ラスト・サンセット
夕暮れの迫るアヴォニアの都市から、人の姿が消えた。
人の流れが絶える事のない商業区や、子供たちの声が絶えない公園から。
あちこちを走り回っている地上走行車も鳴りをひそめ、昼夜を問わず鎚音を響かせていた工業区ですら、沈黙に包まれている。
さらに、住宅区にある家々には照明すら灯っていない。
そして、大空を飛ぶドラゴンの姿を見なくかったのも久しぶりだ。
聞こえてくるのは、風が樹々を揺らす音やねぐらへと急ぐ野鳥の鳴き声。
かすかに遠くから聞こえてくるのは、宇宙輸送船の対地攻撃を生き延びた魔物たちの咆哮だろうか……
似たような光景は、他の都市でも見る事が出来た。
人がいた痕跡といえば、あっちこっちでひっくり返っている地上走行車や、燃え尽きた建物が上げる煙くらいのものだろうか。
その周辺に出来た無数の荒野には、ドラゴンや魔物の躯が散らばっている……
そんなゴーストタウンと見まがう都市の上空には、クエティ=ラへと急ぐ1隻の宇宙船の姿があった。その姿を一言で言い表すのなら、空飛ぶスクラップが相応しいかも知れない。ふらふらと揺れる船体のあちこちは無残にも焼け焦げ、装甲が脱落しているところさえあるのだ。
その艦橋で、包帯でぐるぐる巻きになった男が呟いた。
「ふ…… こんな風景を見る日が来るとはなぁ……」
「まあ、生き延びただけでも良しとすべきでは?」
そう声をかけたのもミイラ男と見まがうばかりの姿をしている。
彼らは知っている。通信アンテナを吹き飛ばされたせいで通信をする事は出来ないが、発光信号をやり取りする事で、ある程度の状況は確認できている。
この侵略を生き延びたアヴォニア人は、すべて避難する事が出来たのだ。
工業都市で建造していたヴィルマーナ級の工事も終わり、エネルギー炉には火が入っている。少しづつ出力を上げて、船体の全てにエネルギーが行き渡ったら巨大なピラミッド型宇宙船はスタートする事が出来るだろう。
都市に迫る異人の軍団と戦いながらでは、無理だった事だ。
対地攻撃で異人の脅威が去ると、人々は前々から立てられていた計画通りに、ヴィルマーナ級への乗り込みを始めたのだ。人々を載せた地上走行車は、各所にある貨物用エアロックに入り、そのまま居住空間──巨大な太陽水晶が活性化したことで生み出された広大な閉鎖空間──に乗りつける。
人々を降ろした地上走行車は、再び都市に戻る事になる。
それは倉庫区画をはじめ、都市の中身を洗いざらい運び込むため。運び出すもろもろは事前に車輪付きのコンテナに積み込んでいるから、地上走行車はそれを引いて行けば良い。
「だとすれば、我々のやった事は無駄ではなかったとい… うおっと!」
遥か遠く北極から南へ──中心都市クエティ=ラを目指すラークッジ級は、満身創痍でミイラ男と化した乗組員たちが不眠不休でここまで飛ばしてきたもの。
その旅路も終わろうとしていた。
だが……
「そろそろ限界か?」
「いや、太陽水晶は無傷です。左弦の安定翼がなくとも何とかなるでしょ」
左右に張り出す安定板は、空を飛ぶための安定翼であり反重力フィールドを作り出すための大切な部品でもある。平時ならば、こんな状態で飛びことなどあり得ないのだが、ここで飛行を取りやめるのも面白くない。
クエティ=ラにそびえる2基のピラミッドは見えているのだ。
あと1時間… いや、せめて30分あれば……
「ここまで来れば、向こうで見つけてくれるかもな」
「それは大丈夫だったようですね。迎えが来たようですよ」
満身創痍で空を征くラークッジ級の前に、幾隻かの宇宙船が姿を現した。
先頭を進むのはシャカンナ級の艦橋がちかちかと光った。
「ふむん…… なかなかやるじゃないか」
「無事なる帰還を歓迎する… か。艦隊司令も洒落た事を言うじゃないか」
それから10分後もしないうちに、ラークッジ級はケチラス号の格納庫で翼を休めることが出来た。もしも迎えに来た宇宙船がトラクタービームで支えてくれなかったなら、もう少し時間掛かっていただろう。
なにはともあれ、オパツ・Pの冒険は終わった。
だが、ラークッジ級から降りたオパツ・Pを待ち受けていたのは……
「オパツ・Pよ、久しいな」
シャカンナ級を駆って、オパツ・Pの乗るラークッジ級の迎えに出たのは、彼らにとって雲の上の存在とでも言えば良いだろうか。
幾度もつばを飲み込み、目を凝らしても状況に変わりはない。彼の前でうっすらと笑みを浮かべた青年こそは、次代のアヴォニア王となる人物なのだから。
「でっ、ハイ・E殿下!?」
オパツ・Pは悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべるハイ・Eの前に、棒を飲んだように立ちつくすしかなかった。
その後彼の身に何があったのかは、別の物語。
ヴィルマーナが離陸できるようになるまで、あと1日……




