえいえ、それではタイミングが合いません。
あれは、こんなに早く酔いが回るようなお酒ではないのです。
「おふたかた、いつから御酒を?」
「はて? 気が付いたら出されていたのでおじゃる。まあ、たまにはよかろう」
「出されたモノを残してはいかんからなぁ」
じゃあ、この大量のお料理はどうするんですか。
創造神様だって食べきれるかどうか怪しいものですよ?
テーブルに並んでいる料理は、序の口なのです。だって3メートル超えの獲物2匹分をまるまる料理したというのですから。
「そう言えば、土王って…… あらら、寝ちゃったか」
いつの間にか、水神様も酔い潰れてしまったようです。去年の暮れには『水を司る神が酒に酔う事など…』とか言っていませんでしたかね。
それ以前に水神様が酔い潰れるなんて…… ある意味では妙な光景ですよ。
「竜王様も寝ちゃったし」
今日は、奇妙な事だらけです。
食卓に出されたお酒は普通の清酒です。特に妙なものは混ざっていないようですし、アルコール度数も16度。
それを1合も呑まないうちに?
それに今朝早くに来たノギハヒメ様の件もそうです。
溺愛している竜王様が大鮫と戦っているのを放っておいてイズワカ城まで1柱で来た… のですよ?
今までに別行動が無かったかというと、そうでもありません。
でも、半日近くも… という事は無かったはず。
そのような2柱の姿は、諺になるほどなのです。
いわく。
──竜王とノギハヒメは御神酒徳利のごとし。
御神酒徳利は、神棚に御酒を備える時に使うものですが、必ず2本で1セット。
それが自然の姿なのです。片方だけを使うという事はあり得ません。
「……土王にしても、納得し難いものがありますね」
あれは、レオノールのデーターベースに記録されていない生物です。
21世紀初頭に編纂されたエンサイクロペディア… 幕府最終版には地球上のありとあらゆる事柄が記録されたものなのです。
仮に最終戦争が起きて人類が全てを喪ったとしても、これがあれば、人類文明が石器時代に逆戻りする事はないように。
アレキサンドリアの大図書館が雑誌の挿絵に見えるほどの、まさに人類文明そのものが記録されているのです。
そういう性質があるのですよ、エンサイクロペディアにはね。
それに記録されていないのですから……
エンサイクロペディアには、人類が知り得たすべての事が記録されています。
文字通りの意味でお米のとぎ方から、大統一理論に至るまでの全てを、です。




