それぞれの想い
オパツ・P達が何をするつもりなのかを悟った艦隊司令は言葉を失った。
宇宙輸送船は、その名前が示すとおりに、宇宙空間で運用する事を前提に設計されている。
船体はそれなりに頑丈に作られているから、大気圏に突入したくらいで船体がバラバラになる事はないだろう。姿勢制御用のバーニアを使えば飛行姿勢を安定させる事くらいは出来るから、宇宙に戻る事が出来なくとも、地上に不時着する事くらいは出来るだろう。
それもこれも電子頭脳が積み込まれている事が前提だが……
『宇宙輸送船にはな、簡単な操縦装置を組み込んでおいた。少なくとも自由落下ではないのだ。目標空域には行ける』
電子頭脳が無ければ、手動で飛ばせばよいというのか。だがそれは、宇宙船の操縦士を生還の望みのない作戦に送り出すという事に他ならない。
「オパツ・P… お前は人間を制御装置代わりにする気かあぁ!」
『全員が志願したので、選考には手間取ったがな。やはり、こういう事は年長者の仕事という事で話はまとまったよ』
それを聞いた艦隊司令は、愕然とした。
だめだ、駄目だ! そんな事をして何になるというのだ。彼の… いや、宇宙基地のメンバーが下した決断はアヴォニアの民の生存を願ってのこと。
それはわかる。痛いほどに分かるのだが……
『宇宙基地には、職人が大勢残ってる。あいつらの事を、頼んだぞ……』
「待て、あと数日の辛抱なのだ。そうすれば……」
『その数日が、無いかも知れないのだ!』
各地で建造されたヴィルマーナ級のエネルギー炉には火が入っている。それと同じくして市民たちも乗り込みを始めているのだ。
あと数日もあれば、すべての艦で出発の準備が整うはず。
それなのに……
「……この事を、王に知らせるのだ」「はっ!」
一方、王宮もまた慌ただしい雰囲気に包まれている。
大会議室の上座に陣取るのは、アヴォニア王アイ・Nそのひとである。
反物質隕石の欠片のせいで大規模な通信障害が起きているが、その間にいくつもの都市が廃墟と化していた。そのために、数少ない──艦籍から外され、解体処分を前にしたシャカンナ級と、配備の始まったパフェルマティ級を動員して連絡体制を構築しようとした矢先の出来事のせいだ。
「……つまり、鉱山都市カップン=ヌアは消滅したというのだな?」
「はい、どうやら6番艦が……」
鉱山都市カップン=ヌアは、かつてない規模の──それこそ地平線が見えなくなるほどに大地を埋めつくしたドラゴンや異人による攻撃にさらされていたのだから。しかし6番艦はその攻撃で破壊されたのではない。
敵の大半を冥府への道連れにすべく、自爆したのだ。
それを聞いたアイ・Nは瞑目した。あの都市とその周辺には、3000万人もの住民が住んでいたのだ。
だが、それらは敵の大群に飲み込まれ、あっという間に壊滅したという……
6番艦の自爆は、文字通りの意味で最後の手段だったのだろう。
もう少しドラゴンの侵攻に気が付くのが早ければ。あと数時間早く、宇宙船を出発させていれば…… 状況は違ったものにいなったかも知れない。
アイ・Nは悔やんでも悔やみきれない苦悩に圧し潰されそうになっていた。
だが、今は同胞の死を悼む時ではない。
ひとりでも多くの、生き残った同胞を救わねば……
それが王の務めなのだから。
「……ほかの工業都市はどうか?」
侍従たちがひっきりなしに会議室を出入りしているのは、刻一刻と変わる状況を整理するためだ。その結果はすべて侍従長の下に集められていく。
最新の資料が届いたのを見たアイ・Nは、侍従長に質問をした。
「マオス=カウとベイジ=グウが沈黙しました。さらに……」
「テグザー=スンからの通信は、サヨナラを打電し続けています」
これで5つの都市が陥落した事になる。それは、同じ数のヴィルマーナ級とそれに乗るはずだった市民たちが犠牲になった事を意味している。
しかも侵攻が始まってからは、まだ3週間も経っていないのだ。
絶望という名の闇が大会議室を覆いつくそうとした、その時にひとりの機械人形が大会議室に駆け込んできた。
「王様、救援要請を受信しまシた」
その声にはっとして、アイ・Nは機械人形を見つめた。
「…どこからだ?」「物流都市アラン=モオでス」
急ぐのだ。飛ばせる宇宙船はあるか?
今ならまだ、彼らを助け出せるかも知れぬ……
ヴィルマーナが離陸できるようになるまで、あと3日……




