夜明けとナギと上級神
夜中に目を醒ました私は、イズワカ城を歩き回っていた… と、思う。
時計を見た訳ではないけれど、陽が昇るまで、あと数時間はあるかも。
それまでの私は、うつらうつらとしては、はっと目を醒まして。
ここがイズワカ城だと分かると、ふと、眠気がやって来て。
そんな事が幾度か繰り返された後で、思い切ってベッドから這い出したのです。
あんな話を聞かされては、ぐっすり眠る事なんか出来ません。
「さむっ……」
3月の風は4月の雨を呼び、5月の花につながると言いますが……
それにしても、とんでもない風が風が吹いたものです。
ハイ・E殿下が語った惑星アヴォニアに降りかかった運命。
結局のところ全部で10隻建造されたヴィルマーナ級のうちで、離陸に成功したのは全部で4隻。他の6隻は…… 結局のところ駄目だった。
そして、反物質隕石は惑星アヴォニアだけではなく、その主星にも落下。
恒星の持つ巨大な引力に引き寄せられた結果だけど… 恒星内部の核反応を暴走させるには十分な量だったのよねぇ……
「ノヴァ化した太陽、かぁ…」
何と言いますか、まあ… ひとつの宇宙の片隅で、ひとつの恒星が超新星爆発を起こしたという事なのですけど。
その恒星系には高い文明を持った文明種族がいたということ。
「あ、ナギ。やっぱりここに居たのね?」
「……うん」
私の鼻孔に、ふわりと流れ込んできた香りは甘酒のそれ。
それも甘さ控えめで、舌を火傷しそうな熱々のものだ。
はい、と甘酒の入ったマグカップを渡すと隣りに座り込んだのはヘルマ。
はるか遠い未来のメサイア星雲に生まれた超越生命体。
でも、今の彼女は創造神様のお世話係といいますか…… それが出来るレベルの上級神です。
「そして、私のおかーさん」
「誰がお母さんよっ!」
ぐりっ、と体重を押し付けてきたヘルマは、そのまま身体をぴったりと押し付けたまま動きを止めた。
そのまま、しばらくの時間が過ぎた。
照明を落とした天守閣には、動く者もなく、静けさに満ちていた。
その静寂を破るのは、甘酒をすする音だけだ。
「殿下の話って… ナギには刺激が強かったかな」
「……うん」
私達は、甘酒をすすりながらイズワカ城の天守閣からの夜景を眺めていた。
真夜中の闇に眠る風景というのは、美しくもあり、そして、恐ろしい。
それは何の根拠もない、生物学的な、本能的な恐怖なんだけどね。
私の場合は、亜空間通路の事故で長い間宇宙を漂流する事になったし。
恐怖などの感情さえもなくなってしまうくらいに長い時間を。
魂魄さえ無事では済まなかった程の、永遠とも思える時間を。
そして、目を覚ましたのは幽冥という世界。
三千世界の中心にほど近い場所だという。
三千世界というのは、宇宙の果てをも含むこの世の全てといったような意味合いを持った言葉だ。どちらかというと、これ以上無いくらいにとてつもなく大きな世界のイメージを定義するための言葉。
肉体を持ったままでは、存在する事さえ難しい世界で、私は目覚めた。
「静かね」
「……うん」
夜明け前のイズワカは、寒い。
暦の上では春になったはいえ、3月はまだ暖かい季節とは言い難い。
冬と春がせめぎあうこの季節は、時おり強い風が吹く。
その風に乗って、冬の寒さと、春の暖かさがやってくるのだ。
そのうちに花神が訪れ、花の季節が来るけれど。
それは……
「梅の花は終わったけれど、そろそろ桜の咲く季節が来るわね」
「……うん」
人の営みに関係なく、季節は巡る。
雪と共に冬が去り、花々と共に春が来る。
「あれはね、アヴォニアの民にとっても過ぎた出来事なの。それに、あなたが気に病んでも、誰も喜ばないの。そのくらいは分かるでしょ?」
「……うん」
めぐる廻る、季節は巡る。
イズワカにも、春が…… くる……
かくしてアヴォニアの民は宇宙を彷徨わん……




